33.アルスside①
私、アルス・プディングは王国の第一王子である。
だが、そんな王位継承順位第一位である私にも悩みはある。それは、自分の愛した人との結婚は許されず、決められた政略結婚を余儀なくされることだ。
婚約者のスフレ・ハーベストは聖女と呼ばれる王国の重要人物である。
王国では何世代かの期間を開けて第一王子と聖女が婚姻を結ぶ。そんなくだらない伝統があるせいで、私は自分の一番嫌いな女と結婚しなければならないのだ。
昔から気味の悪い女だと思っていた。
黒髪黒目の地味な見た目も、怪我をすればたちどころに傷が癒えるその身体もな。
一部ではあの黒髪黒目がエキゾチックで美しいなんて噂されているらしいが、私の趣味ではない。それに、私には愛する人がいるのだ。
それは、スフレの義妹であるショコラ・ハーベストである。
ショコラとスフレは血の繋がりがないから見た目が全く違う。
スフレと違い、綺麗な金色の髪に青い宝石のような瞳を持つ、まるで美しいビスクドールのような女性だった。傍に少し不気味な小竜のペットを連れている美しい少女だ。
私はそんなショコラに一目惚れしたのだ。
ショコラとは少し前に出会った。
お互いスフレのことが嫌いという共通点がありすぐに仲良くなった。そんな二人が恋仲になるのは自然な流れではないか?
それなのに、頭の固い国王はショコラとの婚姻を認めなかったんだ……。
だが、私の愛した女はただ者ではなかった。
自分が新しい聖女になる。だから、次の夜会でスフレとは婚約破棄しろと提案してきたのだ。
ふふふっ、我が愛する人ながら実に怖い女だ。
その日から、私とショコラは有力な貴族たちへの根回しを開始した。もちろん、結婚を反対する国王派閥は除いてな。
そして、私たちの初めての共同作業は見事成功し、聖女スフレを王国から追放したのだ。
◇◇◇
スフレを王国から追放して数日、俺は国王である父親に呼び出された。
さすがに夜会で婚約破棄を宣言したらバレる。ここまでは予想通りなのだ。私は一つ息を吐き、国王の待つ部屋へ入った。
「アルス! 聖女スフレを王国から追放しただと、お前は何という事をしてくれたんだ!」
「はい? 何か問題があるのでしょうか?」
部屋へ入るなり国王の罵声が飛んでくる。
だが、こうなることは既に予想済みだ。返答は考えてある。
「問題があるかだと……? 大ありだバカ者! 代々王家では数世代ごとに聖女と結婚する決まりがある。お前には子供の頃から言い聞かせてきたであろうが!」
「それならば問題ありません。今代の聖女はもう一人います」
「なに! それは誰だ? 申してみよ!」
スフレの代わりがいるのが信じられないのか、国王の怒りはさらに高まり顔を真っ赤にしている。
「はい。もう一人の聖女、それはショコラ・ハーベスト。スフレの義妹です」
「なんだと! そんなバカな! ありえん……そんなことはありえんはずだ……!」
国王は動揺を隠すこともせず、驚愕で身体を震わせる。
無理もない。私だってショコラからその話を聞かされた時は耳を疑ったさ。
だが、実際に彼女の癒しの力を目にしたら信じないわけにもいかないだろう。そのための仕込みは準備している。
「実際に見てもらった方が早いと思います」
私が手をパンパンッと鳴らす。
すると入り口の扉が開き、ショコラと負傷した兵士が入ってくる。
二人は国王の前で跪き礼を取った。
「ショコラ・ハーベストか……発言を許す」
「ご機嫌麗しゅうございます陛下。ショコラ・ハーベストでございます。本日は私の聖女の力を見ていただきたく参上いたしました。ご覧ください」
ショコラと一緒に入ってきた兵士が腕を出すと深い切り傷がある。
ショコラが兵士の腕に手を翳すと暖かい光が発生し、徐々に切り傷が塞がっていく。
「どうですか父上? ショコラの力は本物でしょう?」
「……確かに。スフレよりも回復力は劣るがこれは癒しの力だ。スフレがいなくなった今、代理を立てるしかない……認めるしかないようだな。わかった。二人の婚約を認めよう」
国王は不承不承といった感じに頷く。怒りは治まったようだ。
ふっ、これでスフレを追放したことを咎められる心配はなくなりそうだな。
こぼれる笑みを何とか抑えつつショコラを見ると、薄っすら微笑みをたたえている。
まったく、血の繋がりがないとはいえ、自分の義姉に成り代わってその顔ができるとは怖い女だよ。
こうして王国に新しい聖女が誕生し、私とショコラは正式に婚約することになったのだ。
◇◇◇
私とショコラが正式に婚約してしばらくすると、王国にはやり病が蔓延した。
新聖女であるショコラはその対応に追われ忙しく、私と会う機会は殆どなくなってしまった。
まあ、第一王子である私には他に遊びの女が多数いるから暇を潰すことはできるが、一番愛しているのはショコラだ。これだけ会えない期間が続くと寂しくもなる。
いくらショコラが忙しくとも第一王子である私が会えないのはおかしい。好きな時に会えないなんてそれで婚約者と言えるのか?
私は兵士の制止を振り切ってショコラの部屋に押し入った。
「ショコラ……で、いいんだよな?」
だが、久しぶりに会ったショコラは別人のように老け込んでいた。
美しい金色の髪は艶を失いボサボサに、青い宝石のようだった瞳は輝きを失いくすんだ色に変わり、瑞々しく張りのあった肌は乾燥して皴が目立っている。
そんな……これではまるで老婆ではないか……。
「アルス殿下。いくら婚約者であっても、婚姻前の女性の部屋に無言で入るのは失礼ですわ」
「す、すまないショコラ。だが、その姿は一体どうしたというのだ? それではまるで老」
「殿下それ以上は!」
危うく口にしてしまいそうになるが兵士に止められる。私としたことが危なかった。
だが、私は王国の第一王子である。動揺を見せるわけにはいかない。
「久しぶりに会ったが、まさかそんな姿になっていたとは……。君に倒れられた困る。今日のところは休むんだ。付き添ってやりたいが、私は用事があるため行かなければならぬ。ゆっくり休むんだぞ」
そう声をかけ部屋を後にする。
できるだけ平静を装ったが声は震えていたかもしれない。それほどにショコラの変わり果てた姿がショックだったのだ。
しかし、ショコラの部屋にいたペットの小竜を久しぶり見たがやたらと大きくなっていた。
竜だから成長が早いのか? 不気味な竜だ。
まったくショコラ奴、せっかくスフレを追い出したというのにこの体たらくはなんだ。
あの様子ではしばらく癒しの力は使えないだろう。はやり病はこれからもっと蔓延しそうだ。このままでは王国は大変なことになるだろう。
今後を考えると頭が痛くなる。
一体どうしたらいいんだ……。




