24.ショコラside②
私ショコラ・ハーベストは王国の聖女にして、第一王子アルス殿下の婚約者である。
御しやすそうなバカ王子を傀儡の王に据えて王国を手中に収め、その未来は明るく光り輝くものになる。そのはずだった……。
「ショコラ様、怪我人や病人が大勢集まっています。早く皆の元へお願いいたします」
「……わかっておりますわ。すぐに参ります」
仕事にこない私を呼びにきた兵士に返事をし、重い身体に鞭を入れて立ち上がる。だが、その瞬間目眩に襲われふらついてしまった。
「大丈夫ですかショコラ様! やはり連日の治療でお身体が……!?」
(ちっ、何がお身体がよ……貴方が呼びにきたんじゃない)
私は心の中で悪態を吐く。口に出してしまえば、努力して民草の身を案じる優しい聖女のイメージを作ってきた苦労が水の泡になってしまう。
それにしても、近頃回復依頼の量が増えすぎている気がする。
それに、私の部屋でペットとして飼っているヨルの身体が大きくなってきている。初めて出会った時は手のひらサイズだったことを考えると、以上な成長速度と言えるだろう。竜は解明されていない未知の部分の多い生物だし、そういう種族なのかもしれない。
ふらつきながらも歩みを進めていると、突然部屋の扉が開かれた。
「久しぶりだなショコラ……!? ショコラ……で、いいんだよな?」
入ってきたのは王国の第一王子であり婚約者のアルス殿下である。
「アルス殿下。いくら婚約者であっても、婚姻前の女性の部屋に無言で入るのは失礼ですわ」
「す、すまないショコラ。だが、その姿は一体どうしたというのだ? それではまるで老」
「殿下それ以上は!」
アルス殿下の言葉を兵士が遮る。
良い仕事をしたわ名も知らぬ兵士さん。アルスが続きの言葉を口にしたら、私は怒りでどうにかなっていたかもしれないもの。
アルスの奴、私を老婆とでも見間違えたのかしら? 無理もない、私のここ最近の老け込みようは異常だ。
美しかった金色の髪は艶を失いボサボサに、白磁のように白くなめらかな肌は水分を失いカサカサになり皴と染みも目立っていた。
私はまだ十六歳だというのに、何十歳も上の年齢に見えてしまうようだ。
「久しぶりに会ったが、まさかそんな姿になっていたとは……。君に倒れられた困る。今日のところは休むんだ。付き添ってやりたいが、私は用事があるため行かなければならぬ。ゆっくり休むんだぞ」
アルス殿下は早口でそう捲し立てると、私の返事も聞かずにそそくさと部屋を出て行った。
用事がある……ね。どうせ他の女の所にでも行くんでしょ? 久しぶりに会った婚約者がこんなに醜く変わっていて、さぞビックリしたでしょうね。クソ色ボケ王子が……!!
「で、では私も出て行きます。ゆっくりとお休みください!」
私の怒りが伝わったのか、呼びにきた兵士も逃げるように退出した。
ああ、これで今日の仕事がなくなったわ。久しぶりの休日ね。言われた通りゆっくりと休みましょうか。
「どうした? 今日は癒しを施さないのか?」
横になろうとふらつく身体を引きずりベットへに行くと、そこにいたヨルが声をかけてくる。
「今日は休みになったわ。……ねぇヨル。貴方私の体調が悪くなるのは癒しの力に慣れてないからって言ったわよね? あれから数ヵ月経つわ。私の身体は良くなるどころか、悪くなる一方じゃない! 本当のことを言いなさい!」
「本当のことか、我の与えた癒しの力は本来の聖女の物とは違い、其方の生命力を他者に譲渡する力だ。使い続ければ生命力は涸る。当然の摂理ではないか」
なによそれ? ヨルのくれた仮初の癒しの力は、私の生命力を渡しただけってこと?
「そんなの私は聞いてないし望んでもいないわ! 貴方私を騙したの!?」
「騙した? 我はただ其方の願いを叶えただけだが?」
私の問いにヨルは悪びれもせず答える。
その返答に呆気にとられ一瞬言葉を失うが、すぐに怒りが込み上げる。
「願いを叶えたですって……!? こんな年老いた姿になることを望んではいなくてよ!!」
「我は其方のスフレを追放するという願いを叶えただけだ。結果として唯一の取り柄である美しい姿は失われ、外見も中身も醜い老婆が誕生したがな。ハッハッハッ!」
ヨルはそう言い放つと気持ちよさそうに笑い出す。
この竜は初めからそのつもりだったの? 完全に騙された……私はただスフレを追い出したかっただけなのに!!
「怪我人や病人が増えたのは我が発する瘴気の影響だ。其方が我の封印を解き、聖女スフレを追放してくれたお蔭で我も大分力を取り戻せた。礼を言おう」
「病魔をばら撒く竜? それではまるでお伽噺の邪龍ヨルムンガンド……!? まさか貴方が……!!」
「そう、我こそはヨルムンガンド。かつてこの王国の地に封印された伝説の邪龍ヨルムンガンドだ」
ヨルが伝説の邪竜ヨルムンガルド? もしかして、私はとんでもない奴を復活させてしまったのかも……!?
こうして私は激しい後悔を抱きながらも身体の衰弱に逆らえず、ゆっくりと意識を失ってしまった。




