43.過去編①
遥か昔の鬼魔族領は人魚魔族領と隣接していたため良好な関係を築いていた。
人魚族の英雄と謳われた人魚魔貴族ミルフィーユは、艶のある黒髪にスラリとした長身の美しい少女だ。鬼族に角があるように、人魚族は自由に足を魚のようなヒレに変えることができる泳ぎの得意な種族だった。
あれは人魚魔貴族と鬼魔貴族とが合同でおこなう魔物討伐の日のこと。ミルフィーユとコンビを組んだのは鬼魔貴族になったばかりの銀髪の少年、まだ青年と呼ぶには少し早い頃の私だ。
ミルフィーユは私よりも少し年上であり、種族は違えど、私にとっては中の良い姉のような存在だった。
そんな私たちが魔物討伐のため森を進んでいた時、神々しいオーラを放つ小竜を発見した。
「なんて神秘的な小竜なのかしら……」
「だが、竜は成長したら危険だ。ここで始末するか」
竜とは世界最強の種族とされている危険な魔物だ。今は小竜といえど成長すれば強力な竜となる。
それも見るからに他とは違う特別なオーラを纏った小竜である。いずれ相当危険な魔物に成長するのは明らかであった。
「それは止めた方がいいわ。この小竜、強力な毒を宿しているもの。それこそ、傷つけたら魔族領が危ういくらいだわ」
「毒か……」
ミルフィーユ曰く、もし小竜を殺せば魔族領全体を汚染するほど強力な毒を体内に宿しているらしい。
だが、そんな危険物を放ってもおけない。
「では、鬼族の里に連れ帰って監視しよう」
「私もそれが良いと思うわ」
意見の一致した私たちは小竜を里に連れ帰り皆に説明した。
小竜を連れて帰った私たちはそれはもう反対されたが、人魚魔貴族であるミルフィーユが大丈夫であると説明すれば民衆は大人しくなった。
これが、政にも使用される人魚魔貴族の勘への信頼だった。魔族領では人魚魔貴族が大丈夫と言えば、皆が信じたのだ。
大半の者は理解を示してくれたのだが、
「何よ偉そうに、人魚魔貴族だからって指図しないでほしいわ。未来が見えるなんて嘘なんじゃないの? こんな神々しいオーラを放つ小竜を牢に入れるなんておかしいわ。里の神獣として祭るべきよ」
中には批判する者もいた。
「何だと?」
「止めてネージュ。いいのよ……」
人が集まれば指導者ができる。そして、それに従わない者が出てくるのも自然なことだろう。ミルフィーユはそう言って批判する者を許していた。
ミルフィーユの勘は未来予知と言い換えてもおかしくない物だ。今まで散々未来予知に助けられてきたのに、魔貴族に従いたくない者が出るのは魔貴族の統率力が落ちているからだろう。
「さっきのはミルフィーユと魔貴族の座を争った人魚族のカステラだったか?」
「争っただなんて物騒な、競い合ったの! そう、あの子はカステラ。私の幼馴染だもの、決して悪い子じゃないのよ」
カステラはミルフィーユと人魚魔貴族の座を争うほど優秀な人物だった。
だが、自分が優秀だと思っている者ほど他者を認められないのか、元は仲が良かったらしいのだが、ミルフィーユが人魚魔貴族に選ばれると敵対視されるようになったそうだ。
「今のところは陰口を言われる程度だから大丈夫よ。ネージュは気にしないで」
「ミルフィーユがそう言うなら大丈夫なのだろう。だが、謀反には気をつろよ」
「大丈夫だって! ミルフィーユ姉さんを信じなさい。まったく、ネージュは心配性なんだから」
頬を膨らませてお姉さんぶるミルフィーユだが、その仕草のせいで年上感は薄れていた。
可憐な少女のような見た目をしているが、その能力は歴代人魚魔貴族の中でもかなり高いと噂されるミルフィーユだ。彼女の発言ならば信頼できる。
だが、この頃の魔族領では種族間の小競り合いが起こっていた。魔族の中でも血の気の多い天狗族と竜族が戦を始めたのだ。
隣接している鬼魔族と人魚魔族間では争いは起こっていないため、表面上は良好な関係を築けているが今後どうなるかわからない。それほどにこの頃の魔族領はきな臭かったのだ。
小竜を連れてきて数日、カステラは小竜を入れた牢屋に足繫く通うようになっていた。
人魚魔貴族であるミルフィーユを批判していることで孤立していたカステラのいい友達になってくれたと周りは思っているようだが、私は邪悪な何かを感じていた。
そんな不信感を抱いていた頃に事件は起こった。
人魚族が次々とはやり病で倒れ出したのだ。




