41.消えたスフレ(ブールドネージュside)
王国から使者がやってきた翌日、朝食の席にスフレとシャルロットの姿がなかった。
シャルロットが遅れてくることは滅多にないが一度もなかったわけではない。昨夜スフレはシャルロットの部屋に泊まったことだし、夜遅くまで話でもしていたのだろう。
そう考えているとシャルロットが一人で食堂に入ってきた。
「おはようシャルロット、スフレはどうした? 一緒ではないのか?」
「おはようございます兄様、それに皆様」
一人でやってきたシャルロットを不審に思った私は問いかける。
それにシャルロットは挨拶だけを返し、私の前までやってくると手紙を差し出した。
嫌な予感がする……。
「手紙? これは何だ?」
「私が起きた時スフレはの姿はなく、テーブルの上に手紙だけが残されておりました」
「中は確認したか?」
「いえ、まだ確認しておりません。一緒に確認した方が良いと判断しました」
私はシャルロットの返答に頷き手紙を開封する。
◇◇◇
親愛なる魔族領の皆様、突然の手紙に驚かれたことと思います。
勝手ながら私は王国の窮地を見過ごすことができません。一人でも救援に向かおうと思っております。
どうか皆様は確実に邪龍ヨルムンガンドを討伐できる準備を整えてください。
私のことは心配いりません。聖女は死にませんから。
行く当てのない私の面倒を見ていただいた大恩を仇で返すことになり申し訳ございません。
謝罪はまた改めて合流した時にいたします。
どうか、私の単独行動をお許しください。
◇◇◇
嫌な予感が当たってしまった。
スフレは昨夜のうちに魔族領を出て行ってしまったようだ。
王国までは遠い。今すぐ追いかければ追いつけるはず。
「待ってください兄様! どこに行かれるおつもりですか!」
食堂を飛び出そうとしたがシャルロットにしがみつかれて止められた。
「ふう、兄様を止めるのは命がけですわ」
「私がシャルロットを傷つけるわけがないだろう。力のコントロールくらいはするさ。もう落ち着いたよ。ありがとうシャルロット」
「どういたしまして。兄様はスフレが絡むと熱くなりすぎます。冷静さを忘れないでくださいまし」
頭の切れるシャルロットのことだ。私が自分に危害を加えないと予想しての行動だろう。
冷静さか、そうだな。私には魔族領を守る使命がある。非常に遺憾だが、この局面で私情で行動するわけにはいかない。
「昨夜スフレから王国の現状について相談を受けました。ごめんなさい兄様。あの子の背中を押したのは私なのです」
「シャルロットが? スフレが不満を持っていたのは感じていたが、そこまで思い詰めていたとは……」
「いえ、兄様が魔族領のために嫌われ役をやってくれたのはわかっております。私は自ら辛い役を買って出てくれる兄様を尊敬しております。スフレだって、そこはちゃんと理解しておりますわ」
シャルロットにそう言ってもらえると心が軽くなる。私だって王国の民を見殺しにしたいわけではないのだから。
「でもよ、スフレちゃんが出て行ったってことは結界を越えて行ったんだろう? ネージュは反応を掴めなかったのか?」
「魔族領で成長したスフレは私に気付かれずに結界を突破できるほど聖女の力を操れるようになったようだ。迂闊だった……」
ジェットの問いも当然だろう。今まで私が結界を越えてきた存在を察知できなかったことはないのだから。
その私に気付かれず魔族領を出て行ったのだから、スフレの成長を喜ぶと同時に自身の未熟を恥じる思いだ。
「それで、これからどうするんだ。後で合流するのか、それともスフレちゃんを追いかけるのか?」
「ああ、まずは各種族の魔貴族を集める」
そう決めた私は食堂の窓を開けて空に向けて手招きする。
すると、上空から天狗族の見廻り役である木の葉天狗がこちらに向かって下りてきた。
天狗族は情報収集のため他の魔族領に木の葉天狗を派遣し偵察をおこなっている。警戒心の強い天狗族だが本気で偵察しているわけではない。今までやりたいようにさせていたがこういう時は役に立つ。
下りてきた木の葉天狗にアタゴとチマキを連れてくるように頼むと、木の葉天狗は矢のような速さで知らせを伝えに飛んで行った。
「魔貴族の二人を呼んだのか。じゃあ話はあの二人がきてからだな」
「スフレが出て行ったことで、チマキはともかくアタゴ様が怒り狂わなければ良いのですが……」
「……そうだな」
これからを思うと頭が痛くなるが、スフレが自分で考え選んだ道だ。私はそれを尊重したい。
惚れた女の我が儘くらい受け止めてやれる男でいたいからな。




