56.決戦前
王国民の怪我と病を治した私たちは、再びみんなの待つ辺境伯領の領都を見渡せる丘の上に戻ってきた。
しかし、帰ってきた私たちをみんなはポカンとした顔で迎えていた。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「何かって貴方……あの突然町を包み込んだ光は何ですの? 凄く神聖な魔力を感じましたが」
私の問いかけにシャルロットは質問で返してきた。
「ああ、さっきの光のこと? あれは治療が必要な人が多かったから範囲回復で纏めて癒したのよ。上手くいって良かったわ」
「纏めて癒したって……呆れた回復力ですわね。いつものポーションはどうしたのですか?」
「もちろんポーションを使った方が回復力は上よ。でも、あの町には重病人もいなかったし、力の上がった今なら広範囲で一気に治せると思ったの。予想通りだったわ」
自分でも出来過ぎなほどに上手くいったと思っている。成功して本当に良かったよ。
「それで兄様。スフレとは再会できましたが、これからどうしますか? 一度魔族領に戻るのですか?」
「そうだな。一度もど……この反応は……!?」
シャルロットの質問に答えようとしたところ、珍しくブールドネージュ様が焦った様子をみせる。
ブールドネージュ様の動揺した姿なんて初めて見たかもしれない。
「どうされたのですかブールドネージュ様?」
「不味いことになった。ヨルムンガンドの気配がこちらに近づている」
「何だと! 向こうから攻めてきたってえのか! 上等じゃねえか! 当然迎え撃つんだろ?」
アタゴの質問にブールドネージュ様はニヤリと笑みを見せ、
「ああ、奴はこの町に向かってきている。このまま逃げたら人族は滅びるだろう。だが、無論そうはさせん。我らで迎え撃つぞ」
ヨルムンガンドを迎え撃つと宣言した。
「ではブールドネージュ様、陛下たちにも知らせて共同戦線を」
「いや、我らだけで行く。人族にヨルムンガンドの軍勢を相手にするのは無理だ。死人を増やすだけだろう」
確かにブールドネージュ様の言うように人族が戦うには相手が悪すぎる。一緒に戦うのは無理かな。被害は少ない方がいいからね。
こうして私たちは領都から離れた場所に移動し、ヨルムンガンドの軍勢を迎え撃つことになった。
選んだ場所は領都と王都の間にある荒野。ここならば戦いの被害は少ないだろう。
荒野の先からは黒雲が近づき、その周りには以前見たワイバーンや狼といった魔物が囲んでいる。そして、中から感じる強大な魔力が黒雲の中にいるヨルムンガンドの存在を示していた。
「兄様、あの黒雲にヨルムンガンドがいるのですか?」
「ああ、過去の戦いでも同じように黒雲に包まれていた。あの時を思い出すと震えてくるよ。無論私が死ぬのが怖いのではない。みんなが……仲間が死ぬのが怖いのだ……」
シャルロットの問いに答えるブールドネージュ様の身体は確かに震えていた。
私たちの心配とはいえ、あのブールドネージュ様が恐怖で震えるなんて過去によほどの出来事があったのだろう。
「けっ! この間聞いた昔話と同じってか? だったら封印できるってことじゃねえか。逆に縁起がいいってもんだぜ」
「アタゴの旦那もたまにはいい事いうじゃねえか! そうだぜ鬼魔貴族様、ここには魔族領の全魔貴族が揃ってるんだ。できないことなんてないぜ!」
「二人とも……! ありがとう。その気持ち、私の心に刻んだぞ!」
アタゴとチマキから激励の言葉をかけられたブールドネージュ様は珍しく驚いた表情をした後、晴れやかな笑顔で礼を述べる。そして、三人は互いに拳を宙に突き出しガツンと合わせた。
男の友情いいなぁ。そうだ!
良いことを想いついた私はシャルロットの目の前まで行き、グッと拳を突き出す。すると、シャルロットは溜息をつきながらもコツンと拳を合わせてくれた。
ふふふっ、さすがわが盟友シャルロットね。この子はなんだかんだ付き合いがいいのよ。
男の友情に女の友情で対抗して少し満足できたが、私には聞き捨てならない発言があった。それは、
「何それ? みんなブールドネージュ様の過去話を聞かせてもらったの? ずるい! 私にも聞かせてください!」
「スフレ……!」
私だけ昔話を聞けないなんて許せない。
強い瞳で見詰めると、ブールドネージュ様はフッと笑みを見せ、
「わかった。無事この戦いを乗り越えたら聞かせよう。過去の英雄たちの物語を」
昔話をしてくれる約束をしてくれた。
私がいる限り誰一人死なせはしない。
なんの憂いもなくブールドネージュ様の昔話聞くためにも、完全勝利を目指すんだ。




