53.断罪
私は大元帥と馬車に乗り、領主の館までやってきた。
辺境伯領は魔族領や他国との境界に位置し、広大な領地を持つ。他国と隣接している関係上、強力な軍事力を誇る王国の盾と謳われる大貴族だ。ヨルムンガンドと真っ向から戦うにはこれ以上ない拠点だろう。
陛下への謁見前に身だしなみを整える必要のある私は、別室で身なりを整えドレスに着替える。その後通された応接室には、陛下と大元帥の二人が待っていた。
「おおっ、久しいな聖女スフレ。息災のようでなによりだ」
「お久しぶりです陛下。陛下もお元気そうでなによりです。使者の兵士に王国の事情を聞き心配しておりました」
「そうか、使者は無事スフレのもとまでたどり着いたのだな……。しかしスフレ、しばらく見ぬ間に随分と成長したようだ」
挨拶を交わした後、陛下はジッと私を見てそう答えた。
陛下は大元帥と違い戦闘経験はほとんどないはず。だが、一国を背負う王として、沢山の人間を見てきた経験がある。その経験で私の成長を見抜いたのだろう。
「私も王国を追放されてから色々な経験をしましたので……」
「その節は力になれずすまなかった……。全てはバカ息子を制御できなかった私の責任だ」
「いえ、義妹に嵌められた私の責任でもあります。お気になさらず」
陛下は申し訳なさそうに頭を下げる。
一国の王はそう簡単に頭を下げるものではない。でも、陛下は本当に大事なことなら頭だって下げる。それが今代国王の人気の秘訣なのかもしれない。
だって命令するだけ、怖いだけの王なら誰もついてこないもの。陛下のそういうところは割と好きだな。
「アルスの件では私も対応に困っていてな。スフレの意見も聞きたいと思いここに呼んでいるのだ」
なんと、陛下は私の元婚約者であるアルス殿下をここに呼んでいるそうだ。
陛下の言葉に大元帥が割って入る。
「陛下、奴はもうアルス殿下ではなく、唯の犯罪者です。聖女スフレも犯罪者に遠慮などいりません。遠慮なく断罪してやってください」
「は、はい」
大元帥が容赦なくアルス殿下を切り捨てると、陛下は辛そうに顔を伏せる。私も大元帥の勢いに後ずさりしてしまった。
凄い勢い……。もしかして大元帥はアルス殿下のこと嫌いだったのかな?
「そろそろ辺境伯が連れてくるはずだが……おおっ、きたようだな」
応接室の扉が開き辺境伯が入ってくる。その後ろから拘束されたアルス殿下が兵士に連行されていた。ロープで縛られたアルス殿下の顔は涙でぐしゃぐしゃになり、嗚咽を漏らしていた。
辺境伯は私たちの前にくると一礼して口を開く。
「お待たせいたしました陛下、アルス殿下を連れてまいりました。そして、お久しぶりです聖女スフレ」
「お久しぶりです辺境伯。あの、アルス殿下連れてきていったい何を?」
「まだ聞いていませんでしたか。実は、王族であるアルス殿下の罰を決めかねておりましてな。被害者である聖女スフレに当時の事情を聞き。アルス殿下の罰を決めようと思っております」
なるほど、そういう事か。いくら本人や他人から情報を得ようが、被害者である私の話しを聞かなければ本当の意味ではわからない。王族の罰を簡単には決められず、アルス殿下の扱いに困っていたのだろう。
「き……貴様はスフレ! 帰ってきたのか! お、俺は悪くない。全てショコラが描いた絵図なんだ! なぁ、頼むよスフレ。私を擁護してくれよぉぉおおお!」
アルス殿下は泣き喚きながらみっともなく自らの正当性を語る。だが、全てショコラのせいにして自分は悪くないと訴えるのみで見るに堪えない物だった。
「擁護もなにも……アルス殿下は私に何を言ったかお忘れなのですか? 真実の愛に目覚めたとか言って勝手に婚約破棄し、挙句の果てにはありもしない私の悪行を声高に罵ったではないですか。いったいどこに擁護すべき点があるですか?」
私の言葉にアルス殿下の表情は絶望したように青ざめる。
「うっ……あ、あれはショコラとハーベスト公爵夫妻に吹き込まれただけなんだ! だが、私を騙したショコラは謀反を起こし、ハーベスト公爵夫妻は巻き込まれて亡くなってしまった……。もう頼れるのはスフレ、君だけなんだよ! 頼む……私を助けてくれ……!」
それでも諦めきれないアルス殿下は全ての罪をショコラとハーベスト公爵夫妻に擦り付けるため、必死に喋り続ける。
だが、いくら訴えたところで私には響かない。別に信頼しても愛してもいなかったが、婚約者に裏切られたショックは大きかったのだ。
しかし、ハーベスト公爵夫妻はショコラの謀反で亡くなったのか。散々いじめられてきたせいか、悲しさはない。そうなんだっていう事実のみだ。私って冷たい女なのかな?
「どうだ聖女スフレ? こいつ、自分は悪くないの一点張りで話にならんのだ。当事者の意見が聞きたい」
「そうですね。私の意見は先ほど申し上げた通りです。王国法で定められたように裁くべきと存じます」
大元帥の質問に私は思ったままの意見を伝えた。すると、大元帥はニヤリと笑みを見せる。
あっ、やっぱりこの人アルス殿下のこと嫌いなんだ。
「ではこれよりアルス殿下に王国法に基づいた罰を告げる。五十年の強制労働の刑だ」
「はぁああああっ! 五十年て……それでは出てくる頃には爺になっているではないか!」
アルス殿下が端正な顔面を崩して嘆くが、それを見た大元帥はさらに笑みを深くして話し出す。
「ほう……。貴様、強制労働施設から無事に出てこれると思っているのか? あそこは重罪人専用の施設だ。人権なく働かされる囚人の平均寿命は二年だぞ。果たして生き残れるかな?」
「はぁぁぁあああああっ! 何だそれはっ! それでは死刑と同じではないかっ!」
「いいや違う。死刑のように簡単に死なせないための強制労働だ。死ぬまで辛い労働をすることで罪を償うのだ」
「そ……そんなバカなぁぁ……」
アルス殿下は地面に蹲り泣き崩れてしまう。それを見詰める陛下は悲痛な表情をしていた。
何だか王国の闇を見た気がする……あまり気にしないようにしよう……。
その時、応接室の扉が勢いよく開かれ兵士が入室してきた。そして、
「大変です! 魔族が……! 魔族が現れました!!」
魔族が現れたと声高に叫んだ。
まだ猶予はあると思ってたけど、もう追いつかれたみたいだ。




