03 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 05』
第5話 思いやり
――マデラインの日記――
私たちのアッシャー冒険商会の経営は軌道に乗りましたので、早速、ロデリックお兄様は、マサチューセッツ植民地のお偉方に、政治献金などなさりました。するともれなく〈桂冠詩人〉の称号を戴きましたの。――お兄様にとっては宿願の称号、素晴らしいですわ!
さらに、当商会とパイプが太くなったお偉方様から、美味しいお仕事を斡旋して下さいましたの。
先住民ワンバノアグ族を主体とした〈カウボーイ〉という名の私兵で構成された、幌馬車隊。五台の幌馬車に騎兵二十人、ロデリックお兄様、従者アラン、そして私・マデラインの三人は、ボストンで調達したマスケット銃や弾丸、書簡を、ニューヨーク州にあるシャンプレーン砦にお届けするところでした。
そういうわけで、当商会の幌馬車隊は街道を南進しておりました。
かわり映えしない風景。ロベルトお兄様によりますと、目的地には、祖国英国の景勝地・湖水地方みたいな湖があるとのこと。
そのお兄様といいますと、毎度のこと古ぼけた年代物の本の頁をめくってばかり。
「いい加減、子づくりしませんと。本国のお父様、お母様に申し開きができません」
「うーん、それは難しい問題だね」
「私を愛していないとでも?」
私はアッシャー一門でも末席の分家の出でしたが、流行病で両親が他界したため、本家に引き取られて養女になりました。そのため、義理の兄ロベルトの婚約者として教育されたのです。
「君とは兄妹として育った。妹として愛している。すでに承知のように、僕は女の子よりも、男の子が好みなんだ」
「でもお兄様の子供を産むことはできます。お任せ下さい」
お兄様は、外が騒ぎ出したので、本をお閉じになりました。
地平線に砂煙が立ち上っているのが見えます。
――先住民の襲撃だ! 騎兵百。まともには勝てない。振り切るぞ!――
商会が護衛に雇っているボストン近郊の先住民ワンバノアグ族の皆さんは、しばらく前に、プロテスタントに改宗なさっていて、市民とは仲良しさん。――というか町の用心棒。とはいえ、そのワンバノアグ族が、他の先住民を指さして、先住民の襲撃だと大声を上げるのは、ちょっと違和感を覚えるところ。
お兄様はこの旅に、魔法書とヴィヨンの詩集の二冊を携帯してきました。旧大陸でもそうでしたが、新大陸においても、宗旨が違うと火あぶりになります。用心深いお兄様は、羊皮紙の表装だけを福音書にして、本の中身を魔法書にすり替えています。――そして、魔法詠唱をするとき、プロテスタント系クリスチャンである護衛の皆さんに、「実は僕、神学校の出で牧師の資格があるんだ」と言ってから、「魔法じゃないよ、《奇跡》だからね」と念を押すのがお約束。
――ファイアー・フォックス、中級!――
騎乗・幌馬車分乗をした護衛の皆さんが、お兄様に続き、マスケット銃で応戦。
元軍人だった従者アランも、
「マデラインお嬢様、では我々も――」
幌馬車で身構える私たち。
先住民の格好をした敵騎兵が私たちの幌馬車に迫ってきました。よく見たら、背丈や容貌から、フランス人ぽいではないですか。
街道の要所には、町を伴った砦があります。そういった砦から騎兵百騎近くが出撃して助けにきて下さいました。砦の騎兵隊の皆さんも、英国人と先住民の混成軍でした。劣勢になった、フランス植民地軍と先住民の混成軍は、退却を始めました。
助けに来て下さったのは、ジョゼフ=ブラントという先住民モホーク族の酋長。英語が話せる方です。この方のお姉さんが、ウィリアム・ジョーンズという英国人名士に嫁ぎ、そのご縁で英国植民地軍にお味方しているのだとか。ジョゼフさんのモホーク族は、五つの有力部族で構成される〈イロコワ連合〉のメンバーでした。
当時、祖国英国の北米植民地は東海岸を確保しているに過ぎず、ニューヨーク州と改称されることになる地域を流れるハドソン川沿いには、オランダ領ニューネーデルランドなんていうのがあったり、フロリダはまだスペイン領だったりしました。一六七四年、どうにか英国がオランダ植民地を併合したころ、フランスは、北米大陸の大半、中央部を領有していた。すなわち南はミシシッピ川から五大湖周辺、北はカナダに至っていたのです。
ニューネーデルランド改めニューヨーク州ハドソン川渓谷にある南北に細長いシャプレーン湖。そのがたりが、フランス領との係争地になり、ときたま小競り合いを繰り返すようになったのだとか。
もし英仏両国が全面戦争になったら、〈イロコワ連合〉がどっちにつくかで、勝敗が決まると言われていました。ウィリアム・ジョーンズさんが、族長さんのお姉さんをお嫁さんにしたことで、祖国はフランスに勝てそう。――愛の勝利だ、万歳! お兄様、私たちも励みましょう!
「君とは、結婚式も上げてない」
「なら、いたしましょう!」
「藪蛇だったか!」
従者アランが、
「ジョゼフ=ブラント様、砦には牧師様がいらっしゃいますか?」
「礼拝所がありますよ」
アランが片目私に片目をつぶってみせました。
砦は湖に臨んでおり、柵で囲った町と、背後に控える稜堡様式の要塞からなっていました。町の城柵前には、ボストンと同じように、英国系入植者と友好的な先住民の皆さんが、村を作っています。
市門が開き、私たち幌馬車隊は中へ案内されました。礼拝所は……
――さあ、本物の戦闘開始だあ!――
ロベルトお兄様、額にお手をかざされるのはなぜ? ――きっと頭の中が、私との結婚した後の未来計画でいっぱいになり、重たくなられたのだわ。
第5話完
〈主要登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:男爵家世嗣。
マデライン:遠縁分家の娘だったが両親死去後、本家養女に。ロデリックの義理の妹にして許嫁。
アラン:同家一門・従者。元軍人。
ダミアン:北米マサチューセッツ植民地・アッシャー庄の差配。
ナオミ:同メイド長。