52.王国の現状
夜中にブールドネージュ様の屋敷を抜け出し一人で王国に向かった私は、魔族領と王国を隔てる森までやってきた。
みんなには悪いけど、私は一人でも多くの民を救いたいの。もしかしたらこの気持ちは、初代聖女の意思が代々聖女の魂に遺伝しているのかもしれない。まっ、それも私の予想なんだけどね。
「……霧が出てきたわね」
一人森の奥まで進むと周囲に霧が立ち込めてきた。
以前ブールドネージュ様が話していた霧の結界が出てきたようね。初めてこの森にきた時は何もできなかった。でも、今の私なら問題なく霧の結界を越えることだってできるはずだ。
私は精神を集中して霧の結界と聖属性の魔力を調和させていく。すると、森を包んでいた霧は徐々に薄くなり、自然あふれる森の姿が見えてきた。
「……ふうっ、上手くいったわ。やっぱり、私の力が上がっている……!」
魔族領にきてから王国にいた頃よりも聖女の力を行使することが増えた。その影響なのか、私の魔力がどんどん上がっているのを感じるのだ。
魔族領と王国を隔てる森を抜けた私は使者の兵士さんから聞いた国王陛下のもとに向かうことにした。陛下が周辺貴族を纏め上げ、王都を奪還すべく辺境伯領の領都に軍を集結させていると聞いたからだ。
私は歩みを速めて王国軍の集まる辺境伯領に向かう。夜中に出発したがもう夜は明けていた。ブールドネージュ様たちに気付かれる前に到着しなければならない。
以前の私なら徒歩でなんて疲れてたどり着けなかったと思う。でも、魔力の上昇に伴って身体能力まで向上してるんだよね。
走って荒野を駆け抜けた私は、それほど時間をかけずに王国軍の集まる領都に到着することができた。到着した領都の外には王国軍がキャンプを張っていて、ざっと十万人は集まっていそうだ。
様々な旗が掲げられており、王国各地から集まっていることが伺えた。
「あのぉ、少しお尋ねしたいのですが」
「ん? 君は他の町からの難民か? 外は危ないぞ。中に入るんだ」
陛下の所に案内してもらおうと兵士に話しかけるが、どうやら難民に間違われたようだ。
「いえ、私は聖女スフレです。こちらに陛下がいると聞いてまいりました。お会いできますか?」
「はぁ? 君が聖女スフレ様だって? バカ言っちゃいけないよ。おおよそ難民だろ? 聖女スフレ様を語るなんて重罪だ。聞かなかったことにしてあげるから町に入りなさい」
「難民ではありません! 私は本物の聖女スフレです!」
だが、私がいくら聖女スフレを名乗っても兵士は信じてくれなかった。
今の私が着ている服は魔族領では一般的だが、王国では見たことのないデザインをしている。
それに加えて、今の私は魔族領からここまでの移動でかなり汚れている。難民に間違われても仕方ないのかもしれない。
「どうした? 何かあったのか?」
「はっ! 大元帥様! 対したことではありません。他の町からの難民が聖女スフレ様を語っていたので注意していたのです」
「聖女スフレを語る難民だと……!?」
兵士と口論していると、騒ぎを聞きつけたのか、身なりの良い壮年の男性が割って入ってきた。
この人は王都で会ったことがある。王国軍の大元帥だったはずだ。
大元帥は兵士の話しを聞くと、鋭い眼光で私をジロリと睨み付ける。だがすぐに気付いたのか、大元帥は私の顔を見ると驚愕で目を見開いた。
「バカ者! この方は本物の聖女スフレ様だ!」
「えっ、この少女が聖女スフレ様……! も、申し訳ございません!」
「いえ、構いません。大元帥もそんなことで怒らないでください。兵士さんもこの格好ではわかりませんよね? 私も身なりを整えるべきでした」
「……久しぶりにお会いしましたが、随分と成長されようですなスフレ様」
大元帥は少し驚いたように私の姿を見ながら言う。
魔族領で過ごした濃い数か月間は、肉体的にも精神的にも魔力的にも非常に私を成長させてくれた。
歴戦の戦士でもある大元帥はその成長を見抜いたのかもしれない。
「成長した聖女が帰ってきた……か、陛下の話が現実味を帯びてきたな」
「陛下の話とは?」
「それは直接陛下から聞いた方がいいですな。案内しましょう」
大元帥が陛下の所まで案内してくれるようだ。
ありがたい。私が王国でやるべきことはヨルムンガンドをどうにかするだけではなく、人々の治療も含まれる。後で怪我人や病人のもとに案内してもらおう。
そのために、まずは王国の現状を知るべく陛下に会いにきたのだから。




