第一章4 『教室の魔女』
「...あった...」
ようやく「F」の看板がぶら下がっているクラスを見つけた。それにしてもこの校舎はよく入り組んでいる。先ほどの女生徒と別れてすでに15分が経ってしまった。
「初日から遅刻だな。」
「...ん...」
俺は先ほど貰ったキーをかざし、教室に足を踏み入れた。
誰もいない―――――いや、教壇の前の机に脚を組みながら座っている女性が一人いた。
少しの沈黙の後...
「おめでとう、君たちが一番乗りだ。」
俺と四葉はゆっくりと教室に入る。
「...ほかの生徒は?...」
四葉が口を開いた。
「彼らならまだその辺をほっつき歩いてるだろうよ。迷路みたいな校舎だからな。」
くつくつと不敵な笑みを浮かべながらその女性は言った。
「おっと、自己紹介がまだだったねぇ。このクラス、「F」組の担任になった、堀北 香奈だ。よろしくな、帝一くん、四葉くん。」
「...くん?」
四葉は『くん付け』に若干戸惑っているらしいが、ここはスルーする。
「もう生徒の名前を覚えたんですか。」
俺は淡々と話を進める。
「ああ、教師としてな。それはそうと、ここへはどうやって来たんだ?」
堀北と名乗ったその女性は、興味深そうにこちらを見つめている。
「案内板どおり来ただけです。」
「その看板とおりに行ったら、行き止まりで、壁にぶち当たるはずだが。」
「壁が立体映像になっていて、すり抜けられるなんて普通は思わない。 まったく、くだらないないトリックですね。」
事実、廊下にはいくつも立体映像があった。
時間がかかったのは、校舎が入り組んでいるというのもあったが、念のため立体映像を一か所ずつ確認していたからだ。
(まぁ、風の流れで校舎の大体の構造は分かったが。)
「あーぁ、だが、そういうことだ、この高校で重要なのは常識じゃない。常識にとらわれない力だ。かの英雄『皇 帝一』のようにな。キミも同じ名だ、期待してるよ。」
(かの英雄...か。)
堀北香奈は、ため息をつき言った。
「『立体映像』解除。」
このトリックは、どうやら彼女の能力らしい。しばらく間をあけ、教室の外が何やら騒がしくなってきた。
「おー! やっと見っけた!」
「えー、教室こんなとこにあったんだ!」
「マジつかれたわぁ~。」
騒ぎ声と同時に、大勢の生徒が教室になだれ込んできた。そして、教室ににあったすべての椅子が埋まった。俺の席は窓側の後ろから二番目、運がいいのか悪いのか、隣はまたしても四葉である。
「皆、席に着いたな。では、ホームルームを始める。私は担任の堀北だ。まず、先ほど君たちが教室を見つけられなかった理由は各々じっくり考えるがいい。」
生徒たちはポカンとしているが、彼女は早々と話を進める。
「ここでは、強者はのし上がり、敗者は転落する。言ってみれば戦場の縮小版みたいなものだ。 一週間後にはテストがある。通常の8科目と科学魔法実技の計9科目だ。詳しいことは後日話すが、せいぜい頑張ることだ。以上。」
それは生徒たちを見下すような、ひどく冷たい声だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。
生徒たちは一斉に立ち上がる
「1時間目は... 『魔法科学』。」
俺は教室の後ろの方に貼ってあった予定表を見ながら呟いた。この学校は一日目からいきなり授業があるらしい。教科書は入学前に俺のところに届いていて、今日も持ってきたから不備はないはずだ。
再びチャイムが鳴り、授業が始まった。教壇に立っているのは、かなり年老いた老人である。
「諸君、にゅうゴホッ、ゴホッ、入学おめでとう。 科学魔ゴホッ...法の授業を担当する、御手洗だ。お手洗いとは呼ばないでぐれたまえゴフッ。」
せき込みながら、ガラガラ声で話している。この人は大丈夫なのだろうかと思っていたら、隣にいた四葉がなにやら俺に目で訴えかけてきた。彼女の机の上には筆箱以外何もない。
(教科書を忘れたのか?)
四葉は頷く。
(一緒に見せてほしいということか。)
俺は彼女に教科書を手渡した。
(持っていていいぞ。俺はもう事前に覚えてきた。)
四葉は目を丸くして、きょとんとしている。
授業の方はというと、『入学おめでとう』の話の下りが終わり、教科書の内容に入ろうとしているところだ。
「えぇ~、でば、教科書の5ページ、国連のゴホッ...魔法規定28条の二項を読んでぐれ。 え~、今は10時20分... 20番のぉ~、島波 帝一ぐん。」
時計と出席番号の表を交互に見ながら老人先生は言った。
「俺か。」
四葉は焦り気味に、俺に教科書を返そうとしてくるが、「大丈夫だ」と手で合図した。
俺は席を立った。
「『魔法行使及びそれに準ずるものは、国民の幸福追求の為にのみ適用することが可能であり、先の魔法大戦のような残虐非道な事例が再発しないよう、国家は魔法師の統制を行う義務を負う。』」
この部分は彼方の家に居候している間、何回も読み直した部分だ。俺が死んだ後に規定された条文である。
「うむ、ありがとう。では、この条文について簡単に説明していくどしよう。ここでいう、『魔法行使』とは皆がゴホッ...知っての通り...
老人先生は、再び話し始めた。
「...すごい...」
席に座ると、隣にいる四葉がこちらを見て言った。
「俺が得意なのは暗記くらいだからな、たまたまだ。」
適当にごまかしておく。
「...あ...教科書...ありがとう...」
「ああ、またなんかあったら気軽に言ってくれていい。」
「...うん...」
彼女はどことなく嬉しそうだった―――――
(さて、授業に集中するとするか。)
「次はゴホッ... 23世紀に発見ざれた『魔力量方程式』についでじゃ... えぇ、今は10時30分... 30番の星宮君は欠席か... では30引く10で、20番... 島波帝一くん、一行目を読んでぐれ。」
老人先生はまたもや俺を指名してきた。しかも二回目だと気づいている気配がない。
周りでは「あれ?また?」、「不運だなー」などと言葉が飛び交っていて、生徒は皆笑いをこらえている。
あの先生はボケているのか、いや新手のいじめか?
まぁ仕方ない、読むとするか...