42.愛を語る(ブールドネージュside)
木の葉天狗に伝言を頼みしばらく待つと、上空からアタゴがチマキを担いで猛スピードで飛んできた。
あまりのスピードにチマキは「ちょいちょい旦那っ! 速すぎるって! スピード落とせよ!」と喚いている。
力と器用さは凄いがスピードに欠ける河童族にあの速さは辛いだろう。呼吸困難で口端に泡を吹いている。
屋敷の庭に着地したアタゴはチマキを放り投げると私に向かって肩で風を切りながら歩いてきた。
ああ、これは相当頭に血が上っているな。
「スフレの嬢ちゃんが出て行ったってのはどういうことだ! 手前がついていながらなんてざまだ!」
予想通りアタゴは開口一番感情のままに文句を口にする。
この男の真っ直ぐな性格を嫌いではないが、返す言葉もない今は辛いところだ。
「まあまあアタゴの旦那、鬼魔貴族様だって神様じゃねえんだからミスだってするぜ。そんなに責めないでおくれよ」
「ちっ! チマキ、お前さんどっちの味方だよ。こいつが目ぇ光らせてねえのが悪いだろ」
「どっちの味方って? おいらは聖女さんの味方さ。出て行ったのは聖女さんの意志だろう? だったらしょうがねえぜ」
投げ捨てられたチマキがやってきてあっけらかんと答えた。
この少年の周囲を明るくするお気楽さには救われるな。非常に興味深い思考をしている。
この明るく聡明な河童族の性格があるからこそ、種族の壁を越えて仕事をしているのだろう。
「今日集まってもらったのはこれからどうするか話し合いたいからだ。私は鬼族をガレット任せ、スフレを追って王国に行く。皆にも準備を任せられる二番手がいるならばついてきてほしい」
自分の意見を話し周りを見渡すと、皆自信にあふれた表情を向けてくる。
「俺たち竜族はいつでもいけるぜ。何しろ俺がいないことの方が多いからな」
「河童族も行けるぜ」
「へっ! 天狗族は組織力が自慢だぜ。他の魔族にできて、うちができねえわけねえだろが!」
各種族三人の魔貴族は力強く答える。
本当に頼りになる男たちだ。このメンバーなら、かつて倒せなかったヨルムンガンドを滅ぼすことも可能かもしれない。
かつての英雄たちですら成しえなかったヨルムンガンド討伐への希望に心が熱くなる。
「しかしネージュ、魔族全体を危険に晒すかもしれねえのに、よく追いかける判断をしたな。聖女ってのはそんなに重要なのか? それとも、スフレちゃんだからか?」
危険な賭けに出る私にジェットが疑問を投げかけてくる。
「確かに聖女はヨルムンガンド討伐になくてはならない存在だ。だがそれよりも、私にとってスフレは自分の命よりも大切な人だ。絶対に失たくない。それに、聖女の勘は良く当たるのさ」
私の返答にジェットは一瞬ポカンとした表情になるが、すぐに正気に戻るとニヤリと口端を吊り上げ、
「ヒューッ! 言うねぇ! はっはっはっ、お前がそこまでスフレちゃんを好きだとは知らなかったぜ」
私の偽らざる気持ちを伝えると、ジェットは囃し立てるように口笛を吹き嬉しそうに笑い出した。
どうやら私の返答を気に入ったようだ。
「しかし聖女の勘か……ネージュが言うんだから本当なんだろうな。そうすると、スフレちゃんの行動は案外ただの感情任せじゃねえってことになるな」
「そう言うことだ。古代人魚族の英雄がそうだったように、スフレはその能力を色濃く受け継いでいる。そのスフレが自らの意思で出て行ったのだ。であるならば、それが最善の行動である可能性もあるということだ」
「なるほどな。……なぁネージュ。聞いていいのかわからねぇが、過去の聖女とはどんな関係だったんだ?」
ジェットは少し気まずそうに過去の人魚族の英雄について聞いてきた。
私は今まで過去の英雄について話したことはない。だが、これから共に命をかけた戦いに挑む仲間たちになら聞かせてもいいのかもしれない。
「皆集まってくれ。聞いてもらいたい話がある」
そう判断した私は皆を集めて話し出した。
遥か昔におこなわれた私たちの戦いを。




