第一章 『夏の日Ⅰ ~士官学校にて~』
過去回想編です。
西暦2222年 帝一『十三歳』―――――
「いっくんっ! それーっ!」
声と同時に、水しぶきが上がり俺に直撃する。俺の同級生『小鳥遊 真波』だ。思いっきり水をぶっかけてきた。
ちなみに『いっくん』とは、小鳥遊が付けた俺のあだ名らしい。少々恥ずかしいが、特に気にすることもないのでこれはこれでいいと思っている。
今は、遊泳の試験の後の自由時間である―――――
俺の髪から水がしたたり落ちている様を見て小鳥遊は嬉しそうにはにかんでいる。
「えへへ、びちょびちょだ!」
「相変わらず幼稚だな、まったく。」
そう言うと俺は、プールの水を100リットルほど彼女の頭の上に転移させた。当然のごとく水は重力によって落下する。ザバァーと音を立てて小鳥遊は盛大に水をくらった。
「こほっ、こほっ! な、なにするの?!」
「お返しだ。」
「こんなの死んじゃうよ! ちょっとは加減してよ!」
「こっそり能力で軽減していたのによく言えたものだな。」
小鳥遊は俺の言葉を無視するかの如く、わざとらしい口笛を吹いている。
彼女の能力は『強障壁』。
軽減魔法の一種だが、その能力は中でも群を抜いて強力である。
通常の軽減魔法は、字のごとくダメージを『軽減』する能力だが、『強障壁』はダメージを完全に無効化する力ももつ。防御の観点だけで見れば、無敵に等しい能力である。さらに、小鳥遊は成績優秀、スポーツ万能でもある為、校内ではトップクラスの逸材なのだ。俺の次にだが...
しばらくして、自由時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。生徒たちは、更衣室へと向かう。
「じゃ、いっくん、また教室でね。」
「ああ。」
結局、能力を使っていたのか否かの話は、どこかへ行ってしまった。
シャワーを浴び、制服に着替える。
余談だが、俺は日常生活において風呂、食事、着替えなど大概のことは、能力(空間支配)を使えば一秒もかからずにでできてしまう。
『風呂』 体の汚れを分子レベルで取り除く。
『食事』 食べ物を細かくし、直接胃に転移させる。
『着替え』 体にフィットするように服を転移させる。
―――――とこんな感じだ。
ただ、俺は人間らしく生きたいのだ。日常生活のなんてことの無い仕草をすることに、何かしらの意味があると考えている。
加えて最近では、相手術者の能力の攻撃を体に直接受けないようにする戦闘服『対魔法スーツ』が開発され、徐々に普及している。現在は軍の将校といった位の高いものにしか支給されていない代物だが今後広まっていくだろう。その戦闘服を着た相手には、例えば俺の『空間支配』で相手の体の内部を破壊し、戦闘不可能にするといったことはできないようになっている。
魔法自体を相手へのダメージとすることはできず、魔法を用いた物理的な攻撃のみが有効なのだ。
何が言いたいかというと、なんでも魔法で済むという話ではないということである。どのような状況においても魔法だけに頼らずに対処するといった力が今後必要になってくる。そのため、魔法を使わない生活に慣れ、いざといったときに備えているのだ。
余談 <終>
着替えを終わらせ、教室へと向かう。更衣室から続く渡り廊下を通り、少し行ったところの階段を上ると『1-1』と書かれた札が吊る下がっているのが見えてくる。
俺のクラスだ。
少しゆっくり来たせいか、殆どの生徒がすでに席に着いていた。その中には小鳥遊もいる。俺の席は、一番窓に近い席の前から3番めだ。
「あ、来た来た。」
そして隣には小鳥遊あり。どうやら神は、俺から小鳥遊を引き離すということをしたくないらしい。
「そろそろ、授業始まるよ。」
「次は... 魔法科か。」