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自作小説倶楽部 第26冊/2023年上半期(第151-156集)  作者: 自作小説倶楽部
第155集(2023年5月)/テーマ「喜び」
21/26

04 柳橋美湖 著  『アッシャー冒険商会 08』

《梗概》

アッシャー家の御曹司ロデリック、ついに年貢を納める。


挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「新郎新婦」


    08 喜び


 ――ロデリックの日記――


 窓のカーテン越しに光が射してきて目が覚める。小鳥のさえずり。

 僕・ロデリックが目覚めると、裸の格好で若い女と抱き合う格好で、寝具に絡まっていた。――なんたること――がばっと半身を起こし、慌てて服を着る。


 新大陸に渡ってから、そこに住んでいる親戚筋から資金を集め、〈アッシャー冒険商会〉を立ち上げた若い実業家にして桂冠詩人である僕。そんな僕がいたのは、街道沿いの小さな町の宿屋で、僕は女性と同衾していた。――状況を整理してみよう。


               ***


 商会オフィスは、マサチューセッツ州ミスカトニックにあり、地元で雇った御者と護衛十数名で隊商をなし、州内及び他州へ、郵便事業を兼ねた貨客運送サービスをしている。ニューヨークからの帰途、宿場町センテニアルで一泊した。


 喧噪の居酒屋にいる客は、英国・アイルランド系の他に、フランス、オランダ、ドイツ、ノルウェー系といった欧州からの野心的な移住者たちのほかに、原住民もいた。


 宿屋は〈イン〉タイプで、一階が酒場兼食堂で、二階が泊部屋になっている。ニューヨークからの郵便物をカウンターに置き、従者アラン・ポオを介して、部下たちに食事と酒をふるまう。その間、僕は、一人静かにカウンターで詩作を楽しんでいた。

 白シャツにチョッキを羽織ったバーテンがテキーラベースのカクテルを出した。

「頼んでいないのだが……」

「あちらのお客様からです」

「もしや貴男様は、マサチューセッツ州桂冠詩人のロデリック様ではありませんか?」

 カウンターの端にいたのは口髭を生やした深縁帽子の紳士で、意外にも若かかった。ハンサムな青年が即興詩を所望したので、ほろ酔いで気分が良くなった僕は、旅の思い出をつづった四行詩を披露してやった。――客の中には吟遊詩人もいて、僕が吟じる詩に合わせてリュートを奏でてくれた。若い紳士に即興詩を所望されて一首、また一首。――カクテルのピッチが上がった。それですっかり出来上がってしまった僕は、後ろで待機していた従者アラン・ポーの肩を借り、宿部屋に戻ったのだ。


               ***


「お喜びください、お兄様、昨夜無事子種を賜り、既成事実相成りました。――お着替え召されませ」

 寝台をともにしたのはマデライン――英国の実家が付けてよこした義理の妹にして婚約者だった。――しまった、一杯食わされた。昨日、カウンターのバーテンがあえて度数が高いカクテルを出してきたのは、僕を酩酊させるため。そこに、僕好みの若紳士に男装したマデラインが登場する。彼女は、さらしを巻いて胸をペチャンコにし、両の腰のくびれにパットをあてがい、上品なつけ髭をして、カウンターの端に座ったのだ。――なんてこった、酩酊した僕がハンサムな若い紳士だと思って同衾したのは、〈彼女〉だったのだ。


 身寄りのない親戚で、うちが引きとって育てた女性マデライン。彼女は、僕にとって妹だったのに、唐突に両親が、「彼女を嫁にしなさい」と言ってきた。大学へ行ったりして、ずるずる引き伸ばし、祖父が一旗あげた新大陸の荘園視察という名目で、渡航するとき、義理の妹にして婚約者のマデラインと従者アラン・ポオを同行させるのを条件に、両親は費用を出した。なんでもいい。一分・一秒でも現実から逃避したかった。


 外から数頭の馬のいななきが聞こえる。馬車の用意ができたようだ。

 僕の妹としていつも一緒にいたマデライン。子供のころは同じベッドで一緒に寝たり、丸裸で水浴びもした。下着姿などさんざん見ている。だからか欲情というものを覚えない。――否、女性が駄目で、男性を愛する体質なのだ。それがなぜこういうことに……。


 マデラインが、ひらひらとした薄絹の下着をつけたころ、エプロンドレス姿をした宿のメイドたちが、荒々しくノックをしてドアを開け、瞬く間に僕と妹とを新郎新婦の婚礼衣装に仕立て上げた。

 彼女は、よくある白いロングドレス姿で、透けたベールを被せられる。

 僕はというと、キュロット(ズボン)を履き、シャツの襟にネッククロスを結び、儀礼用のリボン付きブロンド長髪のカツラを被せられる。


 用意ができるや否や、屈強なうちの若衆が、僕を担ぎ上げて、教会へと繰り出した。


 教会へ向かう馬車の中で、隣の席に座る白衣の彼女が言った。

「お兄様、これからはお屋形様マイロードとお呼びしますわね。なるべくドレスではなく、殿方の恰好いたします。夜、枕席で共寝する際は、付け髭などいたしましょう」

「勝手にしろ」

 極力僕の性癖に合わせて、横にいようとする、マデラインなりの配慮というところか。――そういうところは可愛い。胸は邪魔くさい巨乳ではなく小尻。四肢は長く、双眸はパッチリとした碧眼。軽傷をするとさらに際立つ。――文句なしのいい女。――いかん、いかん、ロデリック、周囲に篭絡されつつあるぞ。状況に流されてなるものか!


 すべては従者アラン・ポオの策略だった。こうして僕とマデラインは、片田舎の教会で式を挙げたというわけだ。――これは破滅フラグであろうか?


                            「第8話 喜び」完

〈主要登場人物〉

ロデリック・アッシャー:男爵家世嗣。

マデライン・アッシャー:遠縁分家の娘だったが両親死去後、本家養女に。ロデリックの義理の妹にして許嫁。

アラン・ポオ:同家一門・従者。元軍人。


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