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自作小説倶楽部 第26冊/2023年上半期(第151-156集)  作者: 自作小説倶楽部
第155集(2023年5月)/テーマ「喜び」
20/26

03 紅之蘭 著  『山賊詩人ヴィヨンの喜び』

【梗概】

太宰治『ヴィヨンの妻』に言うヴィヨンとは、フランス・ルネッサンス期、詩壇に革命を起こしたフランソワ・ヴィヨンのこと。その人の物語。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「詩人」

 一四六三年、フランス、パリの牢獄で、罪を黙秘していた俺は獄吏から水責めされていた。巨石組んだ湿った要塞の地下室。台座に手足を固定された俺。獄吏がチューブを喉に刺し込み、皮袋のポンプで、胃が破裂する寸前まで桶の水を送り込む。投獄されて以来、来る日も来る日もだ。水責めを食らった奴は、出獄しても三年以内に死ぬって噂だ。


 大学時代の学友にルイって奴がいる。そういつが、あっちこっちに掛け合って、金をかき集め、弁護士を雇ってくれた。

 ハンカチで汗をかきながら弁護士が、

「ヴィヨンさんは、いろいろ残念なことをやらかしたのは事実ですが、詩人としては一流で、社交界にも顔が効く。有力な王侯貴族に助命嘆願をご依頼なさっては?」

 フランス宰相を輩出し、その富はフランス国王以上、いや欧州で最も裕福だと言われているブルージュに宮廷を構える王族筆頭ブルゴーニュ・ヴァロワ家以下、名だたる王侯貴族たちに手紙を書き連ね、裁判費用の寄付を募りつつ、助命嘆願を裁判所に推してもらう。


 だが裁判の行方は、

「被告には前科がある。一四五五年の乱闘騒ぎの際、居合わせた司祭と口論になり刺殺。パリを逃亡、アンジューの山賊一味に加わり、一四六一年にオルレアンで捕縛・投獄されるも、恩赦により釈放される。ところが釈放された翌年、パリでまた問題を起こした。このロクデナシ野郎め。――当法廷は、被告フランソワ・ヴィヨンに、強盗・傷害の罪で絞首刑を言い渡す」

 なぜこうなった?


               *


 一四三一年、俺は、パリの没落騎士ロージュ家に生まれたが、物心がついたころ、流行病で両親を亡くし、母方伯父のギョーム・ド・ヴィヨン男爵に引き取られた。男爵は聖職者で、セレブとはいかないまでも、俺に家庭教師を付けて初等教育を受けさせてくれた上に、パリ大学にも行かせてくれた。――伯父は見栄っ張りだった。養子になった俺は、いい子でいなくてはならなかった。


 大学では出身地ごとにグループをつくり、宿を借り受け、教授を招く。――学寮ってやつだ。有名な教授がいれば、放浪学生なんかも遙かかなたからやってくる。相部屋のルイは大商人の跡取り息子。真面目でいい奴だった。俺がいた学寮の奴らはみんなパリっ子で兄弟みたいなもんだった。そういう学寮の一人に、爵位もち貴族の御曹司セバスって兄貴分がいた。セバスの取り巻きの一人になった俺は、奴の愚連隊と一緒になって、賭博場や娼婦宿で遊びまくった。――修道士みたいな伯父貴に愛想を尽かされぬよう、必死でいい子を演じてきた俺は、奴らと出逢って、「禁欲」という名の枷が外れたのだ。


 もちろん、伯父貴に学費を出して貰う都合上、失望させないよう、勉強だけは真面目にやったさ。卒業して、伯父貴を満足させてやった。そして卒業式の馬鹿騒ぎ。俺たちは居酒屋で、テーブルをひっくり返したり、シスターのローブをめくったりした。そこに通りかかった若い司祭が、義憤にかられて、食って掛かってきた。思えば俺も青かった。司祭と取っ組み合いになって刺しちまった。


 それで山賊になってオルレアンでとっ捕まったってわけだ。

 ルイやセバスといった学友、伯父貴が金を出し合って、腕利きの弁護士を雇ってなんとか恩赦に持ち込んでもらった。世話になった伯父貴には、釈放と同時に勘当されてしまったが、学友たちは俺を見捨てなかった。

 ルイやセバスは、有力諸侯・貴族の祝宴があると、俺を引っ張り出してきて、楽士のリュート演奏付きで、即興詩を披露させたものだった。


               *


 ――こんな物語はどうだろう?――


 貧しい農夫の一家が飢饉に見舞われる。それでも徴税請負人は容赦なく取り立てに来る。やむなく娘が女衒に売り飛ばされた。パリの色町は市壁の外の貧民街にある。尿と汚物の混じりあった臭気漂う仄暗く細い路地に娼婦宿が軒を連っている。ドアマンが扉を開けると、香のたちこめた広間となる。娼婦たちが長椅子に並んで座っている。派手なドレスに濃い化粧。一夜を買った男どもが、一人、また一人と娼婦を寝室へといざなってゆく。――その娘は夢や希望もあった。まだ恋すらもせぬうちに、春を売ることになろうとは!


 俺は貴族の煌びやかな生活ではなく、馴染みの娼婦が俺に打ち明けた身の上話を詩にして謳い上げた。もちろん、韻を踏み宮廷で遜色ないようにしてだ。

 祝賀会に出席した貴紳・貴婦人の一部には不満の声もあったそうだが、

「カタルシスというかララメントというか! 底辺視点での詩なんて今まで誰もやっていない。革命的だ! いま我々の目の前に、数百年に一度現れるか否かの天才がいる」

 親王・ブルボン公爵ご夫妻はご満悦。来賓の皆様は拍手喝采。

「ルイ、セバス、どうだった?」

「最高さ!」

 俺はいい友人たちを持ったものだ。


 だが、俺のメンタルは滅茶苦茶弱い。博打、女、酒に溺れ、借金漬け。せっかくの恩赦があったのに、次の年には、グダグダに酔って、また豚箱に放り込まれていた。


               *


 ――釈放――


 パリ追放一〇年の刑に減刑された俺。牢獄まで迎えに来たルイとセバスが、俺に、肩を貸してくれた。

 セバスは子爵の爵位を継いでいた。そのセバスが、

「ブルボン公は、おまえの詩の一語一句を憶えて下さっていた。素晴らしい文芸パトロンじゃないか!――ところでこれからの身の振り方だが、俺の親戚筋が院長をやっている修道院がある。手配してやったから、具合が良くなるまで養生していろ」

「恩に着る」

 だが、やはり噂通り、水責めを受けた囚人は三年と持たないようだ。……友の言葉に甘えて修道院で養生していた俺は、仲間の修道士たちに看取られて臨終を迎えようとしていた。部屋から中庭が見える。修道士は亡くなるとそこに埋められ、墓標代わりに、林檎の苗木が植えられるのだ。――俺は、林檎の樹になる。小鳥たちがお喋りしながら、実を食べくれるだろうことを想像してみる。――そこに至福があった。


               *


 一九四七年、敗戦直後の日本。

 幼少期のトラウマを抱えたまま大人になった太宰治が、大学在籍中のヴィヨン研究をもとに、自堕落ダダイズムな自身と、ルネッサンス詩人を重ねて、『ヴィヨンの妻』という小説を世に表す。

 作品は、戦中戦後、破綻した性格の作家に妻になった女性が、知的障害の息子を抱えつつ、小料理屋で真面目に働き、ちょっとだけ、駄目な夫に光明を見せるという物語だ。


               『山賊詩人ヴィヨンの喜び』完

引用参考文献;

フランソワ・ヴィヨン著,鈴木信太郎訳『ヴィヨン全詩集』(岩波文庫 岩波新書1965年)

太宰治著『ヴィヨンの妻』1947年

Wiki「フランソワ・ヴィヨン」

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