第一章5 『少年の友人』
老人先生の授業が終わった。生徒たちは、次の教科のテキストを用意し始めている。
「よっ! さっきは災難だったね!」
前の席の男子生徒だ。椅子に腰かけたまま、後ろを振り返って俺に話しかけてきた。真っ黒な美しい髪と整った輪郭が、漫画に描いたような美青年を連想させる。
「まぁな。だが、そんなに悪い気もしない。」
ここに来てからというもの、四葉以外のクラスメイトとは話したことが無かった為か、会話が新鮮に思えた。
「ああ、ボクは黛響だ。 気軽に『ひびき』って呼んでくれ。」
「島波 帝一だ。 帝一でいい。」
「そっか、よろしく! 帝一くん...か、やっぱりかっこいいね、その名前は。」
(やはりここでも言われてしまうのか)
「皇帝一は分かるよね?ボク、彼の事がすっごく好きなんだ!」
「そうなのか、同じ名前だと少し恥ずかしいな」
「いや、ごめんね!そういうつもりじゃなかったんだけど...」
そういうとひびきは少し困った顔をして頬を掻いた。
「いや、別にそれほど気にしてるわけじゃない。俺も、、一応好きではあるからな」
思ってもないことを言って取り繕ってしまったがまあいいだろう。
「ほんとに!?それならさ、早速だけど今日の午後空いてる?一緒に行きたいところがあるんだよ。」
午後はこれといって用事もない。彼方には家を出る前に、午後は高校の周辺を見てくると伝えてあるため問題はないだろう。
「ああ、大丈夫だ。で、どこに行くんだ?」
さっそく学生らしいことができるかもしれない。
「それは楽しみにしといてくれ。ここのすぐ近くにあるよ。」
ここで次の授業の開始のチャイムが鳴り、ひびきは俺に笑いかけると前を向いた。
今更ながら、担任の教師も、この生徒、ひびきも口をそろえて俺のことを『英雄』と言うのは何故だろうか。
というのも、この国にとって俺という存在は―――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだ、これは?」
「見ての通り、博物館だね。」
午後、約束通り先ほど知り合った級友、『黛響』に連れられて来てみれば、目の前には大きな白い箱があるだけである。
ひびきは先ほどからこの得体のしれない箱が博物館だと言っているのだ。高校から徒歩5分ほどの場所... 高層ビルが林立する中、ぽつんと佇んでいる。もはや巨大な豆腐である。
「この建物、有名な建築家が設計したんだってさ。凄いと思わない?」
キヨは少々興奮気味に目を輝かせ、その建物... いや、豆腐に見入っている。
「あ、ああ、...凄いな。」
(見れば見るほど巨大豆腐にしか見えんが... 芸術という物も時代と共に変化していくというものか。)
豆腐の端の方にスライド式の入り口があり、皆そこから出入りしている。俺たちもそこへ向かう。
入り口を抜け、まず目に飛び込んできたのは大きな文字である。
―――――『皇 帝一 展 』―――――
「あれだよ。 今日の目的は。」
ひびきは文字を指さしながら俺に向かって微笑んだ。
「なるほど、これを見たかったんだな」
「そうだよ、ごめんね、付き合わせちゃって」
「いや、面白そうじゃないか、誘ってくれて俺は嬉しいよ」
これは本心だ。
自分についての展示を見るのは、少々くすぐったい気もするが、俺の知らない何かがあるかもしれない。
「それなら良かった。じゃ、いこっか。」
ひびきに対して俺は、ああ、と答えると展示スペースへと向かった。博物館の一階は全て特別展示、つまり『皇 帝一』に関するものが置いてあるらしい。
一つ一つの物がきっちりとガラスケースに収まっている。俺の腕時計、コート、手袋、時々つけていた眼鏡... どれも懐かしいものだ...
ただ、パンツまで展示してあるとは予想外だった。 しかも5着も...
パンツコーナーには、数十人の女子が群がっていた。
「ねぇ、ねぇ! 帝一様はこれをはいてお出かけなさったんでしょぉー!」
「きゃー! こっちは勝負下着じゃないかしら!」
「すすすす、すごいわ! 帝一様のぉー! 帝一様のぉー!」
少し、というかかなりの恐怖を感じるが... 見なかったことにしておこう。
意外なのはひびきが頬を赤らめながらそのコーナーをちらちらと見ていたことだった。そんなに気になるのか、下着が...
ついでに言うと、あの5着は俺のではない。
あの巨漢、『李浩然』のものである。どういう風の吹き回しで、『李』のパンツが俺のパンツとして展示されているかは定かではないが。
パンツ女子たちを背に、俺たちは別の場所へ向かった。
やってきたのは展示スペースの最奥。どうやら写真や、絵が飾ってあるらしい。人だかりの向こう側に一枚の大きな写真が展示してある。
先ほどから、ひびきの姿が見えないと思ったが、彼もまた人混みの中にいた。
―――――『2224年 東亜軍第一師団主要人物の集合写真』―――――
写真の横にそう添えられていた。アレイスターやフォルバンなど懐かしい顔がずらりと並んでいる。中央にいる、もやがかかって微妙に顔が見えないのが俺だ。
(いや、写真が嫌だったから、わざともやを作って見えないようにしたんだったな...)
俺の右は巨漢の『李』、そして左は... 『小鳥遊』...
長い桃色の髪と整った顔の可愛いらしい奴だった。彼女は特別部隊の参謀であり、俺の幼馴染―――
物心ついた時から一緒にいて、士官学校でも同じクラスだった。
...いわゆる腐れ縁というやつだ。
俺が死んだあと、あいつはどうしていただろうか...