00 奄美剣星 著 春の妖精 『スプリング・エフェメラル』
雪が溶けはじめるころ少年は、大河のほとりをトナカイ二頭だてのソリを走らせ、吹雪くとき以外、杉や松の森林を抜けて、町から村へ、手紙を届けていた。少年の名前を恋太郎という。
途中、ちょっと、休憩してトナカイをとめ、道の脇の岩陰をみた。
すると、なんとういうことだろう、太陽の色にも似た黄色いドレスの女の子が見上げて、微笑んでいるではないか。
「もしかして、君は魔法をかけられたお姫様?」
女の子は首を横にふった。
「名前は?」
ちょっと上の空になる。
いろいろ質問するのだけれども、言葉をださない。
しゃべれないのだろうか。
夕方、郵便物を村に届け、また町に帰ろうしたとき、黄色いドレスの女の子は、ドレスにくるまうようにして眠っている。
あどけない寝顔が可愛らしい。
起こしちゃわるいから。
そう思って、立ち去った。
少年は村にゆく道を通るのが楽しくなった。
ところが、夏になると女の子はいなくなってしまう。
秋となり、冬となって、また春が訪れるときになると、また可憐な少女が姿をあらわしして、少年に微笑んだ。
毎年毎年そんなことが繰り返された。
恋太郎はいつしか大人になった。
女の子に恋をしていたことに気づいた。
***
ある春、プロポーズをしに彼がゆくと、その子はいなかった。
呆然とたちすくんでいると、吟遊詩人がやってきた。
やはり、二頭だてのソリに乗っていて、小脇には弦楽器・リュートを携えている。
「ああ、あの女の子か。狩りにきた御領主様の目にとまってね、お城に連れていかれたそうだよ」
「じゃ、御領主様と?」
「うむ」
吟遊詩人はうなずいた。
「彼女は幸せですよね?」
郵便配達の青年・恋太郎は自分を納得させるようにいった。
「ううむ……」
吟遊詩人は困った顔をした。それから、こうつけ加えた。
「彼女はアムネシス。春の妖精『スプリング・エフェメラル』だったのだ。花は可憐だが、根っこには毒がある。遠くから眺めている分には皆を幸せな気持ちにさせてくれるのだけれども、誤って食べると死に至らしめられる。御領主は気の毒なことをした。いや、君は運がいい」
春の訪れを告げる花・アムネシスは、アムール河沿いから、弓の形をした日本列島にも咲き誇っている。花言葉は、思い出と永久の幸福。日本名は福寿草。黄金色の花びらは美しく、昼開き、夜はつぼみとなる。
ノート2014.02.26