またな、の後で
「……またな」
そう言って、黒塚縁は、笑って立ち去った。
まるで何事もなかったように。
血のにおいも、不浄の痕も、燃え残った闇の影さえも――
あの子は、まるごと引き受けて、背中を向けた。
呼び止めなかった。
あのときは、それでよかったんだ。
私たちは、ただ見送った。
傷だらけの、その背を。
あれから空はすっかり晴れていたよ。
冷たい星の光が、路地の石畳を濡らしていた。
燃えたあと、焦げたあと、戦いの跡はまだそこにあるけれど、
それでも風は、どこか穏やかだった。
「ホムラ、これで……全部終わったのか?」
隣に立つ大樹が、低く尋ねる。
私は首を横に振った。
「……いいや。まだ“夜”は、終わらない」
黒塚の中の“不浄”は消えた。けれど、
彼の心にある闇は、きっとまだそこに残ってる。
わたしにはわかる。
彼は、赦されたいんじゃない。
ただ、背負って、生きようとしている。
「……強いな。あの人」
「うん。でも、弱いんだよ。……私と、似てる」
その弱さが、彼をここまで歩かせた。
誰にも言えない痛みが、あの闇を呼び寄せた。
“それ”を、ただの化け物だと呼ぶなら簡単だけど――
そうじゃない。
そうじゃないから、私たちは戦って、
それでも“お前を捨てない”と、声をかけた。
誰かが、そう言ってくれたら。
私だって、きっと違っていた。
静かな夜だった。
夜風はやさしくて、街の灯りはあたたかかった。
縁がどこへ行くのか、私にはわからない。
けれど、きっとまた会う。
私も、大樹も、夜を歩いている限りは。
そのとき、今度こそ、
あの子の心の奥にある夜に、灯をともしてやれたらいいな――
なんて、そんなことを思った。
静かな夜だったよ。
きみも、どうか、いい夢を。
【終わり】