第一章3 『育たない乳』
2話の続きです。
あれから俺は『東亜大学前』という駅に向かい、『有栖川 四葉』と名乗る少女と共に電車に乗った。電車といっても、500年前とは全く違う形状になってる...どうやら空気抵抗をなくすため、真空のガラスの筒の中を走っているようだ。
俺は彼女の隣に腰かける。
(しかし、だ。 高校に行くとは言ったが、高校って何をするんだ?)
俺は電車の窓の外の高層ビル群を見ながら考えた。
ほとんどの時間を戦場で過ごしていたせいもあって、高校がどのような場所かピンとこなかったのである。俺が500年前に通っていた士官学校のようなところだろうか。
そして何故か四葉は、先ほどからそんな俺にちょくちょく、不思議なものを見ているかのような視線を向けてくる。
最初は気のせいだと思ったがしばらくして確信した。
なるほどな、少しおちょくってやるか―――――
(四葉はなかなかいいスタイルをしているのに、胸はあまりないんだな。)
俺はそう心の中で呟いた。
ちらと隣を見る。
そこには顔を真っ赤にして、きつい目つきでこちらを睨んでいる四葉の姿があった。
「やはりそうか、『伝心』... いいものを持っているんだな。」
相手の心を読める能力だ。先ほどから俺の心を覗いていたのか。
「...」
四葉はまだ怒っているようで、何も答えようとはしない。俺が彼女の表情を楽しんでいるうちに、『首都広場前』に電車が止まった。
乗った駅から15分といったところか―――
俺と四葉は改札を抜けると高校の方へと足を向けた。幸い、高校へのルート案内が電光掲示板に表示されていたため迷うことはなさそうだ。精算も、家を出るときに彼方に貰ったカードで簡単にできた。
駅を出るとそこは広場だった。中央には大きな噴水がある。周りを高層ビルに囲まれているため、大きなコップの底にいるような感覚だ。
平日だが、沢山の人でにぎわっている。
人込みの中を通って俺たちは、終始無言のまま学校へと向かった―――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「着いたな。」
「...ついた...」
俺と四葉は順に呟いた。
ここは高校の前。墨の字で『東亜国立高等学校』と書かれた立派な校門の奥には、大きなレンガ造りの校舎が悠然と佇んでいる。周りがコンクリートの高層ビルばかりということもあり、ここだけ昔にタイムスリップしたような光景だ。少し遅く来てしまったからか、生徒は少ない。
「少し急ぐか。」
「...うん...」
案内板を見て、急ぎ足で入学式会場へと向かう―――――
「機嫌は良くなったか?」
「...少しは...」
少々間を開けた後、出会った時から変わらない淡々とした声で四葉は答えた。そして同時に少しうつむき、神妙な顔つきになった。
「―――――い、いやじゃないの?...」
いきなりの彼女からの質問だった。
「何がだ?」
「―――――その... 心を読まれて...」
少し戸惑っているようだった。彼女自身、自分の能力を気にしているようだ。今までに、辛いことがあったのか―――――
「少なくとも俺は気にしていないぞ。」
俺は一度立ち止まり、四葉の目をしっかり見据えながら言った。
(今までも色々な能力を見てきたからな。)
少し口... ではなく「心」を滑らせてしまったが、まあいいとするか。
迂闊に色々回想すると彼女に情報がだだ漏れになる。
とっさに俺は頭の中の電気信号を暗号化させた。
こうすればほとんど読まれることはないだろう。
(俺の推測からするとこいつは俺の正体を知ってるようだから、心を読まれても別にいいんだが)
「...怖くない?... 気にしない?... ほんとに?...」
「ああ、本当だ。俺も少しおちょくりが過ぎたな、悪かった」
「...ううん、いいいいの、ありがとう...」
そういうと彼女は、ふふっと軽く声をもらし、少しばかり微笑んだのだった―――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「えー、以上を持ちまして入学式を閉式いたします。」
司会の女子生徒が言った。場所は大きな講堂、入学式は俺が思っていたものとさほど変わりはなかった。いくら長い間戦場にいたとはいえ、学園ものの本の一冊や二冊くらい読んだことがあるからだ。
生徒会長の「新入生の皆さん、入学おめでとう。」から始まる挨拶―――
校長の長い話―――
参列者の人たちのほぼほぼ同じような文の式辞―――
そんなものが続き、入学式は普通に幕を閉じた。そして、俺の席の隣に座った四葉は、終始うとうとしていた。髪がぽわぽわになっている。
「四葉、終わったぞ。」
式が終わっても彼女は寝ぼけまなこであった。ほかの生徒は、もうとっくに出口に向かっている。
「...ん...」
目をこすりながら、きょろきょろと周りを見渡していた。
「...うん...」
彼女はようやく立ち上がった。
出口では、在校生が何やら生徒一人一人に札を配っている。
「はーい! そこの黒髪のイケメン君と、キュートで可愛いお姫様は二人ともF組ねー!」
話しているのは出口にいた在校生らしき女子生徒だ。周りに他の生徒はいないため、俺らのことをいってるのか。
それと、「キュート」と「可愛い」は意味がダブっている。
「入学そうそう、お付き合いなんてぇー! もうっ! ラブラブなんだからー!」
ちょっと言ってることがよく分からないが、とりあえず「F」と書かれたキーを受け取る。
「どうも」
「あぁーん! 言葉遣いが、冷酷ぅー! こんな彼氏さん持って幸せねー!」
女子生徒は、目をハートにしながら今度は四葉の方を向いて言った。
これは恋に恋しているといった感じだろうか...
「...付き合ってなんかない...」
そう言うと、四葉はあきれたのかスタスタと教室の方へと歩いて行った。
「すみません、あいつはそういう...からかいとかが苦手みたいで。」
「そっか――――― ごめんね... あの子にも謝っておいてくれないかな。」
先ほどとは変わり、女生徒は少々申し訳なさそうな顔をした。
「分かりました、言っておきます。 さて... 俺も行くか。」
「ありがとう、引き留めて悪かったね。じゃ、頑張って!」
「頑張って」の意味することがよく分からなかったが... 彼女を背にし、急ぎ足で四葉に追いかけた。
まあ、追いかける必要もないか。
同じクラスだしな。
そして...
(四葉、どうせ聞こえているのだろう。 これから同じクラスだ。 よろしく頼む。)
心の中でそう呟いた。
勿論暗号化せずに。
同時に、校舎の柱の陰で、やられたといわんばかりの顔をして、こちらを向いている四葉を見つけたのだった―――――