30.銀色狼(アタゴside)
俺たち天狗の里に、憎きブールドネージュが仲間を引き連れてやってきやがった。
奴の話では、邪龍ヨルムンガンドが復活しそうなんで魔族大結界の発動を手伝ってくれだとよ。
まあ、悪名高いヨルムンガンドの野郎が復活したら俺としても困る。頭ではわかるんだ。こいつと手を組んだ方がいいってな。
だが、俺はどうしてもこいつが嫌いなんだよ。この気持ちはもう一度こいつと戦って勝利するまで消えねえだろう。自分でも難儀な性分だってのはわかってるが、これが俺なもんはしょうがねえよな。
だが、ブールドネージュの野郎は俺と勝負しやがらねえ。つうか、一緒にやってきた嬢ちゃんの方に喧嘩を売られちまった。
何でもこの嬢ちゃんは古代人魚族末裔なんだとよ。あの癒しの力を見せられたら信じるしかねえよな。
天狗族には人魚族に纏わる言い伝えがいくつかある。
曰く、人魚族は癒しの力を操る。
曰く、人魚族は美しい。
曰く、もし人魚族の末裔に出会うことがあればその出助けをせよ。
要するに伝説の大天狗様は人魚に惚れてたってことだな。
その気持ちはわかる。俺もスフレの嬢ちゃんのことは気に入った。
ブールドネージュの野郎は気に入らねえが、スフレの嬢ちゃんの頼みなら聞いてやろうと思う。武器も強化してもらったし、聖分銅鎖なんてかっこいい名前まで付けてもらったからな。
スフレの嬢ちゃんを気に入った俺が協力を受けようとした時だ。突然防壁の大扉が爆音とともに破壊された。最近クラマの山で暴れている狼だ。
今日は親玉の銀色狼まできていやがる。奴ら今回は本気で攻めてきやがった!
スフレの嬢ちゃんたちに手を出さないよう釘を刺す。これは俺たち天狗族の戦いだ。誇りにかけて他種族手を借りるわけにはいかねえんだ!
俺は小型狼どもを部下に任せて銀色狼のもとに向かった。
銀色狼と相対すると、その強大さに身体が震える。
こいつは強え……俺が今まで戦ってきた中でも上位に入りやがる。だが、一番じゃねえ。後ろで見ているブールドネージュの野郎に比べりゃあ、まだ勝ちの目があるってもんだ。
そう思いチラリとブールドネージュを見たらあの野郎。またスフレの嬢ちゃんとイチャついてやがる!
クソがっ! やっぱ気に入らねえ野郎だぜ!
「どうした天狗魔貴族アタゴ・ペリーよ。我を前にしてよそ見とは余裕があるな」
「へっ! 余裕なんてねえよ。てめえの強さは嫌ってほど感じるぜ」
敵を前に後ろを振り返る俺に、銀色狼は普通に話しかけてくる。それにゆっくりと向き直って応えた。
それは、これ程の強者が不意打ちなんて卑怯な真似はしないと、ある種の信頼があったからだ。
「で、銀色狼さんよ。この天狗の里に何しにきやがった? お前さんがヨルムンガンドの手下だってのはわかってんだぜ」
「手下だと? 我こそは邪龍ヨルムンガンド様の忠実なる僕。眷族の中でも幹部とされる者だ。イバラキの沢の黒竜と同じと思うなよ。奴は搦手に特化している。直接戦闘では我の方が遥かに上だ」
イバラキの沢の黒竜? ああ、スフレの嬢ちゃんたちが倒したってえ奴か、要するにこいつを倒せば俺の功績の方が上ってことになる。だったら銀色狼を倒して、スフレの嬢ちゃんに俺がブールドネージュよりも上だと証明できるな。
そう判断した俺が攻撃を開始しようとした時、銀色狼は話を続けた。
「そう慌てるな天狗魔貴族よ。我が主から受けた命令はこの地にやってきた聖女を殺すこと。お前と戦うことではないのだ」
「あんっ? 聖女ってスフレの嬢ちゃんのことか?」
「今代の聖女がこの天狗の里にいるとの情報は入っている。どれどれ……ほう、あの女が聖女スフレか」
銀色狼は後方で見ているスフレの嬢ちゃんを確認するとニヤリと嗤った。
狼の表情なんて詳しくねえが、あれは獲物を見つけた捕食者の顔だ。
スフレの嬢ちゃんを殺すだぁ? 殺らせるわけがねえだろうが!!
「行くぜ狼野郎!」
俺は大きく翼を広げてほくそ笑む銀色狼に向かって飛翔する。
烏天狗はスピードが武器の種族だ。その中でも俺の大きな黒い翼は魔族最速を誇る。速さならブールドネージュにだって負けねえ自信があるぜ。
お前に俺の動きが見切れるか狼野郎!
俺は自慢の速度を活かし、すれ違いざまに聖分銅鎖で殴りつける。
だが、当たったと思った攻撃は銀色狼をすり抜けるように空を切った。
「なにっ!」
「どうした天狗魔貴族、スピードが自慢ではなかったのか?」
空振りした俺の後ろから銀色狼の声が聞こえる。
攻撃を躱した上に後ろを取っただと? その上隙を晒した俺に何もしねえってか……舐めんじゃねえぞこの野郎!
スフレの嬢ちゃんを守るためにも、この戦いは絶対に負けられねえんだ!!
「ぐはぁぁ……」
「遅い遅い。魔族最速の男がこの程度とは拍子抜けだ」
気合を込めた攻撃を空振りした隙に腹を牙で抉られた。腹から流れる血を手で押さえ一旦距離を取る。銀色狼の追撃はない。
何で当たらねえんだ? この俺よりも速いってえのか?
くそっ……こいつ、口だけじゃねえ。強いぞ……! だがな、今の攻撃でこいつの秘密が掴めた気がするぜ!
傷を負いながらも俺の口角は上がる。
反撃の糸口を掴めたのだ。




