54.再会
「魔族だと……!? 監視は何をしていたのだ!」
「申し訳ございません! 前触れもなく、気づいた時には町中に現れていたそうです!」
気付いた時には町中にか、たぶんブールドネージュ様の『ゲート』の魔法だろう。
でも、あの魔法は一度訪れた事があるか、その場所を視認していないと使えないはずだ。
ブールドネージュ様はこの町にきたことがあるのかしら?
「王国に魔族が現れるのは何時ぶりだろうな?」
「陛下、以前にも魔族が現れたことが?」
意味深に語る陛下に大元帥が問いかけた。
「遥か昔、王国が人族の国と呼ばれていた頃の話だ。かつてヨルムンガンドが猛威を振るっていた際に現れたと伝承が残っている」
「王国にそんな過去が……」
ブールドネージュ様は過去の大戦の生き残りだと以前聞いたことがある。『ゲート』の魔法を使えたのはその時に訪れたからなのかな?
「しかし、なぜ急に魔族が……まさか! スフレ、君は今までどこで過ごしていたのだ?」
「私は王国を追放されてから魔族領でお世話になっておりました」
私が魔族領で暮らしていたことを告げると、陛下は驚きと共に納得したように頷いた。
「やはり魔族領で過ごしていたのか……。魔族領に向かった使者が一緒ではないようだがどうしたのだ? スフレの行き先は魔族領の可能性が一番高かった。一番多くの使者を送ったのだが……?」
「王国への道のりは危険を伴うため私一人できました。魔族領に辿り着いた使者は一人だけです。他の方は皆、途中で魔物に襲われ亡くなったと……」
「そうか……。皆、立派に使命を果たしたのだな……」
陛下は亡くなった使者を想い黙祷を捧げる。
その時、応接室の扉が乱暴に開けられた。
「邪魔するぜえ! ここにスフレの嬢ちゃんがいるって聞いたぜ! 隠すとためにならねえぞ!」
「止めなってアタゴの旦那。おいらたちは喧嘩しにきたんじゃねえんだから」
乱暴に扉を開けて入ってきたのはアタゴだった。そのアタゴを窘めながらチマキが、その後ろからオランジェット様とシャルロット、そしてブールドネージュ様が応接室に入ってきた。
やはりもう追いつかれてしまったようだ。
「あの翼に角……ほ、本当に魔族だ……!」
「ああぁぁん! なんだぁ手前。おうこら、魔族だから何だってんだ?」
「止めろアタゴ、我らは争いにきたのではない」
「ちっ! この辺で勘弁してやらあ」
腰を抜かして恐怖するアルス殿下にアタゴが食ってかかるが、それをブールドネージュ様が止めた。
以前のアタゴならブールドネージュ様が止めても猪突猛進に止まらなかったはずだ。天狗の里を救ったことで以前より信頼関係が築けているのかもしれない。
「やはりここにいたか。探したぞスフレ」
私を見つけたブールドネージュ様がこちらに歩みを進める。
ブールドネージュ様の威圧感に皆が気圧されるなか、陛下が前に出て立ち塞がった。
「其方らは魔族領の民と心得る。魔族は人族と関わりを持たぬと聞き及ぶが、何用で参ったのだ?」
「ほう、其方が今代の人族の王か? 私は鬼魔貴族ブールドネージュ・ザッハトルテだ」
「ブールドネージュ……その名には聞き覚えがある。……いや、そんなはずはないか、いくら魔族とはいえ何千年も生きるはずがない……!」
ブールドネージュ様の名前を聞いた陛下はぶつぶつと考え事を口にする。
あ~陛下。たぶんそれ、ブールドネージュ様本人だと思うよ。私にはわかる。過去の英雄だった話を聞いてるもの……。
「何用でだったか? 愚問だな。スフレを連れ戻しにきた。返してもらうぞ」
ブールドネージュ様は薄っすらと笑みを浮かべて陛下の質問に答える。
「くっ、目的は聖女ということか……! だが、ヨルムンガンドに対抗するにはスフレの力が必要なのだ。渡すわけにはいかん」
「ほう……さすがは一国を預かる者。私を前にして大した度胸だな。だが、渡さぬのならば、ヨルムンガンドに滅ぼされる前に我らに滅ぼされると心得よ!」
「むうっ……!」
意見を曲げない陛下にブールドネージュ様は威圧感を増しつつ歩み寄る。
たまらずへたり込んでしまう陛下を無視し、ブールドネージュ様は私の前までやってきた。
「力なき人族よ。聖女はもらって行くぞ。『ゲート』」
ブールドネージュ様はそう周りに宣言すると、私を抱き上げゲートの魔法を唱えた。現れた異空間の扉に私たちに続いて魔族領の面々が入って行く。
ゲートの異空間を抜けると町の外に出た。辺境伯領の領都を見渡せる丘の上だ。
ブールドネージュ様は外の安全を確認すると、私をそっと優しく降ろしてくれた。
「ブールドネージュ様、何も言わずに出て行ってすみませんでした」
「君の勘がそう告げていたのだろう? ならばそれが正しいのかもしれん。こちらこそ王に対して無礼な態度を取ってすまなかった。人族は見た目の違う我らを嫌悪している。慣れ合わない方がお互いのためなのだ」
さっきのみんなの態度はそういう事だったのか。確かに陛下たちは魔族を恐れていた。
人は自分の常識で理解できない物を認めない性質がある。だったら、どちらの良さも知っている私が、魔族と人族の懸け橋になれたらいいな。
だが、まだここでやらなければならないことがある。私にしかできないことが。
「ブールドネージュ様、この町にはヨルムンガンドの被害にあった病人や怪我人が沢山います。その人たちのもとに連れて行っていただけますか?」
「ふっ、スフレらしいな。わかった。ついてこい。皆はここで待っていてくれ。すぐに戻る」
私の願いにブールドネージュ様は微笑みを湛えて答えた。その表情は昔を懐かしむような、愛おしいものを見るような、そんな顔に見える。良かった。ブールドネージュ様も人族を助けることに好意的みたいだ。
皆にはここで待機してもらい、私たちは苦しむ人々を救うため、ブールドネージュ様のゲートの魔法で再び領都に向かった。




