59.もう一つの因縁
ブールドネージュ様とヨルムンガンドの戦いは、神話に登場する神々の戦いのような規模で繰り広げられた。
ブールドネージュ様の聖刀の斬撃は大地を切り裂き、ヨルムンガンドの一撃は地面に大きなクレーターを作り出し、後には毒の沼地を生み出す。
繰り出す全ての攻撃が普通の魔族や人間なら一撃必殺の威力を秘めている。その攻撃を互いに躱し、時には防御しながら攻防を繰り広げていた。
「くそがっ! あいつら何て強さだ……! それに、あの野郎空まで飛べたのかよ……ブールドネージュの奴、俺との戦いでは手を抜いてやがったな……!」
「ネージュの奴、強いとは思っていたがこれ程とは……」
「私も兄様の本気は初めて見ました……全力を出したら相手は確実に死にますし、魔族領の地形が変わってしまうため隠していたのですね」
「鬼魔貴族様カッケーな。さすが俺らの大将だぜ」
アタゴは悔しがり、オランジェット様は驚愕し、シャルロットは納得、チマキは憧れを持ったようだ。
あまりにもレベルの高い戦いに、私たちは余波に巻き込まれないようにするので精一杯だった。
「ちっ……ブールドネージュが奴の足止めをしてる間に俺らは魔族大結界の準備に入るぞ」
「残念。貴方たちの思い通りにはさせないわよ」
アタゴの指示で動き出そうとした私たちの前に、不敵な笑みを浮かべるショコラが立ち塞がった。
ショコラの奴、やけに自信満々だな。私の知るあの子は絵に描いたような貴族令嬢だった。戦う力なんてなかったはずだ。
「ショコラ……たんなる貴族令嬢である貴方に私たちと戦う事なんてできるの?」
「ふふふっ、この子はいつの話をしてるのかしら? 今の私は邪龍の巫女ショコラ。人族ではなく神の龍ヨルムンガンドの巫女。以前の私と思わない方が身のためよ」
自身を邪龍の巫女と宣言したショコラが力を解放すると、膨大な魔力が溢れ出し大気が振動する。
言うだけのことはあるわねショコラ……。
「あの女はやべぇぞスフレの嬢ちゃん……奴の相手をしながらは骨だぜ」
「そのようね。私の勘も煩いほど危険を知らせているわ」
アタゴから警告が入るが、それは私も感じている。見た目はほとんど変わってないのに、人であることを辞めて得た力がこれ程とは……。
魔族大結界を使用するには私たちが五芒星を描く位置につかなければならない。ショコラに妨害されると配置につくことができず、結界を張ることができないのだ。
「ヨルから聞いているわよ。貴方たち、魔族大結界の配置につけなくて焦っているのでしょう?」
「知っていたのね……」
ショコラの口ぶりから、足止めはヨルムンガンドの指示だったことがわかる。過去に封印された経験から私たちの作戦を読んだのだろう。
相手は力に驕らずしっかりと対策していたようだ。
「まずはショコラ。貴方を倒さなきゃいけないようね」
「私を倒すですって……? 笑わせてくれるわねスフレ! 貴方が去った王国で、私がどれだけ大変な思いをしたかも知らないくせに……!」
「何を言っているの? 私を王国から追放したのは貴方でしょう?」
「美しかった姿が、あっという間に醜く年老いていく恐怖が貴方にわかると言うの? わかる訳ないわよねえ!!」
私の言葉を聞いたショコラは理性を失ったかのように金切り声を上げた。
自分が追い出しておいて責任転嫁も甚だしい。そんな理屈が通る訳がないじゃない。
でも、醜く年老いていくってどういう事? 私の目には以前と殆ど変わらないショコラに見えるのだけど……。
「ショコラ……私の見たところ貴方の姿は変わっていないわよ。心はともかく、見た目は美しいままじゃない」
「……醜かったのよ。貴方の代わりに聖女の仕事をしたせいでね。でも、邪龍の巫女になる事で、以前の美しい容姿を取り戻す事ができた。ヨルには感謝しているわ」
「ショコラ……それはヨルムンガンドに騙されているのよ。貴方が急激に年老いたのも、ヨルムンガンドのせいなんじゃないの?」
「そんな事はわかっているわよ」
私の質問をショコラは事もなげに答えた。
「わかっていてどうして……?」
「私は貴方が憎い。憎たらしくて忌々しくて、今すぐこの世から消し去りたいほど大嫌いなのよ! ただそれだけ。さあ、私たちも因縁に蹴りをつけましょうか」
「ショコラ……そこまで私を憎んでいたのね……。わかったわ。決着を付けましょう」
こうしてブールドネージュ様とヨルムンガンドに続き、私とショコラも因縁に決着を付ける戦いが始まった。




