26.天狗魔貴族アタゴ・ペリー
話し合いにきたのに出てきた天狗魔貴族は話の通じない人だった。
私を追放した人たちと同じだから知ってる。世の中には話の通じない相手がいるのだ。
ブールドネージュ様が力ずくでもなんていうわけだよ。これじゃあ話し合いで解決しようなんて言った私がバカみたいじゃないか。
「一度断られた程度で諦めるわけにはいかん。話し合うと約束したからな」
そう言ってブールドネージュ様はにっこりとこちらに微笑む。
ブールドネージュ様は私との約束を守ろうとしてくれている。そうだ。言い出しっぺの私が諦めてどうするのよ!
「人んちの庭先でイチャついてんじゃねぇぞこら。てめぇいつからそんなナンパ野郎になりやがった? 仮にもこの俺を倒した最強の魔貴族だろうが! 何なら今ここでその最強の座から引きずり落としてやろうか?」
見つめ合う私とブールドネージュ様の姿に天狗魔貴族アタゴが怒り出す。
この天狗の大将めっちゃ短気だわ。
「待てアタゴよ。私は争いにきたのではない。魔族大結界の発動には五種族の魔族の英雄全員が力を合わせなければならないのだ!」
「魔族大結界だぁ? そんなもんお伽話だろ? だいたい肝心の人魚族がもういねぇじゃねぇか、魔族大結界は発動できん」
「確かに人魚族は滅んだ。だが、その末裔がいる。それがこのスフレだ」
「この嬢ちゃんが人魚族の末裔だぁ?」
ブールドネージュ様が私を紹介すると、アタゴがじろりと睨め付けてくる。
ギョロっとした瞳が凄く怖いがここが踏ん張りどころだ。臆するわけにはいかない。
「お初にお目にかかります天狗魔貴族アタゴ様。元王国の聖女、スフレと申します」
「王国の聖女……? なるほど、お伽噺で王国に残った人魚族の末裔か、てことは俺と同じ魔族の英雄の子孫ってことになるな。だがどう見ても人間だぞ。本当に人魚族の力が使えるのか?」
アタゴの問いに頷いて答える。
「承知いたしました。聖女の力をお見せいたしましょう。天狗族の方に怪我人か病人はいますか?」
「ふんっ! いいだろう。おい!」
私のお願いにアタゴが部下に一声かけると、腕に包帯を巻いた天狗が前に出る。この人を癒して証明しろってことかな?
私は天狗の包帯を取り傷を確認する。
切り傷か、骨までは達していないようね。
掌を傷口に翳し、目を閉じて魔力を集中させる。すると、暖かい光が生まれ傷を癒していった。
「ほぉ、聖女の癒しってぇのは初めて見たが見事だな。どうやら嬢ちゃんは本物のようだ」
「これで私が人魚族の末裔だと証明できたはずです。どうか天狗族もヨルムンガンド封印のため、魔族大結界の発動に協力してもらえないでしょうか?」
「ふむ……」
アタゴは顎に手を当てしばし考え込んでいるようだ。
私は聖女である証を示したわ。お願い協力して!
「お前さんが本物の聖女だってぇのはわかった。だが協力するのは断る」
えっ! 今のは過去のことは忘れて協力する流れだったじゃん!
なんでよ!
「アタゴよ。スフレが人魚族の末裔である証明はなされたはず。なぜ協力を拒む?」
「そいつをお前が問うかブールドネージュよ……。答えは簡単だ。俺は俺より上の存在を認めねえ。お前が嫌いだから協力しねえってことだよ」
何それ? 昔ブールドネージュ様に負けたことを未だに根に持っているってことなの?
「ではどうすれば協力してくれるのだ? 望みがあるのならば言ってくれ」
「望みか……そいつは簡単なことだ。俺と戦えブールドネージュ。今日こそ天狗族のアタゴ・ペリーこそが最強の魔族だと証明してやる!」
「くっ……戦うことはできんのだ……」
アタゴの望みは最強の魔族になるため、以前負けたブールドネージュ様にリベンジすることのようだ。
対するブールドネージュ様は私との約束に縛られてアタゴの挑戦を受けられずにいる。
本当に律儀な人だ。でも、私はそんなブールドネージュ様の考え方を尊敬する。例え口約束であっても、それを守ろうとする気持ちを嬉しく思うわ。
でも、そのせいでブールドネージュ様が縛られるのを私は望まない。だったら私もできることをしなきゃだよね。
「アタゴ様、なぜそれほど狭量なのですか? そのような考えでは天狗族全体の名折れになってしまいます」
「何だと……? 天狗族を蔑むなら、女といえどもただではすまぬぞ」
二人の会話に割って入った私をアタゴが睨み付けてくる。
やっぱり怖い……けど! 負けるわけにはいかないんだ!
私はアタゴの視線を正面から受け止めた。
「止めろスフレ! 天狗族は誇りを重んじる種族だ! 何よりも侮られることを嫌う。アタゴという男はやると言ったらやる男だぞ!」
「いいえ止めません。例えブールドネージュ様の言葉でも、聖女としてここで引くことはできないのです」
ブールドネージュ様が止めに入るがごめんなさい。私はここで止まるわけにはいかないんだ。
ヨルムンガンドを封印しなければお世話になったブールドネージュ様を殺しにくるし、魔族領の人々も危険になる。
それに天狗族はというか、アタゴは修羅の境涯に囚われている。
王国教会の教えにある修羅の境涯とは、自分と他者を比較し常に他者に勝ろうとする競争心を強くもっている心のあり方のことだ。
他人と自分を比べて自分が優れて他人が劣っていると思う心は、慢心を起こして他者を尊敬することができなくなる。
天狗族の長であるアタゴが修羅の境涯に囚われていては、種族全体の方向性も同じになってしまうだろう。
大恩ある魔族領の人々同士が争う姿なんて見たくない。
そんな修羅の境涯に囚われたアタゴの心を、私は放っておくことができないのだ。




