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あなたを嵌めろと言われました

作者: あや乃

 最近、婚約者の様子がおかしい。


 侯爵令嬢ルイーゼ・フローライトと第一王子フェリクス・マクシミリアンは物心ついた頃には結婚することが決まっていた。


 6歳から未来の王太子妃として英才教育を受けてきた私は、第一王子の妃となりこの国を繁栄に導くことが天命だと信じて疑わなかった。


 出会った頃はぎこちなかった殿下との関係も、交流を続ける内に少しずつ気持ちが育っていった。お互い相手への感情は好意以上愛情未満だったけれど、いずれその好意が異性への想いに変わると思っていた。


 週1回のペースでお茶会、月に1度は二人で国内を視察し、夜会や式典にも一緒に参加した。定期的に贈り物が届き、その都度手紙のやり取りもしていた。


 そうやってゆっくりと仲を深めていた殿下との関係が、ある日を境にガラリと変わってしまう。


 幼い頃から共に過ごしこの国の展望を語り合った殿下が、数ヶ月前から急にそっけなくなり、そのあとすぐ王城への出入りを制限され手紙の返事も途絶え始めた。


 最初はケガや病気の可能性を考え心配していたけれど直ぐに避けられているのだと気づいた。1ヶ月が経った頃、王都で馬車の中から偶然見かけた彼の傍には一人の令嬢の姿が。


 婚約者以外の女性と肩を並べて歩き笑顔を見せる殿下を見て、私は大きなショックを受けると同時に胸騒ぎを感じた。


 その予感は的中し、以降フェリクスとは一切連絡が取れなくなった。


*****


「はあ……」


 賑やかな会場から離れ、私は一人でバルコニーにいた。


 夜会一週間前になっても殿下とは会えない状態が続いていた。流石に国内の有力者が参加する会場で第一王子とその婚約者が並び立っていないのは外聞が悪いと思った私は何とか連絡を取ろうと試みた。


 でも全て無駄な努力に終わり、仕方がないのでドレスは自分で用意するし贈り物もいらない、せめて当日は迎えに来て欲しいと手紙をしたためた。


 結局殿下は私のエスコートを放棄し迎えにも来なかったので、弟のロビンに付き添って貰い会場へと出向いた。当の本人は悪びれもせずくだんの令嬢、アリス・ハーウェル嬢を隣に据えている。


 この時点で帰ろうかとも思ったけど婚約者としての役目を果たさないわけにはいかないので、来賓への挨拶回りを全て一人で務めたあと、気持ちを落ち着けるためここにやって来た。

「……はあ」


 二度目のため息が漏れる。


 この数ヶ月間、殿下は私との約束を全て反故にした。そしてあろうことか直近のお茶会や視察には友人と称しハーウェル嬢を伴って出席しているという。公式の催しに婚約者以外の令嬢を連れて行くなんて前代未聞だ。


 三度目のため息が出そうになって思わず空を見上げる。今日は満月だった。


 殿下はこれからどうするつもりなのだろう。第一王子の挙動は常に注目されているし、そろそろ彼と私の関係性に疑問を持つ声も上がるだろう。


「いっそのこと破棄してくれたらいいのに」


 婚約を継続する気がないのなら。この婚姻がなくなれば殿下が次期国王となった暁に私の生家であるフローライト侯爵家の力添えは望めないけれど、政略結婚とはそういう契約の上で成り立っているのだから仕方がない。


 むしろここまで私を避けて浮気相手を傍に置くくらいだ、既にその覚悟は出来ているのだろう。


 幼い頃から共に過ごし良好な関係を築いていた婚約者の突然の変貌。


 もちろん最初は大きなショックを受けたけど、1ヶ月、2ヶ月と経過する内に悲しみと怒りでぐちゃぐちゃだった私の心は冷静になった。殿下の不誠実な態度と理不尽な行いを思い返すたびに熱が冷めてゆき、それは長い時間をかけて積み上げた好意や敬意までをも枯渇させた。


 もう今となっては婚約破棄を望んでいる自分がいる。それで家名や自身にダメージを負ったとしても生殺しにされるよりはずっといい。


 どんなに時間をかけて育てても壊れるのは一瞬……お金や権力と同じで積み上げるのには長い年月を要するのに、お金は使えば無くなるし権力だってちょっとした綻びであっけなく崩れてしまう。


 それにしても……カリスマ性に溢れ、次期国王の理想型とまで謳われたフェリクスが短期間でまるで別人のように変わってしまうなんて。恋は盲目というけれど私に言わせれば狂った麻薬だ。


 アリス・ハーウェル嬢。今まで社交界でその名前を聞いたことはなかったけど小柄で愛らしいじょせいだった。殿下と並ぶとかなり高低差があるけれどそこが庇護欲をかき立てられるのだろうか。


 私は一般的な女性より背が高いので高いヒールを履くと殿下に並んでしまう。そのため視察や夜会などフェリクスの隣に立つ時は決まってヒールのない靴を履くようにしていた。


 コンプレックスだったこの身長も『目線が合うから話しやすい。ルイーゼは立ち姿が美しいな』と言ってくれたのに。結局は万人受けする可愛いが好きなんじゃない……と思ったら、怒りがよみがえってきた。


 フェリクスのせいで男性不信になりそうなのでもう結婚はしなくてもいいかな。この際、商会を立ち上げるとかロビンの補佐という形で侯爵家を盛り立てていくのもいいかもしれない。


 あ、でもロビンのお嫁さんにうるさい小姑と言われるのは避けたいな……そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。


「ここにいたのですね、フローライト嬢」

「コンクシェル卿……?」


 ブロンドの髪にアイスブルーの瞳、誰もが振り返るほど端正な顔立ちの美丈夫がそこに立っていた。


 彼はクロード・コンクシェル公爵令息。王家と繋がりが強いコンクシェル家の嫡男で国の参謀補佐を務めている。殿下とは学生時代からの旧知の間柄だ。

 

 フェリクスに連れられて何度か挨拶をしたことがあるけれど、彼の纏っている空気はとても華やか。カリスマ性のある殿下とは真逆で柔らかい雰囲気なのに同じ空間にいるだけで惹き込まれそう。


 コンクシェル卿の行動範囲にはいつも黒山のご令嬢がついて回る。


 今日も会場に姿を見せた途端悲鳴にも似た歓声があがり、あっという間に煌びやかな令嬢達に取り囲まれていた。


 私はその横を通り過ぎて外に出たのだから見間違いではない筈……一人一人笑顔で対応しながら身動きも取れない状態だったのに、あの人混みをどうやって抜けてきたのだろう?


「僕のことを覚えていていただけて光栄です」

「殿下のご友人は存知上げておりますわ。それに、あなたは社交界でも有名ですもの」


 フェリクスの色ボケ具合にはがっかりしたけど、コンクシェル卿はその上を行くまさに真正の女たらし。


 特定の相手を決めず、寄せられた愛情を全て受け入れ分け与える。ただどんなに頑張っても彼の特別にはなれない……というまことしやかな噂もあり、常に周りにいる女性は入れ替わっていると聞く。


 ちゃらちゃらして薄っぺらい……私が一番嫌いなタイプの人種だわ。殿下といい類は友を呼ぶとはまさにこのことね。


 正直、ハーウェル嬢は単なるきっかけでしかなく、殿下は学生時代からコンクシェル卿の悪影響を受け続けた結果、最終形態としてああなったんじゃないか……と疑うレベルだ。


「そうですか? そんな風に言っていただけるとは光栄です」


 別に褒めてなどいない。


「殿下はご一緒ではないのですね。こんな人気のない場所にお一人でいらっしゃるのは危険ですよ」

「ええ、来賓へのご挨拶は済んでおりますので、私は少し席を外させていただいたのです」


 本当は殿下がアリスさんにかまけて公務を疎かにしているから私が代わりに対応しただけなんだけど。


 というか、あなた親友なんだから知ってますよね? 分かってて言ってるんだろうなと思ったら余計にイラッとした。


「では、私はこれで」

「よろしければここで少し話しませんか」

「え……?」

「僕はあなたに大変興味があるんですよ……フローライト嬢」

 

 月の光を浴びて微笑む姿はまばゆい位に美しい。でも私は騙されない。


「折角ですが私は婚約者のいる身です。このような場所で殿方と二人でいるところを見られれば醜聞の火種になりますし、次期王太子妃として殿下の顔を潰すようなことは出来ませんわ」

「その殿下は別のご令嬢に夢中なのに、あなた一人だけ清廉を守られるのですか?」

「……っ!」


 図星をつかれて泣きそうになった。


 殿下に未練なんてこれっぽっちもない。ただ、他人が見ても私達の関係は破綻しているのだという現実、そしてこの数ヶ月間の自分が惨めに思えて……悔しさからの涙。


「…………失礼いたします」


 下を向いて足早にその場を離れようとした瞬間、コンクシェル卿に手を引かれて止められる。普通のご令嬢ならキュンとする場面かもしれないが礼儀を重んじる私にとってこの行為はただのルール違反としか思えなかった。


「お離し下さい! コンクシェルきょ……」


 振り向いた私の目に飛び込んできたのは、憂いを帯びた瞳。どうして私に対してそんなに切なげな顔をするの……?


 そのまま見つめられてドキッとした……次の瞬間、笑顔に戻った彼がとんでもないことを言い出した。


「僕は殿下からあなたを嵌めるように言われたんです」

「え?」


 嵌める………。


 って、殿下が私を? 混乱中の私を後目に話を進めるコンクシェル卿。


「フェリクスがどこぞの馬の骨に籠絡されているのはご存じですよね」


 言い方。ええ、ご存じですとも……嫌というほど。


「殿下に他に心を寄せる方がいることは承知しております。それならば婚約を破棄なさればよいだけではありませんか。どうしてそんな回りくどいことを?」


 わざわざ私を陥れる必要性を感じない。


「殿下はあなたの不貞が原因で婚約破棄になったという事実が欲しいんです」


 は…………?


「幼少期からフェリクスとあなたの婚姻は決まっていた。でも本当の愛を知った殿下はどうしてもその相手と添い遂げたいと思った。ただ、普通に婚約を破棄したら他の女にうつつを抜かして未来の王太子妃である侯爵令嬢を蔑ろにした第一王子、というレッテルが付いてしまう」


 付いてしまうも何もその通りではないのか。


「そこで僕をけしかけて不貞行為をでっちあげ、あなたのせいで婚約破棄せざるを得なくなったという状況を作る……つまりあなた一人を悪者にして心変わりした自分を正当化しようとしているんですよ」

「そんな」


 自分勝手な理由で?


 確かに殿下と私は考え方が合わなかった。規律を重んじる私と大ざっ……許容範囲が広い殿下。言い合いになることも多かったけれど逆にそれがお互いの不足部分を補う強みになる、そう言ってくれていたのに。


「で、ですが私がコンクシェル卿になびかないことは殿下も分かっていらっしゃるのでは……」

 

 自分と正反対の私がそういう行動を嫌うことは分かる筈だ。


「なびくなびかないは関係ないんですよ。例えば僕とフローライト嬢が一緒にいたという状況だけでも、事実をねつ造することは容易なのでしょう」

「そんなこと……」

「それに、貴方の不貞による婚約破棄という裏付けを盾にフローライト侯爵家からの援助も継続させようと目論んでいるかもしれませんね」


 はあ!?!? 


 開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。何だろう……聞けば聞くほど腹が立ってきた。俯いて黙り込んだ私の耳元でコンクシェル卿が囁く。


「で、どうします? 殿下の思惑通り僕に墜ちますか」


 その言葉に顔を上げた私は彼を真正面から睨み付けた。綺麗なアイスブルーの瞳と目が合う。


「残念ながらお断りします。私に全く非がない以上、殿下の思い通りにさせる訳にはまいりません」


 冗談じゃない! 私が何かしたのならともかく、色ボケ殿下の我が儘で生家共々嵌められてたまるもんですか。


「そうですか。それは良かったです」


 ん? 思っていた反応と違う。殿下から言われてここに来たのなら彼は殿下派、私を嵌める側の人間の筈。なのにどうしてこんな話を私にするのだろう。


「あの、どうしてこの話を私に。あなたのお立場が悪くなるのではありませんか?」


 それとも何か別の狙いがあるのか……? と警戒する私に「いいえ」とニコニコしているコンクシェル卿。


「僕にも十分旨味があるのでご心配なく」

「……それならばよいのですが」


 この状況でこの人にどんな旨味があるのか全く想像がつかない。


「では、私はこれで失礼します。有益な情報をご提供いただき感謝いたします」

「何か打つ手はあるのですか?」

「ええ。この状況を殿下の思惑通りに利用されないよう、私は私のやり方で切り抜けてみせます」

「応援しています。頑張って下さい」


 と言いながら笑顔……この人の頭の中、全然読めない。 


「ありがとうございます。では……」

「はい、また」


 ひらひらと手を振るコンクシェル卿に会釈をし、私はその場を後にした。


 不思議な人――


 数多のご令嬢達と浮名を流した最低な女たらしと言われていたけれど、蓋を開けてみれば殿下なんかよりもよっぽど理知的で紳士的だった。ふと右の手のひらに目がいく。

 

 さっき繋がれた箇所が熱を持っているような気がする……


 って、余計なことに頭を使っている暇はない。今の私の最優先事項は殿下の思惑を阻止することなのだから。


 気合いを入れ直し、私は会場へと戻った。


*****


 そして現在。


 目の前にはアリスさんを庇うように立つ殿下。そしてその周りを彼の息のかかった令息や令嬢が取り囲んでいる。私はといえば守る盾は一つもないノーガード状態。


「ルイーゼ、今日はお前の不貞を白日の下に晒すためにここへ呼んだ。勿論身に覚えはあるだろう?」

「ごめんなさいルイーゼ様ぁ。全て私が悪いんです! 私が……友人として殿下のお側にいたばっかりに、あなたにこんな不義を背負わせることになるなんて……」


 その密着具合で「友人」というのはかなり無理があると思うけど。


「何を言うんだアリス! お前は何も悪くない」

「殿下……」


 私は一体何を見せられているのだろうとうんざりした。茶番は結構、身に覚えなどある訳がない。言わせて貰えばどの口が? だ。


「先日の夜会のことですわね。確かに私は一時席を外しましたけれど、殿下に咎められるような行動はしておりません」

「口ではどうとだって言える。身に覚えがないというのなら確固たる証拠を持ってその潔白を証明してみせろ!」


 久々に会った婚約者に対してこの態度。しかも自分のことは棚に上げて……もう目の前の物体は殿下ではない――脳内で発育不良の農作物でも思い浮かべておこう。


「分かりました。では私が何ら恥じる行いをしていないことをこれから証明いたしますわ」

「は?」

「殿下にもご理解いただけるよう証人をご用意しております」

「証人だと……?」

「ええ。ガーネット様、こちらにいらして下さい」


 人混みをかき分けて歩み出たのは先日の夜会を取り仕切っていた伯爵家のご令嬢、ガーネット嬢。殿下に向かって頭を下げる。


「失礼ながら発言をお許し下さい。私はルイーゼ様がお一人でバルコニーへ向かわれるのをお見かけし、何かあってはいけないと僭越ながら見守らせていただきました」


 ガーネット嬢の発言を食い入るように聞いている殿下と取り巻き達……って、今アリスさんあくびしましたよね?


「その時、ルイーゼ様とコンクシェル卿がバルコニーでお会いになっているのを見ました」


 それを聞いた途端、嬉しそうに声をあげる殿下。


「やっぱりそうじゃないか! これこそお前が不貞を働いた何よりの証拠だ!!」

「ですが、とぎれとぎれに耳にした会話は殿下についての話題だったと記憶しております」

「へ?」

「殿下と最近親密にされているアリスさんとの……」

「もういい!!」


 大声でガーネット嬢の発言を遮る殿下。自分にとって都合の悪い証言は認めないということだろうか……往生際が悪い。


「考えたなルイーゼ。自分に有利な証言をしてくれる人物を証人に仕立てた訳か」


 やっぱり……そうきたか。


「ガーネット嬢、嘘はやめろ。俺はお前の父親の証言を得ている。ルイーゼを庇ったところでお前には何の得もないぞ」

「え、お父様の……そんな」


 どうやら彼女の父親を抱き込んでいたらしい。幾らこちらが正しい証言をしても嘘だと主張して強引に握り潰そうという算段のようね。


「私は嘘など申しておりません! ルイーゼ様は誓って」

「ガーネット様、それ以上はあなたのお立場が悪くなります。今が引き際ですわ」

「ですが、このままでは」

「大丈夫です。私はこんなことでは負けませんから」

「ルイーゼ様……」


 これはある程度予想していた。殿下は私の性格を知っている、証人を立ててくるのは計算内だったのだろう。


「ルイーゼ、悪あがきはこれ位にしていい加減認めたらどうだ?」


 年の近いガーネット嬢では今のように適当な理由を付けて潰されてしまう……では潰されないカードを切ればいいということですわね。


「殿下。証人はガーネット様だけではございません。あと三名お呼びしております」

「は? さ、三名だと!?」


 私のカードが単発で終わる訳がないでしょう?


「はい、夜会の実務を取り仕切って下さった執事長のジェームズ様、メイド長のソラリア様、それから……」

「な、何だ」

「会場内でご体調が優れない方を控え室にお連れする役目を担って下さっていた、パメラ様にもお越しいただきました」

「は……!?」

「そういえば、殿下はアリス様とその一室をお使いになられたようですね。お二人ともいたってご健康そうに見えましたが」

「おい、やめろ……」

「一体何をなさって」

「それ以上言うなあああああっ!!!」


 大声を出し過ぎて脱力し、ぜーぜーと肩で息をしている殿下。これで結構なダメージを与えられた筈。彼に近づき、そっと話しかける。


「フェリクス、これ以上はあなたの立場が悪くなるだけだと思うわ。私は手を緩めるつもりはありませんから」

「ルイーゼ……お前」


 彼は脳筋、私は頭脳派。こんな穴だらけの計画が通用する訳がない。あ、息を整えた殿下が持ち直した。


「まだ続けますか?」

「……余裕を持っていられるのも今の内だけだ」


 脳筋が次の手に打って出るようです。


「おい! クロード」


 その言葉に人垣が二つに分かれ、コンクシェル卿が姿を見せた。一瞬で周囲が彼の魅力に惹き込まれる。って、アリスさんまでぽーっとしているけど?


「当事者が証人となれば言い逃れも出来ないだろう。さあクロード、あの夜何があったのか話してくれないか」

「うん、構わないよ」


 そう言ってコンクシェル卿が私に視線を合わせた。出たな本命……何を言うつもりだろうと思わず身構える。


「僕はあの日、バルコニーでフローライト嬢に声を掛けた。月の光に照らされたその姿は美しく妖艶で……一目で心を射ぬかれたよ。こんなに魅力的な女性が人気のない場所に一人でいたら直ぐに下卑た男達に取り囲まれてしまう。だから君の時間を少しだけ僕に委ねて欲しいと切り出したんだ」


 凄い。ただ会って話をしただけなのに何だかいかがわしい……言い方って大事。


 外野の冷ややかな視線と中傷が私に向けられる。やっぱりコンクシェル卿は殿下側の人間なんだ。彼の証言を止めないとこのままでは殿下の思うつぼだ。


「ほら見ろ! お前は俺の婚約者でありながらその役目も忘れて陰でクロードと不貞を働いていたんだよ!!」


 殿下と私、どちらが悪いかなんて一目瞭然なのになぜこんな理不尽がまかり通るのか。コンクシェル卿の肩を抱き、勝ち誇った表情の殿下。


 悔しい……言い返したいのに言葉が出てこない。その時、


「うーん、それはちょっと違うかな」


 ――え?


「もういい加減観念……は?」

「フローライト嬢は僕の誘いをきっぱりと断ったよ。殿下の顔を潰すようなことは出来ないって」

「……お、おい」


 意外なことにコンクシェル卿はあの日のことを偽りなく証言してくれた。


『応援しています。頑張って下さい』


 あの言葉は本当だったってこと? 


「何を言い出すんだ、クロード!」


 殿下の発言をスルーして隣のアリスさんをじっと見つめるコンクシェル卿。ああ、彼女の目がハートになっちゃってる。


「ハーウェル嬢」

「はい! 何ですかクロード様♥」

「君は辺境伯家のご令嬢だと伺っていますが、社交界のどこにもハーウェルという辺境伯はいませんでした。あなたの父君はどちらの領地を治めていらっしゃるのですか?」


 途端にアリスさんの目が泳ぎ始める。


「え、ええと。そ、それはぁ……」

「お前、アリスを疑っているのか! いくらクロードでも許さんぞ!!」

「フェリクス。第一王子ともあろう君が、親密にしているご令嬢の出自を調べもしないなんて失策だね。ああ、それにフローライト嬢と僕が会っていた事実なんてほんの些細なことじゃないかな」

「何だと?」

「この数ヶ月間、君がハーウェル嬢に唆されて婚約者であるフローライト嬢に行った仕打ちや、あの日控え室で友人だという君たち二人がしていたことに比べれば……ね」

「お前……根も葉もないことを言うな!!!」

「クロード様! 酷いですわ、ルイーゼ様の嘘を真に受けてそんなことを仰るなんて!!」 


『おい、何かおかしくないか』

『うん……雲行きが怪しいよね』

『不貞行為ってフローライト様の話じゃなかったの?』

『だが今の話を聞く限りでは……違うのか』

『そういえば、夜会の日もフローライト様は一人で来賓の挨拶に回っていて、殿下はずっとアリスさんと一緒にいたな』

『じゃあ、殿下とアリスさんが……』


 喚き続ける殿下と被害者ぶるアリスさんに呼応するかのように周囲の戸惑いも増していく。その直後、人混みの後ろから威厳のある声が響いた。


「そこまでだ。フェリクス」


 近衛兵の間から現れたのはマクシミリアン国王陛下。


「陛下! どうしてここに……隣国におられる筈では」


「クロードから事前に報告を貰っていてな。お前がいわれも知らぬ者に入れあげた挙げ句、婚約者であるフローライト嬢を蔑ろにしていると」

「ご、誤解です! 彼女はただの友人ですし俺はルイーゼのことを……」


 大切に思っていた? 何度目かの「どの口が」が出そうになって、必死に押し込める。 


「どうやら報告通りのようだな。私は現国王として息子の育て方を間違ってしまったらしい」


 一瞬悲しげな表情を見せた国王陛下が一点を見据える。


「その娘はこの国の第一王子を誑かし、未来の王太子妃を貶めようとした罪人。すぐに捕らえよ」


 兵士達の手であっという間に拘束されるアリスさん。


「ちょっと何するの! 私は未来の王太子妃なのよ!!」

「まだそんな戯れ言を申すか!」


 国王陛下の怒号に静まり返る広間。

 

「全ての罪状が明らかになるまでその身柄を拘束する。連れて行け」


 二人の兵士に挟まれたアリスさんが、引きずられるように連行されて行く。


「やめて、離してよ! いやあっ、助けてフェリクス様ああっ!!」

「アリス!」


 彼女を助けようとして近衛兵に制される殿下。直後、国王陛下が宣言する。


「今日をもって、第一王子フェリクス・マクシミリアンと侯爵令嬢ルイーゼ・フローライトの婚約を破棄する」

「父上!? 何を仰るのですか!!」


 真っ直ぐ私の元へやって来て、深々と頭を下げる国王陛下。 


「ルイーゼ、すまぬ……不肖の息子のせいで辛い思いをさせた」

「!? おやめ下さい陛下! 私のようなものに頭をお下げになるなど……」

「今日からは国のしきたりに縛られずそなたの道を歩んで欲しい」

「陛下……」


 そして顔を上げた国王陛下は殿下に向き直り、


「フェリクス、今後のことは追って知らせる。それまでは自室で謹慎しておけ」

「父上……待って下さい、父上!!」


 近衛兵を従え去って行く国王陛下。いつの間にか取り巻きも消え、静けさが戻った広間には呆然としたままうなだれる殿下とコンクシェル卿、私だけが残されていた。


 私は殿下の隣に立っているコンクシェル卿を見つめた。


 彼は応援すると言ったその言葉を守り、この状況下で味方になってくれた。そして衆人観衆の中、私を嵌めようとした殿下の企みまでをも打ち砕いてしまった。


 暫く動かなかった殿下がぽつりと漏らす。


「……クロード。俺を裏切ったのか」

「うん、そういうことになるのかな」


 次の瞬間、激高した殿下がコンクシェル卿に掴みかかった。


「ふざけるな! お前一体どういうつもりだ!!」

「どういうつもりも何も、僕は君に頼まれた通りに行動しただけだよ」

「こんなこと誰も頼んでいない、俺はルイーゼを嵌めろと言った筈だ!」


 はい、現行犯。自分から罪を認める発言をしたことに気づいていないのだろうか。


「フェリクス……変わったね」

「……いきなり何の話だ」

「君は昔から自信家でプライドも高かったけれど、圧倒的なカリスマ性と面倒見がよくて情に厚い一面、人の意見にも耳を傾ける柔軟性を持っていた。まさに次期国王に相応しい……僕はそんな君が誇らしくもあり羨ましかった。でも数ヶ月前から君は独裁的で国民を見下し力を誇示するような言動ばかり繰り返すようになった」

「だから何だ? 弱者が強者に従うのは当然だろう。競い合い奪い合う、守るべきもののために他人を蹴落とし、刃向かう者は力で捻じ伏せる。それが自然の摂理だ!」


 自論を主張する殿下、コンクシェル卿は静かに首を振る。


「違うよ、僕はそうは思わない……正直、最近のフェリクスにはついて行けなかった。でも僕はまだ君を羨ましいと思うんだ。それは自分には決して手が届かない、だけど心の底から欲しくてやまないものを一つだけ持っているから……それが何だか分かるかい?」

「何だ、継承権か?」

「そんなものに興味はないよ。僕が欲しいのはルイーゼ・フローライト嬢の隣に立てる権利だけだ」

「は? ルイーゼ……?」

「ずっと好きだったんだ。でも想いを自覚した時点で彼女には婚約者フェリクスがいた。この想いは胸にしまったまま二人の幸せを祈ろうと思っていたのに……君は彼女を裏切った。他の女にうつつを抜かし始めた君に、ならさっさと消えてくれと何度思ったかしれないよ」

「お前、親友の婚約者をそんな目で見ていたのか!!」

「僕の最愛を手に入れておきながらぽっと出の女に目移りしたのは君じゃないか。それにフェリクス」


 コンクシェル卿の目がすっと鋭くなる。


「君、婚約破棄したあともフローライト嬢を手元に置いて、あわよくば愛妾にしようと目論んでいたよね」

「――っ!?」


 あいしょう……って、愛妾……!?


「言われるがままフローライト嬢を遠ざけはしたけれど手放すのは惜しい。それに妃教育も受けていないその辺の娘では王太子妃としての務めは果たせない。そこで愛妾という名目で囲ったフローライト嬢にその役目を全て押しつける算段だった。ここまではハーウェル嬢の入れ知恵なんだろうけど……」


 そう言い終わった後、コンクシェル卿の瞳に仄暗さが宿る。


「君は彼女の目を盗んでフローライト嬢に夜伽もさせるつもりだったんだろう?」


 …………はあ!!?


「な……っ!」


 顔面蒼白の殿下。私は衝撃の連続に開いた口どころか顎が外れそうになった。

 

 冤罪で私を嵌めた上で生家の後ろ盾を継続したまま婚約破棄させ、愛妾として囲い込み王太子妃としての責務を押しつけた挙げ句、夜伽まで強要しようとしていた……?


 アリスさんに唆されたとはいえそんなことまで目論んでいたのかと思うと……怒りを通り越して虫唾が走る。


『貴方の不貞による婚約破棄という裏付けを盾にフローライト侯爵家からの援助も継続させようと目論んでいるかもしれませんね』


 コンクシェル卿はこの辺をオブラートに包んで話してくれた。それは彼の優しさだったのだろう。


 以前「殿下は学生時代からコンクシェル卿の悪影響を受け続けた結果――」と思っていた下り、全て削除したい。


「そんなこと許す筈がないよね。どんな手を使っても彼女を守ると誓ったあの時、僕たちの友情は終わったんだ」

「……俺は親友だと思っていたのに」

「僕も思っていたさ。でもずっと恋い焦がれた最愛の女性を陥れた上に愛妾にしようだなんて……例え親友でも許せることと許せないことがあるんだよ」


 言葉を失い立ち尽くす殿下同様、突然の爆弾発言に私も唖然としてしまった。


 さっきから恋い焦がれたとか最愛の女性って……私のことですか? 思わず挙手してしまう。


「あの……それは私も初耳なのですけれど」

「あれ、言っていませんでしたか? それはすみません。ずっと好きでした、あなたを愛しています」


 今さらっと告白されました? っていやいや、そんな片手間で言われましても――と思う反面、殿下からも言われたことがない「好きです」「愛しています」を真正面からぶつけられて内なる私はとんでもなく胸が高鳴っていた。


 心臓の音がうるさすぎて外まで聞こえそう……


 気づけば、さっきまで脳内を占めていた殿下への怒りや悔しさは綺麗さっぱり消え去り、頭の中はコンクシェル卿のことで一杯になっていた。


 そしてこの告白は、以降一連の騒動が終わるまでの間、ことある毎に私を赤面させ続けることになる。


 彼は殿下と育んだ長い年月を一足飛びに吹っ飛ばし、あっという間に私の心に入り込んでしまった。


 流石真正の女たらし。クロード・コンクシェル卿、恐るべし。


*****


「いいんですか、フェリクスからの申し出を断ってしまって」

「ええ。私と殿下はもう元には戻れませんから」


 ガタガタガタガタ――

 王城から遠ざかる馬車を見送る私とコンクシェル卿。


「コンクシェル卿こそ、殿下とは和解出来たのですか」

「まあ……2年後くらいにはまた酒を酌み交わせるかもしれませんね」


 アリスさんはその罪が裁かれ、離島にある別名「乙女の監獄」と呼ばれる修道院に送られることになった。本来ならば終身刑のところ、唆された殿下側にも過失があるという破格の温情で、10年務めを果たせば修道院から出られるらしい。


 ただ、彼女の出自がグレーなことで近隣諸国の間者説や王家転覆を企む黒幕が仕掛けた陰謀論など不名誉な噂が広まったので、もうこの国に戻ってくることはないだろう。


 10年後……長い務めを終え若さと美貌を武器にするには難しい年齢になった彼女にはきっと厳しい生活が待っているに違いない。


 殿下はというと国王陛下からこっぴどく叱責され、その性根をたたき直すべく国内外を巡る修行の旅に出されることになった。


 今回の醜聞は世間に知れ渡っているので、第一王子といえども暫くは針のむしろ状態が続くだろうけれど、殿下は全てを受け入れてやり直そうとしている。そのことは評価したいと思った。


 出発の前日。フローライト侯爵家を訪れ両親と私の前で土下座した殿下は昔のフェリクスに戻っていた。そして許されるなら1からやり直したいという彼の申し出を私はきっぱりと断った。


 遠ざかる馬車を見つめながら考える。


 今思うと殿下は魅了や媚薬などで操られていたのかもしれない。ただ、例えそうだったとしてもあの出来事をなかったことには出来ない。一度壊れてしまったものはもう二度と元には戻らないのだ。


 馬車が見えなくなってから、そっと問いかける。


「……いつから私のことを見守っていて下さったのですか」

「気になりますか?」

「え、ええ……まあ少しは」


 あんな風に想いを伝えられて、気にならない訳がない。


「初めてお会いしたのは15の頃でした。女子棟からフェリクスを訪ねてきたあなたに僕は心を奪われました」

「15歳……ですか?」

「殿下相手でも怯むことなく正論を主張する。見目麗しいだけではない強さ、正しさを貫き通すその姿勢から目が離せなかった」


 私は出会った頃のことを覚えていないのに……


「でもあなたは親友の婚約者だった。僕にはどうすることも出来なかったんです」


 女遊びが激しいと噂されていた原因はここにあった。つまり叶わぬ恋に悩み想いを引きずった挙げ句、寄ってきた令嬢を片っ端から口説いていたと?


 そこまで私のことを……と思う反面「あなたには届かないので近場で手を打ちました」と言われているようで、それはそれで複雑。


 でもよくよく話を聞いてみるとそんなことはなく、彼はどんな令嬢にも優しかったけれど、決して一線を越えることはなかったという。ただ、優しくされた彼女達が揃って沼に墜ちただけ……いや、それもどうなんだろうと思うけど。


「あなたの幸せを願っている筈なのに何年経ってもずっと好きなままで……結局、諦めるのは無理でした」


 自重するように笑ったあと私の前に跪き、右手を差し出すコンクシェル卿。アイスブルーの瞳には私が映っている。


「僕に墜ちて……いえ、僕と結婚して下さいますか。ルイーゼ嬢」


 夜会の日、バルコニーで私の手を取った時のあの切なげな表情が重なって胸がきゅうっと苦しくなる。


「……この場ですぐに承諾は出来ませんわ」

「勿論です。突然こんな話をされても困るでしょうし、あなたの気持ちが最優先ですから。まずは持ち帰って」

「熟考するまでもなく答えは決まっております。ただ、様々な手続きが残っている今の状態ではお受け出来ない……という意味です」

「え? では……」

「私も同じ気持ちですので、こちら側の手続きが終わり次第……承諾させていただきますわ」


 その瞬間、コンクシェル卿が見たことのない表情を見せた。今にも泣き出しそうな、喜びが溢れ出しそうな、そんな笑顔で。


 そっと彼の手に触れると同じ力で握り返してくれた。思わず私まで泣きそうになってそれを必死で抑える。


 こんなにも私のことを好きでいてくれる人がいる。この人を大切にしたいと、心から思った。

数ある作品の中から、「あなたを嵌めろと言われました」をお読みいただきありがとうございます!!


元々フェリクスはルイーゼ一筋の心優しい王子で、その優しさ故にアリスにつけ込まれ懐柔されてしまう、という設定だったのですが、書き進めている内にどんどん一人でどっかに行ってしまい、結果、立派な脳筋クズ男に成長しました。自分の思い通りには着地してくれない……やっぱりキャラクターって生きているんですね(受け止め)


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現在短編を1本執筆中です。連載ものも書きたいのですが、中々書き溜められない……頑張ります!

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 アリス・ハーウェル、僅か数カ月で単なる脳筋だったフェリクスを暴君に洗脳した、存在するはずのない辺境伯家の娘。彼女の正体は単なる詐欺師か他国から来た下位工作員か、もしや千年以上生きた九尾狐か邪悪な魔女…
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