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第1話 鏡と壺 ――美しさの目覚め。


──居酒屋 常夜──



夕日が赤く染まり、街の灯りがぽつぽつと灯り始めるころ。

居酒屋〈常夜〉のトイレから、新聞を持った与太郎が出てくる。


「与太ちゃん、トイレで新聞なんか読んで。そんなに夢中になって、何か面白いことでも書いてあったのかい?」


女将がおでんを仕込みながら、与太郎に話しかける。


「いや、これよ。インスタグラマーが、

撮影先のレンタル古城で六百年前の執事の手記を発見だってさ。

変わった時代だよな。

人が信じるものが、神様から“いいね”に変わっちまってよ。


……でも、欲の形は昔も今も同じだな。


──そういや、似たような話があったっけな。」


与太郎の珍しくかけた眼鏡が、提灯の火を受けて青く光った。


◇ ◇ ◇


──アルノー・クラフトの手記──


私、アルノー・クラフトは、

後世でセレスティア様が稀代の悪女として記録されるだけでなく、

若さと愚かさゆえに虚栄心に飲まれた一人の少女として記憶されることを切に願う。

思い起こせば、あの日からであった。

セレスティア様は蛹が蝶になるように変わってしまわれた。

ただ、蝶であれば何一つ問題はなかった。

しかし、美しいそれは──毒蛾のようでもあった。

アルテン=クレスト王国歴247年 若草の月 三十四日


◇ ◇ ◇


──セレスティア──


あれ、何ここ。

確か、100均で推し活グッズの材料を買って、チャリに乗ったんだよね。

なんでネズミの海の国ホテルみたいなとこで寝てんの。

ちょっと、やだ。

ずいぶん透けた寝巻きを着てる。

なんでウニクロのパジャマじゃないの。

頭の中がパニックになりながら、ベッドから周りを見渡す。

綺麗な装飾の天蓋付きのベッド。

これ、子供の時からの憧れのやつじゃん。

二十九歳の今でも刺さるわ。すごい……。

ただ、なんかくさい。おしっこの匂い。

ベッドから降りると、すぐに原因がわかった。

ベッドの横には、小さな陶器の壺──どうやらトイレらしい。

鼻をつまみ、振り返る。

鏡に映った姿は、金髪碧眼の美少女だった。


◇ ◇ ◇


──アルノー・クラフトの手記──


その日、屋敷ではいつになく、メイドたちが神経を尖らせていた。

セレスティア様の義理の叔母にあたる侯爵夫人クラウディア様が、ご逗留される日だったのだ。

セレスティア様の母君は、ご出産の折にお命を落とされた。

以後、血のつながりのない妹君マリエル様と、その母上マーガレット様と共に、屋敷で日々を過ごしておられる。

父君であるレオンハルト様は、王都にて公務に励まれておいでである。

そして問題は、マーガレット様の姉上にあらせられるクラウディア様。

自身の気に食わない下級貴族への度を越した嫌がらせなど、悪いうわさが絶えない。

その噂のほとんどが事実であるということを、私は存じ上げている。

自身と血のつながっているマリエル様とセレスティア様が、

同じ扱いを受けている──それがクラウディア様には耐え難いことだった。

ゆえにマーガレット様と我々執事たちは考えたのです。

どうすれば、あの方の怒りを逸らせるか。

答えは、残酷なものでございました。

病弱なセレスティア様に冷遇を与え、哀れな姿を見せることで、クラウディア様の憤りを鎮める。

血の涙を流しながらも、我らは冷たい役を演じねばなりませんでした。

今日も、セレスティア様の寝室の片隅にある壺を交換せずに放置してございます。

この惨状をクラウディア様に見ていただいた後、取り替える算段でございます。

我らは、病弱なお嬢様をいたぶる悪魔として、あと数年はいばらの上を歩き続けるのです。

幸い、クラウディア様のご健康が思わしくないことは周知の事実。

あと数年は、皆で辛抱するつもりで日々を過ごしておりました。


◇ ◇ ◇


──セレスティア──


えっ、誰これ。

いつもの癖でメガネに触ろうとして気づいた。

これ、あたしだ。

えーっと……あれだ。

スマホの漫画アプリの広告で見たやつ、異世界転生。

えっ、そしたらあたし死んだの……?

土曜の推しのライブは……。

ガチャリ、とドアが開き、メイドさんが入ってきた。

何か思いつめたような顔をしながら、私の寝室の壺を見て、何も言わずに処理を始める。

何、あたし無視されてる……?

推しのライブに行けないだけでも腹が立つのに、この扱い。

あー、あたし知ってる。

病弱なお嬢様と意地悪なメイドだ。

お生憎。

あたしは推しのライブで常に最前列の最古参。なめるなよ。

「ちょっと、あなた! 壺を替えるのも遅い上に、ノックもなしってどういうつもり!!」


◇ ◇ ◇


──アルノー・クラフトの手記──


その日、屋敷に稲妻のようなお嬢様の声が響いた。

私がクラウディア様に紅茶を給仕していた、まさにその時であったと記憶している。

クラウディア様には「熱で浮かされたのでしょう」と誤魔化した。

「騒がしい娘ね」と笑われたことで、目をつけられずに済んだのは僥倖だった。

しかし、あの稲妻のような声をあげたお嬢様は、まさに嵐の化身となられていたのだ。

その時に気づいていれば、と今でも悔やまれる。

嵐の化身となられたお嬢様は、病弱だった面影もないほど早急に体調を取り戻され、

屋敷の中を大股でズンズンと行進しはじめた。

そして、メイドや執事を見つけては、態度を改めるよう直談判し始められた。

嵐の化身に抗えるはずもなく、メイドたちは次々と従順な態度へと変わっていった。

その夜、私は執事たちを集め、話し合いを行うこととした。

結果、我らは一つの策に同意したのです。


白状しよう。


お嬢様に悪名を最初に与えたのは、私でございます。

高熱に冒され、おいたわしいことに――

あの方は常人の枠から、ひと足先に外れてしまわれた。

私がそう広めたのだ。

美しく聡明なお嬢様を守るためなら、地獄でどんな仕打ちでも受けよう。

そう、あの時の私は信じていた。

美しさは、人を救うものだと。

しかし、あの方は美しさに囚われてしまった。

このようなことになる前に、私が伝えて差し上げればよかった。

美しいもので全てを覆い尽くすことが、

いかに愚かで、いかに破滅を呼ぶかを──。


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