44.過去編②
人魚族のはやり病について会議が開かれるとのことで各種族の魔貴族が呼び出された。
集まったのは魔族領で一人しかいない種族であるハクタク族のタンフールの屋敷だった。
タンフールは一番長生きしている魔族領の生き字引として有名な魔族だ。老人の姿をした見た目通りすでに引退した魔族だが、その知識を活かし、相談役として魔族領で強い発言力を持っている男だ。
タンフールの屋敷は天狗族と竜族の護衛が一定の距離を保って睨み合い、牽制し合っていた。
戦時中である両種族の長が参加しているため、その護衛が外で待機していたのだ。
両陣営の間を通り抜けタンフールの屋敷の会議室に入ると、すでに参加メンバーは全員揃っていた。
「皆集まったようじゃな。では会議を始めよう」
タンフールの合図で会議が始まる。
集まったのは鬼魔貴族の私、人魚魔貴族ミルフィーユ、竜魔貴族竜王、河童魔貴族河伯、天狗魔貴族大天狗の各種族五人の魔貴族たちだ。
比較的平和に暮らしている私たち鬼族、人魚族、河童族はともかく、戦中の竜族と天狗族の長は良くきたと思う。
おそらく戦中だから暗殺が怖くて領地に閉じこもってましたではメンツ潰れるのだろう。二人とも周囲の警戒を強めていたよ。
「皆知っていると思うが現在人魚族の間ではやり病が蔓延っておる。各種族の魔貴族であれば情報も集まるじゃろう。何か心当たりのある者はおるか?」
タンフールの問いに皆心当たりはないようでポカンとした顔をしていた。
もちろん私にだってわからない。たぶん皆と同じような顔をしていただろう。
「やはり誰も情報を持っておらぬか」
タンフールは皆を見回して反応がないことを確認するとガックリと肩を落とした。
「おいおいタンフール爺、俺らを呼び出しといてその態度はねえだろ。こちとら危険を承知で出向いてやったんだぜ」
「危険を承知? それは俺が何かすると思っているのか?」
「あっ? 他に誰がいんだよ?」
大天狗の愚痴に竜王が嚙みついた。二人はゆっくり立ち上がると互いに睨み合った。
戦中の天狗族と竜族の長が集まっているのだ。衝突するのも自然な流れだろう。
こうならないために二人の席は対角線上の一番遠い位置にされていたが、あまり意味はなかったようだ。
何しろ大天狗はアタゴと同じくらい短気な男だったし、竜王もジェットの先祖とは思えないほど気の短い男だったのだから。
二人が睨み合う一触即発の空気の中、ミルフィーユがすっくと立ち上がった。
「せっかく集まったのに喧嘩は止めて! 二人とも昔は仲が良かったじゃない! なんでこんなことになったの……?」
ミルフィーユの叫びに睨み合っていた二人は気まずそうに顔をしかめた。
確かに大天狗と竜王は数年前まで良好な関係だった。何が原因なのか、どちらから仕掛けたのかわからないが、いつしか両者の諍いは国同士の戦にまで発展したのだ。
現在の平和な魔族領では信じられないかもしれないが、当時は本当に危険な状態だったのだ。
「何で……か。理由なんざ忘れちまったぜ」
「俺はこの天狗が気に入らねえ。喧嘩の理由なんてそれで充分だろ」
「気に入らないって……そんな理由で戦なんてしないでよ。今は人魚族の危機なのよ」
ミルフィーユの言葉に二人は争いを止めてその場に座り込んだ。
人魚魔貴族の発言力は魔貴族の中でも強い。それは各種族が政に人魚魔貴族の助言を受けているからだ。
人魚族が滅びた現在では使われなくなったが、判断に迷ったら人魚に相談しろとは魔族領の格言になっていたほどだ。
「ミルフィーユが言うなら今日のところは許してやらあ」
「ふん、こっちのセリフだ」
そのため、この二人もミルフィーユの言葉なら素直に言うことを聞いたのだ。
だが、今にして思うがそんな人魚魔貴族の発言力だとか政だとかそんなことは関係なく、大天狗も竜王もミルフィーユを愛していたのだろう。
彼女は魔族領の皆から愛される存在だったのだ。
しかし、大天狗と竜王の喧嘩は収まったがはやり病についての情報は出てこず、病の対処と予防についての話し合いとなった。
だが、人魚族の治療も効かぬ原因不明の病のため、あまりいい対策が出てくることはなかったのだ。
「皆が知らぬならこれで解散にするかの。はやり病には気をつけるのだぞ」
情報が出ないと見たタンフールは早々に会議を終了させた。
結局会議は何の成果も得られぬまま終わることになったのだ。




