62.聖女の血
ショコラがヨルムンガンドを看取っている間にも私はブールドネージュ様の治療を続けている。だが、一向に傷は塞がらず、大量の血が流れるばかりだった。
「酷い傷……なぜ命を懸けてまで私を助けるのですか? 死なないでブールドネージュ様、私は貴方に何も返せていないのだから……」
「そんな事はないぞスフレ……私は君に色々なものをもらっている……」
「ブールドネージュ様、意識が戻ったのですね! でも、血が……血が止まらない! 何で……何でよ!」
意識の戻ったブールドネージュ様だったが、決して傷が塞がったわけではない。流れ出す鮮血が地面に大きな血溜まりを作っていく。
「なぜ命を懸けて君を護るかだったな。君が好きだから護りたい……それは私にとって命を懸けるだけの価値あることなのだ。この傷では私は助からないだろう……どうか君は幸せに生きてくれ……」
「ブールドネージュ様! 目を開けてください!」
言い終えるとブールドネージュ様は意識を失った。
……この人を死なせたくない! 今度は私が護るんだ!!
私は手首を噛み切り聖女の魔力を低めて回復を遅らせる。そして、流れ出る赤い鮮血を口に含み、ブールドネージュ様に口移しで流し込んだ。
聖女の力は血に宿る。聖女の血には傷ついた身体を治す力があり、聖女とは所謂生きたポーションやエリクサーである。その力を利用し、私の作る薬には薄めた血液が使用されているのだ。
なぜ薄めて使用するかというと、強すぎる薬は時として毒にもなる。適量を上回ってしまえば、薬は毒に代わり得るからだ。
歴代聖女の中でも特に強い力を持つ私の血の原液なら、ブールドネージュ様を助けられるかもしれない!
生きてくださいブールドネージュ様! 私が貴方を絶対に死なせない!!
私の血を飲んだブールドネージュ様がビクンッと跳ねる。そして、ゆっくりと目を開いた。
「うぅ……スフ、レ……すまない。護るつもりが、君に助けられたようだ。後は私に任せてくれ――くっ……!」
意識を取り戻したブールドネージュ様は起き上がろうとするが、身体に力が入らないのかすぐに倒れてしまった。
無理もない。いくら聖女の血の原液を飲んだとはいえ、常人なら死ぬほどの劇薬である。先程まで死にかけていたブールドネージュ様に戦う力は残っていないだろう。
「死にかけたのですから無理をしてはいけませんブールドネージュ様。後は私に任せてください」
「任せろって……ヨルムンガンドの力を吸収したのだ。今のショコラは奴と同等かそれ以上なのだぞ」
心配そうに見つめてくるブールドネージュ様に頷きで答える。すると、ブールドネージュ様は諦めたようにふふっと笑った。
「わかった。私は動くことはできそうにない。見守らせてもらうよ」
「任せてくださいブールドネージュ様。ショコラのバカを懲らしめてきます」
ブールドネージュ様に託された私が振り向くと、腕組みをしたショコラがこちらを楽しそうに見物していた。
「あら、もう終わりかしら? 義姉のラブロマンスなんて私の趣味じゃなかったけど、なかなか面白い見世物だったわ。やるじゃないスフレ、いい男を捕まえたわね」
「ふふんっ、そりゃ貴方のアルス殿下と比べたら誰だってそうよ。ま、ブールドネージュ様が最高の男なのは間違いないけどね」
私は自信を持って答える。ブールドネージュ様の魅力は私が一番わかっているのだから。
それに対してショコラは「うふふっ」と笑う。
「言うじゃないスフレ。昔はお父様たちに気を使って萎縮していたのに、随分変わったわね」
「そりゃ貴方に追放されてから色んな事を経験したからね。お陰様で成長できたわ。貴方は私を憎んでいるようだけど、魔族領に行く切っ掛けをくれた事には感謝してる。でも、貴方は絶対に許せない事をしたわ」
「ふ~ん、許せない事ね。それは何かしら?」
私の言葉を聞いたショコラはニヤリと笑い聞き返してきた。
わからないの? だったら言葉にして言ってあげる。
「ブールドネージュ様を傷つけた事よ。それも不意打ちみたいなやり方でね。それだけは絶対に許せないわ」
私はショコラの目を見据えて宣言する。
それを聞いたショコラの顔には、獲物を狙う肉食獣のような獰猛な笑みが張り付いていた。
「許せない……か、それは私も同じよ。ヨルの力を吸収した私には貴方だけでなく、全人類を殺したい殺戮衝動があるわ。許せないのであれば止めてみなさい。できるものならね!」
「私にはこれからも共に生きたいと思える仲間がいる。その仲間たちを護るためにも、貴方を止めてみせるわ!」
私が王国を追放される原因となったのはショコラである。その相手が最後に立ちはだかるなんて思わなかったわ。決着を付けましょう。
こうして、私とショコラの最後の戦いが始まった。




