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自作小説倶楽部 第26冊/2023年上半期(第151-156集)  作者: 自作小説倶楽部
第152集(2023年2月)/テーマ「思いやり」
9/26

04 らてぃあ 著  『暗闇の声』

梗概

老人たちと若者の誤解と末路


挿絵(By みてみん)

©(C)奄美「ボコボコ」

「おやめなさい」

 声に思わずドライバーを握る手を止めた。

 ただの老いぼれの声だ。とわかっていても後ろを振り向く気にはなれない。男の、弱弱しいがいやに暗闇に響く声だった。

 同時にこんな声をしていたのかとも気付く。初めて会ったのは30年近く前、俺が伯父に引き取られた6歳の頃だがまともに言葉を交わしたことは無かった。いつも伯父の後ろで陰気な顔で控えていて、時々伯父と何やら話していたが、内容は俺に聞かされることはなかった。奴はまるで伯父の影のようだった。

 伯父が死んだ今、影も消えればいいんだ。

 この屋敷に来る前に、そう思った。病院通いもしているから先は長くないはずだ。それなのに声は俺の鼓膜にまとわりつくように響いている。

 やめろって? もう遅いんだ。

 俺のついていない人生を思い出す。最初からこうなるように運命つけられていたような気がする。


 親父が破産して首をくくった後、お袋は悲嘆のあまり心の病気になって死んだ。その後、お袋の兄を名乗る伯父が現れて俺を引き取った。有り難い何て思わない。金持ちなのに親父とお袋を見捨てた守銭奴だ。

 俺を引き取った動機は自分の評判を下げないためだろう。

 俺は半年、伯父の屋敷にいたが寄宿舎のある学校に転入させられた。俺をいじめた連中を殴り返すと教師が『暴力はいけません』と被害者の俺を責めるような学校だった。同級生たちは俺を遠巻きにして話しかけなくなった。

 最初の学校を3年で退学になると、こんどはもっと遠い場所にある学校に入れられた。そこで俺は脱走も諦め、囚人のような生活を10年近く続けた。

 やっと卒業した俺に伯父は進路を聞き、何もないと答えた俺を『ろくでなし』と罵った。


 俺にだって夢はあった。それは伯父には関係のないことだ。俺は自分で商売を始めようと思っていた。そのために金を少し借りようとしたのに伯父は裏で手を回し、誰からも金を借りられないようにしていた。お陰で俺は小さなアルバイトをいくつも掛け持ちして暮らすしかなかった。

 そういえば伯父からのメッセージを届けたのは、俺の後ろに蹲る老人だった。差し出された手紙に『まともな仕事を紹介してやる』というようなことが書いてあったが、その場で破り捨てた。その時に老人、その頃も年をとってはいたが今よりましだった。は、何か言ったが俺は奴をドアの外に叩きだした。


 俺の住む世界はすべて伯父の回し者によって形成され、俺を迫害しているように感じていた。

 そんな中、唯一の味方が彼女だった。俺の天使だ。俺の夢を笑顔で聞き、将来を誓ってくれた。しかし世の中はやはり俺の敵なのか、三か月前に彼女は泣きながら俺に田舎の弟の病気の治療のために大金が必要なことを告白した。

 俺は彼女を救うため、プライドを捨てて伯父に頭を下げた。伯父はすでに事業を売却し、隠居生活をしていたが俺の懇願をあざ笑うと屋敷から俺を叩きだした。その上、相続から俺を外し、すべてを使用人に過ぎない老人に渡してしまったのだ。


 彼女の弟の命と俺たちの結婚がかかっているのだ。一刻の猶予もないし、裁判など複雑な手続きはまっぴらだった。俺は意を決してかつて知ったる伯父の屋敷に忍び込んだのだ。

「学校の厳しい教育であなたの欠点が矯正されることを願ったのです」

 また、声がした。伯父に子供の教育なんて考えられるものか、と思うと同時に心を読んだかのように続きがある。

「伯父上は自分には子供を育てるのも家庭を持つのも向いていないとわかっていたんです。結婚を反対したばかりに唯一の肉親だった妹とも長年音信不通でした。貴男は夢見がちなところはお母様に、思いやりを表現することが出来ず、頑固なところは伯父上に似てしまった」

 音信不通? その言葉が引っ掛かる。そういえば、アパートの大家は俺が孤児院に行くべきだと言っていた。伯父が引き取らなければそうなっていたはずだ。それなのに何故俺を引き取ったのか?

 ああ、でも、やはり俺に財産を残す気なんてなかった。伯父は早々に俺を見限っただけだ。

「貴男の学費のために大金を使いました。貴男が怪我をさせたご学友への賠償も伯父上が払ったのです。払わなければ貴男は罪に問われたでしょう。そして伯父上は事業を傾けるほどの大金を失ったのです。遺産はありません。私は屋敷の処分のために残って居たのです」

「嘘をつけ、ここに、この金庫の中に俺が受け継ぐべき金があるはずだ」

 そう、彼女が教えてくれた。彼女はいつだって正しい。

 俺の叫びに黙った。苦し気な呼吸がわずかに聞こえたが。部屋はしんと冷たい暗闇が沈んでいた。


 やっと、金庫が開く。

 床に置いていた小さな懐中電灯を手に取り、光で中を照らす。小さな封筒しか見えなかった。何の書類だろう? 表には伯父の名前と住所が書いてあるだけだ。おかしい。こんなものじゃなくて、札束が入っているはずなのに。

 畜生。どこかに隠したんだ。後ろを振り返る。老人の姿は闇に沈んで見えない。

 立ち上がり、踏み出すと、靴底で何かが砕ける音がした。かがんで拾う。錠剤らしかった。老人が落としたものか。何の薬だろう。そういえば最初に「薬を拾ってください」といっていたような。

 利き手に持った懐中電灯で老人を照らし出し。金のありかを白状させなくてはならない。そうわかっているのに俺の身体は動けなかった。

 暗闇の中には俺の息遣いだけがあり、ほかに生命の気配を感じなかった。

  了

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