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自作小説倶楽部 第26冊/2023年上半期(第151-156集)  作者: 自作小説倶楽部
第155集(2023年5月)/テーマ「喜び」
19/26

02 らてぃあ 著 『月光の下の約束』

真夜中の不思議な話


挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「母娘」


誰にも話したことのないわたしの秘密を話すわね。


悪いことじゃないわ。子供の頃の不思議な体験よ。


小さなころ、わたしはとても体の弱い子供だった。母が今でもリリーの風邪に神経質になるのはそのせいよ。幼いわたしは常にベッドの住人で、母が悲しむとわかっていたから言わなかったけど、死んだら天国に行けるのかしらって真剣に考えていた。友達だっていなかったし、子供らしい喜びの無い悲しい思い出だわ。


ここから、話がおかしいと思っても最後まで聞いてね。


軍人だった父はすでに亡く、母は働かねばならなかった。でも私の医療費のせいで常に生活は追い詰められていた。母方のアビー伯母さんが来ると決まって母に屋敷を売って町に移るように説得しようとした。大人になってから気が付いたけど、税金を滞納するくらい困っていたのね。いえ、たとえ屋敷を売ったところで二束三文だったはずよ。


どんなに荒れ果てても母もわたしも父が残してくれた屋敷が大好きだった。


偉大な戦士だった父の祖先の話、屋敷に住んでいた気難しかったり、陽気だったりした親類たち。最後に決まって母は裏庭の林檎の木の下で父にプロポーズされたことを話してくれた。屋敷にはたくさんの人々の思い出が詰まっていた。




それが起こったのはわたしが6歳の夏の夜だった。やはりわたしはやはり熱を出して寝込んでいた。夜中にふと目を覚ますと母の姿は無くひとりだった。


何時だろうと時計を確かめようとして部屋を出た。不思議なことに熱はすっかりなくなっていた。でも、すぐにおかしいことに気が付いた。いつもは聞こえる大時計のチクタクという音が無く、廊下はしんとしていた。天窓から差し込む月光の中、わたしはこれは夢に違いないと考えた。


そんなわたしの前に飛び出した人影があった。


「賊め。この戦士ウイル様が退治してやる」


驚きの次にわたしは呆気に取られてしまいました。相手は縞模様のパジャマを着て、青い紙で作った兜をかぶり、端の破れたスカーフをマントにした少年でした。背丈から年齢は当時のわたしと変わらないようです。


「こんなか弱い賊があるものですか? あなたこそ誰? ここはわたしの家よ」


「え? 何言っているんだよ。ここは僕の家だぞ」


「え?」


少年、ウイルは兜を外しました。短く髪を刈りこんだ男の子が好奇心で目を光らせてわたしを見ていました。


「さては、君が3代前に猩紅熱で死んだ女の子の幽霊だな」


「ちがーう」


ああ、夢だと思ったら男の子に文句を言えたのよ。当時のわたしは内気で大人しい女の子だったのだから。本当に夢のようだったのよ。二週間くらいだった。不思議に明るい満月の下でわたしは何度もウイルと喧嘩したり遊んだりしたのよ。どうしてもわたしの身体の調子の悪い時はずっとベッドの脇にいて看病してくれた。


ウイルは最初英雄譚にあこがれる馬鹿な男の子だった。英雄になって死んでも、事故で死んでも家族が悲しいのは変わらないのに。それに、遊んでいるとタンポポを踏みつけることもできないような優しい子でした。はっきりと兵隊には向いていないと言ってやると、悲しそうな目をしてウイルのお兄さんのことを話してくれました。


お兄さんは学校の成績もよく、人気者で両親は劣等生のウイルよりずっと、お兄さんに期待していたそうです。ところが、二人で道を歩いていた時にすごいスピードの車が二人の居た場所に突っ込んできました。ウイルは怪我をしただけですが、大きな車体はもう一人の少年の身体を押し潰しました。


ウイルがパジャマの左の肩をめくるとŁ字に大きな傷跡がありました。


しかし、両親は悲嘆にくれるあまり下の息子のことを忘れてしまったそうです。


わたしの心の中に悲嘆にくれる母の後姿が蘇りました。父が訓練中の事故で死んだ時、母はやはり娘の世話をすることもできないほど弱っていたのです。文句を言いながらも母娘の面倒を見たのはアビー伯母でした。


「僕は兄ちゃんみたいに頭が良くないから、パパとママを喜ばせるにはご先祖様みたいに手柄を立てて王様に褒めてもらうんだ」


「駄目よ。無理しないで。わたしはウイルに兵隊になってほしくない。なったら悲しむから。ねえ、ほかになりたいものはないの?」


ウイルは少し宙を見つめて、それからわたしに視線を戻すと言いました。


「お医者さんになりたいな。兄ちゃんが事故に遭った時も医者がいればまだ何とかなったかもしれないって思ったし、君の病気を治したいし」


「素敵ね。わたしも遠くの病院に通うのにうんざりしていたの」


「でも、僕は頭もよくないよ」


「何言っているのよ。たくさんのご先祖の話、とっても面白かったわ。記憶力良いわね。約束しましょう。ウイルはきっとお医者様になってね」


「君は何になるの?」


「あ、うーん。わたしは何にむいているかな? 次に会う時まで考えていてよ」


ウイルはあきれた顔をしましたが、約束してくれたことはわかりました。


その時、大時計が壊れたはずの鐘の音を鳴らしました。


ぎょっとして二人で顔を見合わせ、そしてほんの一瞬気を逸らしただけで、わたしは自分のベッドで目を覚ましました。それっきり、小さなウイルには会えませんでした。


夢じゃないかって?


そんなことはないわ。ウイルは存在したの。ほら、ウイルフレッド、わたしの父よ。事故の傷はいつか見せてもらえばいいわ。随分小さく、薄くなっているけど。


そう。目が覚めたら死んだはずの父が生きていたのよ。なぜなら父は軍人ではなく医師になったから、職場恋愛で母と結婚したの。父が軍人だった場合、患者と看護師としてであったのかしらね。


そうして、わたしの家系も、祖先から受け継いだ屋敷も今も存続しているのよ。もしかすると子孫が途絶えるような事故があると、それを修正する不思議な力があるのかもね。




だからね。娘のリリーが真夜中に見知らぬ男の子と遊んでいたのにも何か意味があるのよ。きっと、幽霊なんかじゃなくて将来生まれる孫かもしれないわね。



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