29.聖刀
武器に聖属性の加護を与えている途中、襲撃してきた銀色狼と迎え撃つ天狗族の戦いが始まった。
小型狼は烏天狗と木の葉天狗が相手をし、大きな銀色狼にはアタゴが相対している。
「天狗たちと狼の戦いが始まりましたけど、アタゴは睨み合ったままですね。私の加護を与えた聖分銅鎖があればダメージを与えても毒を撒き散らさないはずなんですが」
「ああ、さすがアタゴだな。奴の相手の力を見極める能力は私以上かもしれん。あの銀色狼は強いぞ。戦闘能力はイバラキの沢で戦った黒竜の比ではない」
「そうなのですか!」
なぜ聖分銅鎖で攻撃しないのか不思議だったが、ブールドネージュ様の話では銀色狼は黒竜よりもずっと強いそうだ。
そんな銀色狼の実力を見極めるなんて、見た目と違ってアタゴは冷静な戦いができるタイプみたい。
オランジェット様を小僧扱いするくらいだ。歴戦の猛者なのだろう。
「小型狼の方は天狗たちが若干有利のようだ。小型の方は倒しても大した毒は出ないし、戦闘に関して烏天狗は鬼族に匹敵する強さだ。任せても大丈夫だろう」
ブールドネージュ様は「だが……」と一呼吸おき、こちらを見る。
「アタゴの方は勝敗が読めん。念のため私の武器にも加護を付与してもらえるか?」
「は、はい!」
どうやらアタゴの方が危ないようだ。
これは私の予想だが情に厚いアタゴのことだ。恐らく銀色狼の実力を予想して、自らが相手を引き受けたのだろう。
それを部下の天狗たちも感じているからこそ、必死で戦っている。
そんな愛すべき天狗たちを守るために、私も全力で加護を施さなければならない。
ブールドネージュ様は私を見て一つ頷くと『ゲート』の魔法を唱え、空間の裂け目に手を入れる。そして引き抜くと、その手には少しだけ湾曲した剣が握られていた。
これがブールドネージュ様の愛剣? シャルロットの使う短めの直剣とはかなり違うのね。
王国で使われる真っすぐな直剣とは大分違う形状をしているが似た物を見たことがある。ごく稀に異国の商人が持ってくる刀と言われる武器だ。
「そうか、スフレは私の剣を見るのは初めてだったな。これは鬼族に伝わる宝刀だ。この刀には名前がない。私の刀にも名前を付けてもらえるか?」
「わ、私が名付けていいのですか!」
だって鬼族の宝刀だよ! そんな大切な物に私が名付けしちゃっていいの!
まあ、持ち主のブールドネージュ様がいいって言うなら、遠慮なく名付けさせてもらおうかな。
私はブールドネージュ様から宝刀を手渡されるとその美しさに目を奪われた。
華美な装飾はなく、王国の剣よりも長く細身の刀身は妖しい光を宿している。一体どれだけの血を吸ってきたのだろう。息をのむほど美しい刀だった。
でも、今は刀に見惚れている場合じゃない。
アタゴのピンチを望んでいるわけではないが、もしもの時に備えて宝刀に加護を施さなきゃ。
私はブールドネージュ様の宝刀を地面に置き聖属性の魔力を通していく。すると、妖しい光を宿した宝刀が神聖な輝きを放ち始めた。
よし! 成功だ!
「おおっ! 見事だスフレ! 妖刀と名高い鬼族の宝刀が神々しい光を放つとは……。して、なんと名付ける?」
「はい、名付けて……聖刀」
「さすがスフレ、いいセンスだ。今日からこの宝刀は、聖刀だ!」
天高く聖刀を掲げるブールドネージュ様はキラキラと輝き、その背には後光が差して見える。
本当に絵になる人だなぁ。こんな姿見せられたら、みんなブールドネージュ様が好きになっちゃうよ……。
私は高鳴る胸の鼓動を必死に抑える。
この人は私の大恩人だ。好きになったらダメなんだよ。
せめて、受けた全ての恩を返したと、私が自分自身で納得できるまでは……。
「では、アタゴたち天狗族の戦いを見届けよう。下手に助太刀してこれ以上あいつに嫌われたくはないからな」
「ふふふっ、そうですね。アタゴは執念深そうだから気を付けないと」
ブールドネージュ様は冗談めかして言うが、アタゴは本気で嫌いそうだ。ライバル視もほどほどにしてほしいけど、無理だろうなぁ。
とにかく、今はアタゴたちの戦いを見届けるしかないようだ。
そう思い天狗たちの戦いを見ていると、後ろから視線を感じる。
振り返るとジト目をしたシャルロットたちがこちらを見ていた。
「ちょっとスフレ。お兄様の武器だけ加護を与えて終わりにするつもりなのかしら? それに、わ・た・く・し・の・お兄様とイチャつかないでくださいまし」
「そうだぜ! おいらたちの武器も頼むぜ!」
「ごめんごめん! すぐにやるからそんな目で見ないでぇ!」
ジト目をしたシャルロットとチマキに詰め寄られた。
オランジェット様は? と思い探すが、そこにはイバラキの沢で見た氷のように冷たい瞳をしたオランジェット様がいた。
あの時と同じ瞳だ。私何か怒らせるようなことしたのかな?




