第一章 『雪の日 ~モスクワバルト戦線~』
過去回想編です。
時は遡ること、2223年の冬...
旧ロシア連邦の西方、モスクワバルト戦線―――
東亜連合には、さらに領土を広げ、西側のバルト海の海岸まで進軍するという目論みがあった。
西側の海岸を手に入れることで、西欧側の海でも海運ができるようになるからである。
その為、この戦線の戦いを何としてでも勝つべく、ほぼ全勢力を集結させた。
言うまでもなく俺、『皇 帝一』の特殊部隊も参戦した。
俺たちは特殊部隊と1から10番隊をまとめた第一師団として戦地に赴いた。この師団は東亜軍でも随一の能力を保有するいわば主力としての立ち位置である。
「なあ、皇ぃ... この戦線抑えられると思うかぁ?」
作戦会議の10分前、テントで声をかけてきたのは2番隊首席の『李 浩然』だ。
身長195cmの巨漢で、彼の能力は超俊足、通常の人間のおよそ30倍の速度の運動能力を発揮できる。
「東亜6000万、西欧1000万、この兵力差だ。よほどのことが無い限り負けないだろう。」
「でもよぉ、西欧の主力は化け物ばっからしいぜぇ?」
「なに、はったりだ。 第一初めから負ける気でどうする。」
「まあ... そうか。 でも最近妙な噂ばっかり聞いてな。」
「例えばどんなだ?」
李は先ほどにもまして神妙な顔つきになった。
「こっちの話なんだけどよぉ、東亜軍が秘密裏に軍事警察を作ったしたらしいんだ。 通称『東亜軍零番隊』、逆らった奴は即刻消されるんだってよ。」
正直初耳だった。
だが上層部がやりそうなことだ。
「でだ、そいつらはめちゃくちゃ強いらしい。 俺たちの師団の参謀... いや、さらに上のランクの精鋭がそろってるそうだ。どいつも素性は分からんが。」
話を聞く限りかなりの規模の部隊らしいが、東亜軍の事実上の最高戦力の一人である李、もとい俺のところに正式にこの話が来ていないのが気がかりだった。
俺は「そうか。」とだけ言うと、時計を見た。
(そろそろ会議が始まる頃だ。)
李と共に隣の大きなテントに移動する。中央の長机に顔を並べるのは各部隊の隊長、1人でそこらの軍隊と互角に渡り合える程の戦力を持つ。
しかし...
「あ、帝一! みてみて、変なカエルできたぁー! あはははは!」
オレンジ色の髪で褐色がかった肌の少女、8番隊首席「スターライト エルドリッジ」、能力は因子改変。触れることによってあらゆる生物の遺伝子を変換できる。
彼女の手には足が10本、頭が2つ、目が6つの奇妙なカエルがのっかっている。正直気味が悪い。
「おい、何度も言ってるが、いい加減カエルで遊ぶのはやめろ、エルドリッジ」
「ええー、別に元に戻すからいいじゃーん」
髪に髪飾りをつけ、ふわっとしたかわいらしい雰囲気に反して、やっていることはとんでもないマッドサイエンティストである。
「気色悪い女だぜ、まったく、俺様は暇で暇でしょうがねーよ」
話に割り込んできたのは、5番隊首席「レイモンド アレイスター」、能力は閃光爆炎。核に匹敵する爆炎を生み出すことができる。
「お前もだ、空にむけて爆炎を打つな、お前のせいでいつもテントに穴が開く」
毎度のことだがやつは室内でも平気で能力を使う。そのせいで敵に位置がばれることもしばしばあるのだ。
「そこもだ、フォルバン、なんでテーブルを切り刻んでるんだ」
端の席で何やら金属製のテーブルを滅多切りにしている、金髪でくせっ毛の少女。彼女は3番隊首席「マーシャル フォルバン」、能力は振動変換。剣や弾丸といったものの振動数を上げることによって、破壊力を十数倍にまで高められる。
「さっき、こいつに足をぶつけたんだ、とても痛かった。だから切った」
「お前な、物に当たるのはよせ」
「ボクはボクに危害を加えるヤツを許せないだけさ、たとえそれが人だろうと物だろうとね」
八つ当たりするのは敵兵だけにしろと言いたいところだが、言ったところできっと無駄だと分かってしまう。
いつもこんな感じだ。
彼らのおかげで会議が始まる前からテントも机もボロボロになってしまう。
俺は長机の端、中央の席に腰かけ、指を「パチンッ」と鳴らした。同時に、アレイスターたちが使っていた魔法が消え、テントとテーブルも再生成された。
俺の能力、『空間支配』だ。
分子の配列を元に戻した。
「つい先ほど本国の軍事統括司令部から直接、電文が届いた。 これが意味することは分かるな?」
皆からの異言はない。
俺は続ける。
「今夜、こちらから仕掛ける。夜中の零時丁度だ。」
その後も兵力の配分や細かいことを話した―――
―――0時0分、予定通り東亜軍が動き出す...
5番隊が西欧軍の駐屯地に一発の『閃光爆炎』を命中させた。黒煙が立ち上り、血で染まったかのような赤色が空を照らした。
後の隊もそれに続く。
静寂だった雪の荒野は一瞬にして火の海と化した―――
一方俺たちは別ルートで、西欧軍の領地へ進軍する。
戦線に沿って北上し、北側から攻める...
おそらく手薄になっている筈だ。
北部は一帯が雪が降り積もる針葉樹の森である。
その中を通って西欧側へ進んでいく―――
木が生い茂るところから一転、開けた場所に出た。
中央には小さな村と軍事施設があり、数百人の西欧の兵士が護衛をしている。俺たちはしばらく、木の陰から様子をうかがうことにした。
まだ気づかれてはいないようだ。
「どうしますか、皇さん。」
声をかけてきたのは、特殊部隊副首席『蒼井 悠斗』、俺の優秀な部下である。
「俺が行く。」
「いえ、皇さんが出るほどのものではありません」
「―――わかった、村人は残してあとは好きにしていい」
「了解」
右手にエネルギーを集中させ、彼は村の方に手のひらを向け、人差し指をそっと下に向けた。
村にこれといった変化はない―――
しかし、護衛をしていた兵士が続々と倒れていく。
『重力支配』―――
彼の能力である。
あらゆる原子の質量を変化させる。
今のは西欧の兵士の体重を通常の10倍程度に増幅したのだろう。だから皆が皆、自重に耐えられなくなって一斉に倒れた―――
もし敵だったとしたら相当厄介な男である。
「お前の能力は本当に相変わらずだな」
「あなただけには言われたくないですね」
少しばかり蒼井は苦笑いして言った。
部下たちに西欧の兵士たちを拘束させたあと、村のそばに仮設テントを設置し、俺は村の代表を呼び寄せた。
村人たちの今後の処遇を話し合うためだ。
「私たちはともかく、子供たちだけでも見逃してはくれませんでしょうか。この通りです」
テーブルの俺とは反対側の席に座っているのは、村の若い女性だ。彼女が代表らしい。先ほどからずっと頭を下げている。
それもその筈。
『敵国の兵士、国民は皆殺し』――― 当時はこれが常識の世界だったからだ。
命乞いをするのも無理はない。
「言われなくても悪いようにはしない。」
俺は西欧連合国の公用語であるエスペラント語でそう話した。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、約束する」
彼女はホっと胸をなでおろした。
「ところであなたの名前は?」
「はい、ソフィア アリスガワと言います。」
「親が東亜の生まれなのか?」
「はい。父がそうだと聞いております」
そこでようやく彼女はしっかりと俺を見据えた。
そこには彼女の、東亜に対する憎しみとも親しみともとれる複雑な感情があった。
彼女にとってみれば、東亜連合は敵であるとともに父の故郷でもあるのだ。
無理もないだろう。
青く透き通った目で、俺に何かを訴えかけている――― そんなようにさえ感じた。
そんな彼女は、肩まで伸びた白色の髪が特徴的で、すっとした鼻筋、蒼い瞳がきれいな美しい女性だった。
そして、俺がここから500年後に出会う、ある少女と瓜二つの顔立ちをしていた―――