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自作小説倶楽部 第26冊/2023年上半期(第151-156集)  作者: 自作小説倶楽部
第156集(2023年6月)/テーマ「大願成就・神の祝福」
23/26

02 柳橋美湖 著  『アッシャー冒険商会 09』

〈梗概〉

大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉兄と、脳筋系義妹→嫁、元軍人の老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇オムニバス。アッシャー家の新妻マデラインに、ライバル現る。


挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「拒否反応」

    09 神の祝福を


 ――ロデリックの日記――


 アッシャー商会根拠地マサチューセッツ植民地から遠く西に離れたところにある森林地帯。毛皮交易を通じて懇意になった原住民たちに案内されて、僕ロデリックと妻のマデライン、そして従者アラン・ポオを含む英国人一〇人が、彼らの聖地に招待された。偶然にも、招待客の中には、祖国・英国で在学していたころの同期生ベン・ミアも加わっていた。

 ベン・ミアは、スリムな体型、すらりと伸びた四肢、赤毛・栗色の瞳をしていた。学友は、

「これは鉄隕石だね。少なくとも一〇トンはあると思うよ」

 ジャガイモを巨大化させたような形状で、表面が一度、ドロっと溶けたような痕がある鉄鉱石の塊〈鉄隕石〉は、メソポタミア、エジプト、中国といった地域の古代文明で、天の贈り物として珍重されてきた。――好古学的にも、博物学的にも興味深いところだ。


 結婚して日が浅い妻マデラインは、

御屋形様マイロード、ベン・ミアさんは本当に男性なのですか? なんて美しい容姿なの!」

 動物・植物・鉱物などの自然界に存在するものについて、種類や性質を徹底的に記録し、整理していく学問を自然科学という。その記録をもとに、進化や岩石・星の形成などの自然を支配する法則について推理していく。――博物学はこれに属している。僕のいた大学にはいくつかの学寮があり、僕は神学部に在籍しつつ、教養学寮博物学教室にも通っていた。


 寄宿舎の相部屋にベン・ミアという同期がおり、この美男子には、カーラ・ハイランドという美しい紅毛碧眼の婚約者がいた。ハイランド家はフリント鉱山で財をなす一族の娘だ。

――イングランドには、フリント鉱床がいたるところにある。フリント石は、乳白色をした白色の硬い石で、ガラス質をしたチャート石の一種だ。燧石ひうちいしとして使われている。――昨今、軍部は、火縄銃マスケットに代わる次世代の制式銃にフリント式銃の導入を検討していた。


 ベン・ミアは、一年生のとき、定期的に婚約者宅に足を運び、観劇にも連れ立って出かけていたものだが、二年生になると学問にのめり込み過ぎて、足が遠のくようになった。僕とベン・ミアとの共通の友人にKという学生がいた。


 ハイランド家で夜会が催されたことがある。ベン・ミアは、この夜会に、相部屋の僕と、僕らと親しかった学友Kも招待した。

 接客に当たったベン・ミアの婚約者カーラ・ハイランドは、ロデリックやKと気さくに語り合い、食事のダンスも楽しんだ。ベン・ミアは、酒に酔って醜態を晒し、主催者の家人たちをいささか失望させた。


 二年の学業が修行するころ、ベン・ミアは、ハイランド家から突然、カーラの婚約を破棄された。同家の使者として彼と彼の実家を同家の執事が訪れた。執事の話しによると、ハイランド家が経営していた鉱山業が、落盤事故や鉱床の枯渇によって破産の危機にあり、――欧州上流階級において、持参金がないと、結婚の基本条件を満たさなくなる。――ベン・ミア家に令嬢を嫁がせる際の持参金を持たせてやれないからだとのことだった。


               ***


 大学三年になったベン・ミアは、卒業論文の準備をし始めた。卒業論文は、個人研究をする者も多かったが、共同研究をする者もそれなりにいた。ベン・ミアと同じ博物学教室に在籍していたKが、

「ベン・ミア、俺と共同研究しないか? ちょうど休鉱中の坑道がある。フリント鉱床の調査に行かないか?」

「悪いな、今の僕の興味はフリントじゃなくて、石炭なんだ。個人研究をやりたい」

 そう断って、ベン・ミアは、自前の測量機器一式と、雇った助手を引きつれて、鉱山に向かった。


               ***


 ――大学卒業間近に控えていたころ、ベン・ミアの父親が亡くなり、彼は子爵家を相続した。子爵家には、先々代から出入りしている銀行家も出入りしていた。その銀行家からベン・ミアは、Kについての噂話を聞いた。

「ベン・ミア様、フリント鉱山主ハイランド家が破産しかけたとき、K様のご実家が経営なさっている銀行が、すかさず、ご融資して下さったことは、業界ではよく知られたことです。――最近、ハイランド家のご令嬢・カーラ様が、K様とのご婚約を発表なさいました」

 思うところあって、ベン・ミアは探偵を雇い、密かにKの身辺調査をさせた。

「鉱山では粉塵が漂い易うございまして、これが引火すると爆発し、落盤の原因になったりもします。――どうも、K様は殺し屋を雇って、坑道に鉱石の粉塵を漂わせ、そこにおびき寄せた貴男様を、事故に装って殺害する計画を立てになったご様子。――けれども貴男様は、K様との共同研究をせず、個人研究をなされた。また、カーラ様とのことも、すっかり振り切れたようだったので、K様は計画を取りやめになさったそうです」

 婚約者を親友Kに寝取られ、殺されかけたことも知ったベン・ミアは、僕と酒を酌み交わしながら打ち明けた。愛した者たちに裏切られた可哀そうな、ベン・ミアのために、僕は祈った。

 ――神よ、どうか彼に祝福をお与え下さいませ。

 その夜、僕は、夜、部屋で、彼と同じ寝台で寝て慰めた。


               ***


 ベン・ミアが、資産を処分し、新大陸へと渡ったのは昨年末のことだった。

 妻マデラインに言わせれば、

「ベン・ミア様は、きっと御屋形様マイロードの後を追いかけて来られたのだわ」

 僕の脳裏に、これから起こるであろう修羅場が横切り、背筋を凍らせた。


               「アッシャー冒険商会 09 神の祝福を」了

アッシャー家

ロデリック:男爵家世嗣。

マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻に。

アラン・ポオ:同家一門・従者。元軍人。

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