65.裁きの時
私たちは陛下に会うため。ブールドネージュ様の『ゲート』で辺境伯領の領都まで帰ってきた。
ちなみにショコラは逃げないようにアタゴとチマキが挟んで歩いている。
泣き止んでからは大人しくしているが、元々が激しい性格の持ち主なので、何をするかわからないからね。
人族の間では有名人である私とショコラはフード付きの大き目の外套を着て変装しているため、私たちに気付く人はいないようだ。
「まっ、また魔族がきたぞ……!」
「さっき遠くに見えた大きな黒雲といい、この国はどうなってんだよ……」
ヨルムンガンドを討伐して帰ってきた私たちを迎えたのは住民の困惑と不安の声だった。
「おいおい、王国を救った俺らに対する態度がこれかよ? 本当なら今頃ここの連中はみんな死んでるんだぜ」
「そう言うなジェット。成した事は気付かれずとも、私たちは確かに王国を救ったのだ。それでいいじゃないか」
オランジェット様は不満を述べるが、ブールドネージュ様は王国の民に気付かれなくてもいいと語る。
高潔な精神を持つあの方らしい考えで好感が持てるな。
だが、そんなブールドネージュ様に比べると俗物なオランジェット様は、どこか納得のいかない表情で口を開く。
「でもよ、やっぱ納得できねえぜ。俺らが命を懸けて助けたのにあの言い草はねえだろ」
「そこまでにしなさいジェット。それ以上は男を下げますわ」
シャルロットの言葉に「はははっ、シャルちゃんは厳しいな」と、オランジェット様はまんざらでもなさそうに笑う。
性格は軽いが愛は重いオランジェット様なら、きっとシャルロットを大事にしてくれるだろう。この二人なら良い関係を築けると思うよ。
「ちょっとスフレ、あんまりこちらを見ながらニヤニヤしないでくださいまし」
「はははっ、ごめんごめん」
私の視線に気付いたシャルロットが口を尖らせて文句を言ってきた。
おっと、ついジロジロ見ちゃったよ。やっと平和が訪れると思うとつい心が緩んじゃうね。
「あれ? 襲ってこない……?」
「それどころか、あいつら楽しそうに笑ってやがる……! 魔族っつっても、俺らと大差ないのかもな……」
談笑しながら領主の館に歩いて行く姿を住民たちは奇異の目で見てくるが、そんな些細なことは気にならないほど私たちの心は晴れやかだった。
領主の館に到着した私たちが陛下への謁見を求めると、門番の兵士は凄くビクビクしながら知らせに走った。
人族にとって魔族が忌避の対象になっているのは気分が悪い。でも、あの様子ならすぐに謁見の許可が出そうだ。
ほどなくすると先程の兵士が戻ってきて別室に通された。そこで身なりを整えてから謁見に向かう。
力ずくでやってきた前回とは違う。冷静な話し合いをするために正規の手順を踏んだのだ。
応接室に作られた謁見の間に通されると陛下、大元帥、辺境伯と王国の重鎮が集まっていた。陛下は複雑そうな顔で問いかけてきた。
「良くきてくれた。私も其方らには聞きたい事がある。先程まで王都の方角に見えていた黒雲はなんだ? わかるなら教えてくれぬか?」
「それには私が答えよう」
陛下の問いにブールドネージュ様が黒雲で何があったのかを話す。それを聞いた陛下は驚愕の表情を浮かべて聞き入っていた。
「そうか、其方たちがヨルムンガンドを倒してくれたのだな……ありがとう。人族を代表して礼を言わせてくれ」
「礼など不要。奴は我らにとっても因縁のある相手……それだけの事だ」
私は魔族の過去を知らないけど、ヨルムンガンドとの因縁はなんとなく察することができた。陛下もどこか気まずそうに見える。
「ん? ところでそこのフードを被った者はもしやショコラか?」
「そうだ。彼女を我らが裁く訳にはいかぬ。人族は人族の法で裁かれるべきと思いここまで連れてきた」
「心遣い感謝する。ショコラよ顔を上げよ」
陛下に命じられたショコラはフードを外して顔を上げる。その顔は、先程まで泣きじゃくっていたとは思えないほどすっきりしたものだった。
「お久しぶりですわ陛下。こんな形での再会になるとは思いませんでした。本来なら今頃は貴方も王国も滅んでいましたのに」
ショコラは何か悪い事でもしましたかと言わんばかりに平然と言い放つ。
「……全く悪びれもしないとは……ショコラ、其方をアルスと同じ強制労働施設に送る。そこで死ぬまで王国のため働き、罪を償い続けるのだ」
陛下の下した裁きはアルス殿下と同じ強制労働施設送りだった。死ぬまで厳しい強制労働をさせられる死刑より厳しい刑だ。だが、
「こうなった以上私にはどうしようもないし、強制労働でも何でも好きにすればいいわ。やれと言うならやるわよ」
「むぅ、開き直ったかショコラよ。王国の闇と言われる強制労働施設を侮っているのか? あそこは重罪人専用の施設だ。人権なく働かされる囚人の平均寿命は二年だぞ。ヨルムンガンドの力を失った其方に生き残れるかな?」
アルス殿下があれほど泣き喚いた強制労働施設送りを言い渡されてもショコラは落ち着き払っている。その様子に大元帥は怪訝な顔で脅しをかけるが、それでも堂々とした様子を崩さない。
大元帥はショコラという女をわかってないな。あの子はそんな脅しに怯えるようなタマじゃないよ。
「そんな事わかっていますわ。やると言っているのだから早く連れていきなさい」
「なっ……! そこまで言うなら今すぐ施設送りにしてやろう。連れていけ!」
「はっ!」
案の定言い返された大元帥は控えていた兵士に命じる。
ショコラはこちらを一瞥だけすると、抵抗する事もなく大人しく兵士に連れられて行った。
「ショコラ・ハーベスト……最悪の犯罪者だが、最後は見事だったな」
「ええ、生意気な態度でしたが、言い訳も責任転嫁もしなかったのは評価に値します」
ショコラは悪役令嬢としてのあり方に独自の拘りを持っていた。その悪役令嬢としての矜持が陛下と大元帥にも伝わったのか、二人はショコラの最後を称賛する。
本当に困った義妹だったけど、最後だけはちょっとだけかっこいいって思っちゃったよ……。
「これでヨルムンガンドの脅威は全て終わった。スフレ、これで其方も王国へ戻ってこれるな」
「えっ! それは……」
確かに追放された原因のショコラが裁かれ冤罪が証明された以上、私が王国を出て行く理由がなくなった。
でも私は……。
「少し待て人族の王よ。先程礼は不要と言ったのを取り消させてくれ」
「おおっ、大恩あるブールドネージュ卿の頼みとなれば聞かぬ訳にはいかぬ。何でも言ってくだされ」
私が思わぬ誘いに困惑していると、ブールドネージュ様が前言を撤回させてくれと口を開く。一度口にした事は守るブールドネージュ様にしては珍しい。
それを陛下は嬉しそうに了承した。
「王国を救った報酬としてスフレをもらって行く。今この時より、スフレを正式に魔族領の民とさせてもらう」
「そっ、それは……! いや、大恩あるブールドネージュ卿の頼みだ。受け入れよう」
「圧倒的に力で勝る我らからの頼みで申し訳ない。感謝する人族の王よ」
魔族と人族では力の差がありすぎて対等な交渉とは言えない。それを良しとしないブールドネージュ様は申し訳なさそうに感謝を述べた。
「ここで断ってもブールドネージュ卿が実力行使に出るとは思っていないが、我らには他に恩を返す事ができないからな」
「それは違うぞ人族の王よ。頼んだ理由は人族との戦を避けたかっただけの事。初代聖女が愛した人族を滅ぼしたくはないからな。だが、もし断れば力ずく連れて行くつもりだった。それだけスフレは我らにとって……いや、私にとって大切な存在なのだ」
「……どうやら思い違いをしていたようだ。謝罪する。危うく後の歴史家に愚王と罵られるところだったよ」
私はブールドネージュ様の真っ直ぐな愛の言葉に赤面してしまう。
でも、そこまで想ってもらえるのは本当に嬉しい。ありがとうございますブールドネージュ様……。
「これで全て終わったなスフレ。魔族領へ帰ろう」
「はい。帰りましょうブールドネージュ様。私たちの魔族領に!」
陛下と話を付けたブールドネージュ様は私に振り返り微笑んだ。
そうだ。これで全て終わった。私は正式に魔族領の民となり、ブールドネージュ様たちと共に生きて行くんだ。
次で最終回です。
今日の夕方投稿します。




