50.過去編⑧
「打ち合わせ通り行くぞ。散れ!」
「おうよ!」
私の合図で皆はは一斉に駆け出した。
それぞれがヨルムンガンドを囲むように動き、魔貴族五人で五芒星を描く位置で止まる。配置についた私たちは各種族固有の魔力をヨルムンガンドに向かって一斉に放った。
私たち五種族の魔力が繋がり鎖となってヨルムンガンドに絡まっていく。
「そんな攻撃が覚醒した我に通用すると思っ……? なにっ……身体が動かない……!?」
魔族大結界に捕らわれたヨルムンガンドは始めこそ余裕を見せていたが、身体が動かせないことを悟ると焦り出した。
「これは私たち全魔貴族の力を結集させた魔族大結界だ。伝説の邪龍といえど逃げられはせんぞ!」
「おいブールドネージュ! これ以上はもたねえぞ……早く封印しやがれ……!」
大天狗から辛そうに声がかかる。
魔族大結界の発動中は無尽蔵に魔力を消費し続けるため消耗が激しいのだ。
「ああ、任せろ。せっかく覚醒したところ悪いが、終わりにさせてもらうぞヨルムンガンド!」
私は結界を維持させながらゲートの魔法を発動させて小箱を取り出した。魔族領唯一のハクタク族であるタンフールが魔力を込めて作り出した封印の小箱。もし私たちが勝てなかった時、ヨルムンガンドを封印するために用意された物だ。
魔族大結界の鎖で捕らえたヨルムンガンドをこの小箱に閉じ込めて封印するのだ。
「クソォォオオオ! 今回は私の負けだ! だが、ただでは終わらん。其方ブールドネージュと言ったな? 貴様らも道連れにしてやるぞぉぉおおお!」
ヨルムンガンドの身体から黒い霧状の邪気が溢れ出す。その黒い霧に触れた草木は涸れ、建物までもが腐食して崩れて行った。
その黒い霧は勢いを増して私たちを飲み込むだけでは足りず、王都周辺までの全てを包み込んでしまったのだ。
「な……何て強い邪気なの……! このままじゃ待機している魔族軍までみんな死んでしまう……!? せめて手の届く範囲にいる魔貴族のみんなだけでも!」
ミルフィーユが自らの聖属性の魔力を全開にするとその身体は光輝いた。
その光に包まれた私たちは黒い霧から守られたのだ。
「これならいける……! 永遠の眠りにつけヨルムンガンドォォオオオ!」
「おおぉぉぉおおおああぁぁあああっ!」
聖属性の魔力に守られた私は魔族大結界を操作し、ヨルムンガンドを小箱に封印することに成功した。
だが、
「や、やったのか……!? おいっ! しっかりしろ河伯!」
その代償も大きかった。黒い霧が晴れた時、河童魔貴族河伯が倒れ、ミルフィーユの守りの光を受けられなかった魔族の精鋭戦士たちの姿はなくなっていた。
近くにいた大天狗は河伯に気付くと駆け寄り助け起こすが、
「返事をしろ河伯! こりゃあまじぃぞ……きてくれミルフィーユ! 河伯が……河伯が死んじまう!」
「ごめんなさい。河伯はもう死んでいるわ……。それに大天狗、貴方だってその身体……」
「身体? なんじゃこりゃあ!?」
「くそっ! 俺もか……」
ミルフィーユは目を伏せて大きく首を振る。駆け付けた時、すでに河伯は息を引き取っていたのだ。
そして、大天狗と竜王の身体にも異変が起こっていた。全身に禍々しい邪気を纏った模様が浮かび上がっていたのだ。
幸い私とミルフィーユには全身ではなく身体の一部分のみに模様が浮かんでいた。この模様が何なのこの時はまだわからなかったが、ミルフィーユの治療でも治すことはできなかったのだ。
「後方に控えていた魔族軍の様子も気になる。本陣に戻ろう」
黒い霧は魔族軍の本陣にも達していたため、私たちは河伯の遺体を連れて本陣に戻ることにした。
だが、戻った私たちが見たのは殆ど人がいなく本陣だった。数万いた魔族軍の生き残りはたった数百人だったのだ。
生き残ったのは能力の高い魔族だけだった。私たちと一緒に王都に突入した精鋭戦士の方が強かったが、黒い霧の発生源に近かったため助からなかったのだろう。
「皆戻ったか……ヨルムンガンドの邪気が消えたのを感じたぞ。良くやってくれたな」
「タンフールは無事……っではないようだな。大天狗たちと同じ模様が……」
私たちの帰還をタンフールが迎えてくれたが、その身体は全身に禍々しい邪気を纏った模様が描かれていた。
魔族大結界でヨルムンガンドを封印した経緯を話すと、タンフールは「そうか……」と納得したように頷いていた。
「あの黒い霧とこの身体に刻まれた模様はヨルムンガンドの呪いじゃ。ワシの知識ではこの呪いを受けた物は短命となる。この戦に生き残った者も皆近いうちに死ぬじゃろう」
「そんな……みんなの寿命が僅かだなんて……!?」
「だが、ミルフィーユとブールドネージュの呪いは未完全なものだ。あるいは助かるかもしれん……」
タンフールは短命の呪いにショックを受けるミルフィーユを慰めるように声をかけた。
「でも、私が助かってもみんなが……」
「何言ってんだミルフィーユ。俺らはお前が生きててくれたら幸せだぜ。なあ竜王の?」
「ああ、その通りだ大天狗。あくまでも短命だ。すぐに死ぬわけでもあるまい」
「みんなありがとう……」
ミルフィーユは流れる涙を拭うと私たちを真剣な表情で見つめて口を開いた。
「実はみんなに話があるの。私はこの人族の国に残ろうと思っているわ。この戦いで魔族領も甚大な被害を受けたけど、人族の国の被害はそれ以上のもの……。私はこの国に残り、復興の手伝いがしたいの」
ミルフィーユは真剣な面持ちで心情を吐露した。
私が決戦前に覚えた違和感の正体はこれだった。慈悲深い心を持つミルフィーユは、魔族よりも弱い存在である人族を助ける道を選んだのだ。
「そうか……。其方が決めたのならばそうするべきなのじゃろう」
「残念だがしょうがねぇな」
「魔族領のことは任せろ。俺たちが短命だとしてもブールドネージュがいる。何とかなるさ」
タンフール、大天狗、竜王は人魚族の勘に絶対の信頼を置いていた。
だが私は、
「本当に残るのかミルフィーユ? 魔族の被害も甚大なのだぞ?」
「ネージュ……」
魔族領を放って人族の国に残ることに納得できなかったのだ。
ミルフィーユは一瞬悲しそうな顔を見せるが、すぐに真剣な顔に切り替えた。
「人族は魔族を恐れているわ。人々の心に根付いた感情を消すことは難しいと思うの。だから、人族の国と魔族領の境界に不可侵の結界を張るのよ。その管理をネージュ、貴方に任せたいの」
「私に?」
「そうよ。魔族領は貴方に託すわ。そうすれば人族は安心して暮らすことができるはず。魔族と人族が共に暮らすには、まだ相互理解が足りないのよ」
ミルフィーユは私に魔族領と人族の国を隔てる結界を作り、その管理を任せると言う。
「私は人族の国で、ネージュは魔族領の結界の管理をするの。私は人族の国で魔族の誤解を解いて行くわ。だから、いつか私たちの子孫がお互い仲良く暮らせる日がくるその時まで、結界を維持してほしいの」
「……わかった。魔族領は私に任せてくれ」
人族は魔族を恐れている。それは初めて出会った人族である難民たちの反応を見れば明らかだろう。ミルフィーユはこうした認識を変えたいと思っていた。
魔族と人族の不和、それは私も変えたいと思っていたことである。私はミルフィーユの提案を受け入れ、魔族領と人族の国の境界に霧の結界を張ることにした。
こうして、私たちとヨルムンガンドの戦いは終わり、私たちとミルフィーユは別々の道を歩むことになったのだ。




