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自作小説倶楽部 第26冊/2023年上半期(第151-156集)  作者: 自作小説倶楽部
フィナーレ
26/26

00 奄美剣星 著  『シーサイドカフェ・夏』

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「七夕」

 週末、流し髪に上下ジーンズ姿の高校生は、リュックにサンドイッチ、それから携帯用の画具一式を詰め込む。スケッチブックを片手にバスに乗った。途中、ローカル列車の駅にでた。


 夏。空の青が水辺を連想させた。頭の中をヨットが帆走してゆく。


 恋太郎れんたろうは、谷底駅から路面電車に乗り換えて、港にむかい、そこからさらに海岸に沿って南にいった。


 途中、適当に下りて、しばらく海岸通りを歩いた。ヨットが帆に風を受けて湖面をゆっくり走っているのが目についた。

 恋太郎はヨットを追いかけた。どこまでも追いかけてゆくと、廃棄された、旧海軍の航空基地跡地があった。格納庫は取り壊されて既になく、ススキばかりが生えていた。セメントで構築された飛行艇を着水させるスロープ、波止場なんかがあった。すでに遺跡と化していた。


 霞たつ空、エメラルド色の海。海岸は一度凹んで彎曲しながらまた岬となって沖へむかって張りだしてゆく。その途中で、小さくみえる港町を背景に、オレンジ色の帆を張った先ほどのヨットを加えて描いた。


 昼食は、ポットの紅茶とバンダナに包んだサンドイッチだ。紅茶は、ブランドではないところの外国産で、サンドイッチは玉ねぎとベーコンを挟んだものだった。

 恋太郎は、光と風と水辺にも恋をする。


               ***


 さて、帰るときが問題だった。悪友の愛矢よしやがいればこういうことはなかったのだろうが……。思い立ったが吉日、時刻表など観ないで電車に跳び乗る性分なので、案の定、路面電車の終電は、途中で止まってしまった。


 類は友を呼ぶもので、真夏の夜にであった人なので、仮に夏夜なつよとでもしておこう。市電の席の隣に乗っていた、東京にある大学の寮に住んでいるという女子学生だった。ボブの髪型でTシャツ、ジーンズ地のハーフパンツをはいていて、背中には小さなリュックを背負っていた。夏代がそのリュックからら缶珈琲を二本だして、一本を流し髪の恋太郎にやったことから親しくなった。


 停車場のベンチに二人は座った。


 月はでているし、このまま夜明かしして、始発を待つというのもいい。だが、若さは退屈を楽しむということを許さない。男の子ではなく、むしろ乙女のほうが冒険好きといえた。

「坊や、歩こうか?」

「恋太郎です、夏夜さん」

 恋太郎が、ぶっ、と頬を膨らませてみせる。そして、

「あのおここから、谷底駅までは、二十キロくらいありますよ」

 と続けた。

「だからいいんじゃない。途中で朝になって、始発に乗れたら乗れたでラッキーだわ」

 夏夜に引きずられるように、恋太郎は駅を出て、太平洋の海岸沿いを線路に並行するシーサイド・ロードを徒歩で北上することになった。

 二人は線路を北にむかって歩き始めた。


 コンビニはいわんやオールナイトをやってる映画館なんてなかった。すこし離れた所に、景観を売りにした旅館があっのだが、若い二人が泊まれる額じゃないし、だいたい、ネオンがついていても、TUNAMIのあとで、ふつうに営業しているどうかも判らない。

 途中、路線沿いにある場末の居酒屋から、客たちと若女将の掛け合い歌のようなものが聞こえてきた。


  はっ、みせて。

  みせない。


 陽気だが延々と繰り返され、なにやら悲しい感じがしてきた。

 夜が明けるまでには、まだ、たっぷりと時間がある。何を急ぐというのだろう、夏夜はひたすら早歩きで線路沿いに北上した。

 このあたりで、海に注ぐ川のいくつかは、潮流の影響によって、海岸線にほぼ並行し横に走っている。TUNAMIで海岸線が抉れ、軌道ギリギリまで波しぶきがあがるスポットがあった。

「きゃあー。……あーあ、濡れちゃったね、恋太郎君」

 二人はまた歩いた。道路を走る車はトラックばかりで数も少ない。

 平野部に侵入してだんだん海へ迫り出してくる西の山沿いにさしかかったところで重たい金属からなる轟音がした。恐ろしく長く車両を連ねた貨物列車がこっちにむかってくる。二人は、それを避けて一度軌道の横にそれた。


 貨物列車が通り過ぎると潮騒ばかりがきこえ、闇となった沖合には、大型船と思われる船の灯かりがみえた。


 潮に濡れた服はいっこうに乾かない。

「身体が冷えてきちゃったよ。ちょっと、温めさせてね」

 夏夜は、急に立ち止まり、振りむきざまに恋太郎にしがみついた。恋太郎の心臓が高鳴りだした。


 どくん、どくん、と高校生の心臓が鳴っている。


 ボブの女学生はそれを楽しんでいる様子だ。

「恋太郎君、人の脈拍は一分間に六十回。これを何倍かしてゆくと一日の時間になったり、一年の日数に近い数になるんだよね。月の満ち欠けは十五夜。六十を割った数。面白いと思わない。男と女の出会いというのも、偶然のようで必然だったりもするのかなあ?」

 そういって夏夜は笑った。


 逆立ちしてもモテない青年が、どういうわけだか、出会ったばかりの女性にハグされた。二人ともTシャツにジーンズという格好だ。夏夜の乳房がTシャツ越しに触れる、というより押し付けられる。お互いの体温と心臓の音が伝わった。

「――これぞ、ハーモニー。恋太郎君のおかげで夏風邪をひかずにすみそう。お礼にキスしてもいいよ」

「えっ、ああ、そんなあ」

「ウブねえ。これはお姉さんが生活指導しなくっちゃ、いけないな」


 しばし恋太郎で暖をとった夏夜が再び歩き出し、冷えてくるとまた暖を取る。それを未明まで繰り返しているうちに、胸のあたりだけでは乾いてきた。そこでようやく、彼女は身の上話をしだした。


「私の父さん。五月に死んだの。稼業を継がなくちゃ。大学に休学届けだして、つきあっていた彼とは強引に別れたんだあ。自分で自分に恋愛禁止令・強制送還をしたのよ。もちろん後悔なんかしていない。でもね、ほんの少しだけ神様におねだりしてみたくなったの。ああ、神様というより恋太郎君にだな、この場合は――」

「どういうことです?」

「恋における断食ラマダン。そのまえに『青春』ってやつをエンジョイしたいじゃない」

「無差別ですか?」

「失礼な、私だって、男をみる目ってものがあるわ」


 四時近くなって、あたりで明るくなってきた。軌道は少し海から離れて山際をゆく。海に突きでた岩塊の切り通しを越すと、そこから、海岸をたどった北の奥にシオサイ港がみえる。二人は、自然と手をつなぎ、市電の軌道から離れて、海岸道路に沿った道路に駆けだした。

「恋太郎君、ジャンケンで勝った方が走って五歩進むのってどう?」

「いいですよ」

 そして堤防の上をジャンケンしたりして、戯れながら、先を争って歩く。


 さらに二人は、防波堤に掛けられた梯子をつかって砂浜に降りた。波間を走ったり、海水を互いにかけあって、せっかく乾きかけた服をまた濡らした。


「私さあ、一度やってみたかったのよ。地方テレビ局の再放送ドラマとかでさあ、海辺を走って、『バカ野郎』とかやるでしょ。ねえ、一緒にやらない?」

「やりましょう」

「それじゃ、いくわよ」


 バカヤロオォォォ!


 二人は長く続く海辺を走るに走った。気の済むまで走っると、なぜだかポツンと砂浜にあるベンチに二人は腰を下ろした。そして夏夜は恋太郎の肩を枕にして時間の過ぎるのを楽しむ。


「夜があけちゃったね。『夏の夜の夢』はおしまい」


 そのあたりの停車場で二人は、海に臨んだカフェテラスをみつけた。

 店は、ネオン管で「シーサイドカフェ」と書いてある。駐車場には何台かのオープンカーが停まっていた。窓越しから、動く客や店員の姿が窓越しにみえ、古いロックが聴こえる。

 なんと、営業しているではないか。

「あの、夏夜さん。あそこに寄りませんか?」

「残念だわ。市電の始発がきちゃった」


 腕時計をみると早五時を過ぎていた。

 なんて無粋なのだろう、遠くに小さく路面電車がきているのがみえる。

 それがくるまえに、二人は停車場に駆け戻った。

 夏夜が、恋太郎をまたハグすると、自らの唇に恋太郎の唇を重ねた。


 やってきた市電が停車し、ドアが開いた。

 恋太郎が先に飛び乗った。

 しかし、夏夜は乗らなかった。

 市電が走りだす。


 流し髪の高校生が慌てて跳び降りようとすると。

「戻らないで、恋太郎君。……ごめん、ほんとは私、結婚するんだ。迷っていたの。マリッジブルーってやつ。ほんとにごめん」


 停車場で手を振るボブの乙女が泣きじゃくっているようにみえた。

 そして諦めた。それが正しいか正しくないかは別として。

「頑張れ」

 そういって、彼女より年下の男の子も、手を振った。

 このあたりに人家はない。彼女はあのカフェのマスターと結婚するのだろうか? そんなふうに恋太郎は想像した。

 ああ、またフラれてしまったよ。


 ――というお話はいかがだろうか?――


               ***


 学園前の停留場でバスを待つ男子高校生が二人いた。長髪を束ねたノッポな愛矢が、横にいる流し髪の悪友の頭に手刀を喰らわせている。

「恋太郎、恋太郎、戻ってこーい!」

 青年の魂魄は宙を漂ったままだ。

 坂道を登ってきたバスが停まって、ドアを開いた。


               ノート20140215

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