02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 06』
第6話 インフルエンサー
――アランの日記――
稜堡式要塞タロテカ。
ロデリック若様とマデラインお嬢様率いるアッシャー冒険商会の幌馬車隊は、そこの城下町に入りました。兵士たち三百人が詰めている要塞に補給物資を卸し、それから防御柵に囲まれた城下町の居酒屋に、ボストンで預かった手紙の束を置きました。居酒屋は宿屋を兼ねており、我々はそこに三日ほど滞在し骨休めをする予定。城下町とは申しましても、居酒屋宿の他には雑貨屋がある程度の集落にすぎません。そうそうもう一つ、その辺の民家小屋と何ら変わりませんが、屋根に十字架を立てただけの教会がございました。
宿に着くなり、マデラインお嬢様は、宿の娘さん・アリシアさんにお手伝いして戴いて、二階部屋でご入浴後、持参したドレスに袖を通されます。
「じゃーん、ドレスアップ、ばっちり。行きますわよ、アラン」
「どこに?」
「教会です」
「おお、なるほど!」
お嬢様は、ロデリック若様を小脇にお抱えになられて、ずるずると……。
若様は旅支度のまま。入浴はしていらっしゃいませんが、トランクに入れ持参した花婿衣装は教会で、お召替えするといたしましょう。
――こりゃめでてぇえ、俺たちも参列せにゃならん――
幌馬車隊御者と〈カウボーイ〉と呼ばれる私兵の若衆二十人が、ぞろぞろと後を着いてきます。まあいいでしょう。祝い事は人数が多いほうがいい。
「よし、帰ったら祝杯を上げましょう。今夜は私の奢りです」
「気前がいいぜ、執事兼従者殿!」
〈カウボーイ〉どもが歓声を上げました。
――女性より男性が好きですと? 許しません。婚約者たるマデライン様をいつまでお待たせになるのです? とっととお世継ぎをば!――
四の五の言ってはずるずると式を伸ばしてきた若様には、お嬢様の合意を得て、一撃を食らわせてお休み戴き、不肖、お姫様抱っこして教会に臨んだ次第。
案内をして下さったアリシアさんが牧師様を呼びに、平屋になった教会兼牧師館に入ると、青ざめて戻って参りました。
「ぼぼ、牧師様が――」
「こ、これは――」
私と若衆らは、私室で血まみれになり倒れている牧師様を見つけました。
腹を食い破られ、臓器が抉られている。まるで獣に襲われたかのようでした。
アリシアさんによると、数か月前から、町はずれの家の子、独り暮らしの老人が、忽然と姿を消していた。そんなときは決まって狼の群れが遠吠えをしていたのだとか。ゆえに町衆は、「人狼の仕業に違いない」と噂をしているのだそうです。
むごたらしい牧師様のご遺体は仰向けに倒れていて恐ろしい形相。血走って白目をむき、口からは血、両の手を天井に向けた状態で硬直なさっておいでです。右手に、紐の切れ端が握られています。
おや、失神していた若様が、いつの間にかお起きになられて素早く状況を把握、
「これは人ならざる者の犯行。町衆の中に、怪異の類が紛れ込んでいるようだな」
「では、お兄様、挙式は引き返す旅の途中でするとして、ひとまずは〝狩り〟をいたしましょう」
「いや、我々は仕事を済ませた。急ぎ引き返す」
「駄目です。――怪異を倒して町衆から報奨を戴き、アッシャー冒険商会の名を世に知らしめるのです。一石二鳥というもの」
宿へ向かって回れ右をした及び腰の若様のベルトを、お嬢様が捕え、たぐり寄せ、両の拳を重ねてボキボキ鳴らしておられます。
アリシアさんが保安官のいる駐在所に案内して下さいました。
保安官の話しだと、町衆が人狼ではないかと噂をしているのは、ベンという男とコリンという男。二人とも要塞の退役軍人で、町の鼻つまみ者。
ベンは防御柵の外にある森で狩りをして、取った獲物の皮を雑貨屋に卸して生計を立てている。ただ時折、牧師様が余暇、丹精を込めて耕された畑の作物を盗むという問題を起こしたかと思えば、森で遠吠えをしているところを、親英的な先住民モホーク族の人たちに目撃されております。
もう一人のコリンは、退役後も故郷に帰らず、買った自宅に引き籠り、故郷の家族から仕送りを貰って生活している。ご近所の人の話しによると、やはり真夜中に遠吠えをしているのを聞いたとのことでした。
まだ軍に籍を置く保安官は、口髭を生やしている、のっぽな四十前後の男。
「奴らは銃を持っている。正直、私と助手の二人だけでは、確保するのは難しかった。部隊の応援も頼むが、あなた方が手助けしてくれるなら、なおありがたい」
保安官の助手が、要塞にひと走りしている間に、我々アッシャー冒険商会一同は、二手に分かれ、ベンとコリンの家に、逃げられないように張り込むことになりました。
ベン宅を張り込む一隊を指揮したのが若様とお嬢様、残るコリン宅を私と一隊が囲みます。
若様とお嬢様の一隊が、ベン宅に到着したかと思われるころ、バンと、マスケット銃が鳴り響きました。――おお、お嬢様、張り込みでは物足りず、直接踏み込んで、ベンを確保したに違いありません。
私も負けてはおられません。コリン宅へ突入。踏み込んだ直後、奴めがマスケット銃をセットできず、ナイフで襲ってきたところを、腕に手刀を食らわせた直後、腹を膝蹴り。うずくまったところで若衆達が縛り上げました。その上で、殴る蹴るといったことをいたしまして、自白を迫りましたが、ついぞ口を割りません。
コリン宅に踏み込んだ若様やお嬢様のほうも、私同様に。
それから要塞の部隊がやってきたので、保安官を通じて、二人を引き渡しました。
このとき若様の視線が、宿の娘・アリシアさんのうなじに向けられました。――お嬢様というものがありながら何です!
若様は私の言葉には耳を貸さず、周囲には福音による〈奇跡〉としているところの魔法詠唱で、ファイア・フォックス《狐火》を召喚。アリシアさんの心臓に風穴を開けたのでした。
地に膝を屈したアリシアさんが、
「な、何で?」
「貴女のうなじに紐の痕があった。切れたロザリオの紐の痕だ」
保安官や、兵士たちが駆け付けて来たころ、倒れたアリシアさんの頭部から耳が、尻から尻尾が生えて来て、狼の形に変化したのでした。
居酒屋宿に戻りそのことを父親であるマスターに話すと、マスターは、「うちに娘なんかいやしませんよ」という答えが戻って来る。すべてはアリシアさんに化けた人狼の仕業。人狼が醸し出した虚構だったのです。
第6話完
〈主要登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:男爵家世嗣。
マデライン:遠縁分家の娘だったが両親死去後、本家養女に。ロデリックの義理の妹にして許嫁。
アラン:同家一門・従者。元軍人。
ダミアン:北米マサチューセッツ植民地・アッシャー庄の差配。
ナオミ:同メイド長。