01 奄美剣星 著 『エルフ文明の謎 01』
【概要】
カスター庄の事件を解決した考古学者レディー・シナモンと、相棒を組むブレイヤー博士は、王国の特命を受けて飛行船に乗り、惑星の裏側にある新大陸へ向かう。新大陸には滅亡した〈エルフ文明〉遺跡が点在していた。ミッションはエルフ文明が滅亡した理由を調査することだった。(ヒスカラ王国の晩鐘 36/エルフ文明の謎01)
©奄美「飛行船、海上にて」
01 繁栄の跡
〈大洋〉上空を行く定期便飛行船シルフィーは、ヘリュウムで浮き、高度三百メートルを、エンジン五基を稼働させつつ、追い風を利用して、毎時平均一三〇キロで西を目指していた。
硬式飛行船は、浮揚ガスを詰めた気嚢を多数収める気球部と、操縦室のある指令ゴンドラ、キャビンゴンドラといったゴンドラ部で構成されている。
気球部の内部は、金属フレームが骨格になっている。金属フレームは、クレーンのアームに似ており、橋桁と呼ばれている。葉巻煙草のような、やたらと縦に長い気球部の背骨は、長軸のガーターで、船舶で言うところの〈竜骨〉だ。この竜骨へ垂直に、肋骨に相当する一六のリングをはめ、さらに長軸方向の長い棒を入れて、ゲージをこしらえる。そして船体最後部に、十字型をした尾翼を取り付け、外布を張るのだ。
飛行船外布の織地は、各部分に合わせた形状に裁断し、外側の骨組に、ピーンと伸ばして貼り付けられ、表面には、太陽の熱を反射できるように、銀を混ぜた塗料が五重に塗布されているのだが、外布の内側は赤く、おびただしい数の電灯で灰色に照らしていた。
竜骨には〈船底歩廊〉が設けられているが、その直上には第二竜骨とでも言い表せるような〈中央歩廊〉がある。そこから長い梯子を昇り、気嚢の横をすり抜けて、さらに天井へ向かった。すると頂にステップがあり、若い女性士官が立っていた。天井の外布を突き抜けた「観測所」から半身を乗り出していたのは、レディー・シナモン少佐だ。――鯨の潮吹き孔のような――『観測所』が設けられている。風と雲とを観察するのには便利だ。
この大地・惑星ヘリオス。その頭上には、月と呼ばれているものがある。だが実は、衛星でなく、双子の惑星だということが判ったのは、四半世紀前に、地球から神楽学園都市が転移してからのことだ。
量子衝突実験失敗により神楽市は、日本国から、異世界にあるノスト大陸西端・ヒスカラ王国領内の巨大な塩水湖「蓮の内海」の畔に転移した。
夜の帷が明けて、朝日が射して来た。それと同時に、水平線の彼方に大陸が姿を現した。
私、ドロシー・ブレイヤー博士は、レディー・シナモン少佐付きの副官中尉だ。
全長二百メートルを超える硬式飛行船シルフィー。操縦室のある指令ゴンドラの裏側には、飛行船航法室があり、中に入ると、大机に海図を広げられていた。
顎鬚の船長エッカート予備役中佐が訊いた。
「レディー・シナモン少佐、セムの地中海沿いに点在している赤い点は何を意味しているのだ? おや、青い点もある。赤や青を結んだ線、これは?」
「地図に書き込まれた点と線は、エルフ文明の遺跡群です。赤い点は|《廃寺》、青い点は|《死都》。そして点と点を結ぶ線が|《王道》。当局がそう呼ぶ遺跡群です。――私とドロシー中尉の任務は、現地で、遺跡調査団を立ち上げ、早急に、エルフ文明がいかなるもので、何ゆえに滅んだのかを調査するのが任務です」
船長に後に続いて、私たちは、二人を操縦室に入った。
おびただしい計器が取り付けられた、ジュラルミン・フレームには、ガラスがはめられて大窓をなしている。正面と左舷の端には舵輪スタンドがあり、操舵員が手にしていた。
ノスト大陸の反対側には、ステージェ地中海を囲む形で、セレンディブ、タプロバネ、シルハの三大陸がある。ヒスカラ王国は、三大陸にいくつかの拠点を設け、内陸部の探検を行っていた。
シルハ大陸内陸部から北流してきたアケロンテ川は、いったんマジョーレ湖に流れ込むと、西流しだす。やがて東西に横たわる湖から再び川が現れ、西部から北流に転じ、ステージェ地中海に注がれることになる。マジョーレ湖は、万年雪を戴く霊峰を映すケペンナ山脈北麓にあり、湖面を蒸気船フェリーが、忙しく往来していた。飛行船母港のあるのは北岸。
湖畔に広がる鬱蒼とした深い森、牧場、葡萄や林檎農園、そして先住民の遺跡が点在していた。
同日、シルハ副王府が置かれたマジョーレ湖畔にあるディーテ市の飛行場へと向かい、着陸態勢に入った。
船長は言う。
「旧大陸ノスト大陸の歴史は、サピエンス系種族国家群と複数の非サピエンス系種族国家群との抗争だった。ここ、ステージェ地中海を囲んだ三つの新大陸群には、かつてエルフ文明があったようだが、すでに滅びている。無駄な戦争をせんでもすむ。ありがたいことだ」
だが、船長の言葉とは矛盾して、都市を航空機による攻撃から守る阻塞気球が、シルハ大陸にある副王領州都の上空を、〈何か〉に備えるかのように、覆っていた。
飛行場では――
プロペラの旋回音がだんだん大きくなってきて、飛行船の船影が見えだすと、観測係の地上員が風向きや風速を測り、管制室を介して、飛行船側に伝えた。
一方で、着陸場付近にいる地上員数百名は、二つのV字隊をとっていた。操縦室の昇降舵員がV字先端を目標に、水平尾翼の舵輪を回す。すると、飛行船船首は下に向き、地上スレスレを滑空していく。
飛行船の船首と、後方の船底に、引き綱がぶら下がっている。風を背にした地上員が、V字隊形で待ち構えていた、前と後ろにいる地上員の中から、それぞれ一人が、引き綱に飛びかかる。そしてV字先端に立ったリーダーの号令一下、部下たちは投網が開くかのように分かれ、引き綱をつかんで飛行船を引きずり下ろし、船首を向かい風に向けるのだ。――横風や追い風では着陸が不安定になってしまうからだ。
着地の瞬間、飛行船は、着地の衝撃を和らげるため排水バルブを開き、水バラスト(重し)のタンクから水を放出して船体を軽くし、減速する。この際、地上員達が、「シャワー」を浴びたのは言うまでもない。
それから飛行船は、間口直径が三五メートルはあろう巨大な格納庫に収められ、乗客を乗下船階段で下した後で、整備される。
つづく/ノート20230128