34.ショコラside③
ヨルの正体が邪龍ヨルムンガンドだと明かされた。身体の衰弱に耐えられず気を失ってしまった私が目が覚めると、そこは自室のベットの上だった。辺りは暗くなっており人の気配はない。
私はヨルの言葉が夢だったのだと思い、一つ息を吐き寝返りを打つ。すると、そこには私をじっと見つめるヨルの姿があった。
「ヨ、ヨル……!?」
「目が覚めたかショコラ」
気配もなしに傍にいたヨルに私はビクッと身体を震わせる。
あれは夢だった。ヨルを恐れる必要はないはずだ。それなのに、私の心臓は早鐘を打ったように鼓動が激しくなる。
そんな私を睥睨するように見下ろすヨルは薄ら笑いを浮かべているように見えた。
「何を驚いているのだ? 我の正体を明かした途端に倒れたから心配したのだぞ」
「正体……? では、やはり貴方は邪龍ヨルムンガンドなのですか……?」
「いかにも。我こそは邪龍ヨルムンガンド、この王国に災いをもたらす者だ」
ヨルの言葉におぼろげな記憶が鮮明に蘇ってくる。
そんな……あれは夢ではなかったの?
では、なぜ私は生かされているのだろうか、伝説の邪龍が秘密を知る私を殺さない理由がわからない。
自身を封印から解放した恩義? 相手は極悪な邪龍だ。それはないだろう。
では何だ? 私を利用するため? それならば頷ける理由だ。
「なぜ殺さないのですか? 私を利用するため?」
「利用か、間違ってはいない。だが、我は其方を気に入ってもいる」
私を気に入っている?
一見噓くさく思えるが、ヨルの表情に嘘はないように思える。もちろん私には龍の表情などわからないが、これでも一緒にスフレを追放した仲だ。浅い付き合いではないつもりでいる。
「では、私に何をしてほしいの? こんな姿になってしまった私にもう選択権はないわ。それに、聖女に強い恨みを持つ貴方のことだもの、スフレを酷い目に遭わせてやれそうだわ。最後までついて行くわよ」
そう、ヨルは聖女を恨んでいる。
以前ヨルに聞いた話によると、昔暴れていた邪龍ヨルムンガンドはこの王国の地で初代聖女とその仲間たちによって封印された。その封印は長い時をかけても破れなかった。だが、その封印を解いた者が現れた。
そう、それが私ってわけ。
何でそんな大事な封印の地に私が入り込めたのかというと、単純に時が経ちすぎたのだ。
邪龍ヨルムンガンドは封印を破れなかったが、王国の民も邪龍の恐怖を忘れていた。
一応王家には薄っすらと伝承が残っており、血が濃くなりすぎない程度に聖女の血を王家に取り入れて重用している。封印の要となる聖女の血を絶やさぬために。
だがその程度だ。既に何が封印されているかも忘れ去られていた。
それで警備も薄い。高位とはいえ、単なる貴族令嬢である私が単独で侵入できたほどに。
しかし、ヨルは初代聖女の封印により力を失っていた。
その封印は王国に聖女の末裔がいることが発動条件になっている。力を取り戻すのに邪魔な聖女を殺したかったが、今代聖女のスフレは初代聖女の血を色濃く受け継いでいて殺せない。
そこで、私と協力してスフレを王国から追放したわけだ。
「フフフッ、其方の予想通り聖女は必ず殺す。もちろんその仲間もな。だが、我は長く封印されすぎた影響で完全に力を取り戻せていない。其方には力を取り戻す手伝いをしてほしいのだ」
「ええ、よくってよ。スフレをできるだけ苦しめて殺してくれるなら手伝いましょう。その時は王国も滅ぼすのでしょう? そこに新しい私の国を作るわ」
私は弱った身体に鞭を打ち気丈に発言する。
すると、ヨルの笑みはさらに深くなり、満足そうな顔で答える。
「其方ならそう答えると思っていたぞ。さすが我が見込んだ女だ。この国では其方のような人間をこう呼ぶのだろう? 悪役令嬢と」
「悪役令嬢か、私にピッタリの称号かもしれないわ」
私にもスフレが気に入らないという理由はあるが、それは世間一般では悪者の言い分だろう。
人々を癒すスフレが正義であるならば、私は悪役令嬢で構わないわ。
「稀代の悪役令嬢である其方ならばなれるかもしれん。邪龍の巫女にな」
「邪龍の巫女?」
「巫女とは本来龍神である我の言葉を聞き人々に伝える者。上位の巫女ならば我を憑依させ力を借り受けることもできる存在だ」
「それって……」
私はヨルの言葉に首を傾げる。それは今まで私がやってきた事と同じだったからだ。
ヨルのアドバイスを受けスフレを追放し、力を借りて偽聖女を演じてきた事と。
「ああ、これまでの其方の活動は巫女の役割だ。だが、邪龍の巫女となれば我の力を存分に振るうことができるようになる。初めて出会った時に感じたのだ。其方は歴代最高の邪龍の巫女になるとな。この出会いは運命だと思ったよ」
「運命ですか……では、私はその運命に感謝するわ。あの化け物じみた回復力を持つスフレを殺すチャンスを与えてくれたのですから」
もしかしたらヨルに騙されているのかもしれない。
だが、衰弱死しそうなほど弱っている私の身体も、その原因であるヨルならば元に戻せるかもしれない。つまりヨルは私に選ばせているようで選択肢はこれしかないのだ。元々断らせる気がないのだろう。
もう後戻りすることはできないんだ。
「邪龍の巫女は我の贄となる契約を結ぶことになるが、本当に良いのだな?」
「くどいですわヨル。私に二言はありませんのよ」
スフレを殺せるのならば、たとえ邪龍の贄になろうとも私は構わない。
あの化け物娘を殺すには、それだけの覚悟が必要なのよ。
「フフフッ、契約成立だな。では、我の血を飲むのだ。我が血液を摂取することで其方の身体は生まれ変わる」
「ええ、わかったわ」
ヨルはそう話すと自らの牙で腕を切り裂き、私の前に差し出す。その腕には紫色の邪龍の血が滴っていた。
一つ息を吐き覚悟を決めた私はベッドから起き上がり、腕から流れるヨルの血を口に含む。
邪龍の血を飲んだ私の身体がビクンッと跳ねた。熱い……身体の奥が燃えるような感覚に、私は自分の身体を抱くようにして震える。
「ゆっくり眠れショコラよ。次に目を覚ました時、其方は邪龍の巫女としての力に目覚めるだろう」
やがて熱が引いていく感覚とともに、ヨルの言葉を聞きながら私は再び眠りにつく。
その心にスフレへの増悪を宿しながら。




