第一章2 『久遠の平和』
合格発表の日になった。午前10時にホームページに合否が表示される。
結果は 『合格』 、彼方は飛んで嬉しがっていた。
それから2週間がたち、4月1日の入学式の日を迎えた。
先日届いた、胸に東亜高校のロゴが入った制服を着て、部屋を後にする――
「じゃあ、行って来る。」
そう言うと家のドアを開け、外に出た。照り付ける春の日差しと暖かな風が頬を撫でる。
「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね!」
彼方は道の途中まで見送りに来てくれて、俺に手を振っている。
(頑張る要素はない気がするが)
彼女自身「一緒に行きたい。」と言い張っていたが、推薦で合格した生徒の入学式は午後からで、学校側から、午前からは来ないようにとの指示があった為しぶしぶお留守番である。
それはそうと、高校に行くにあたり俺が気を付けなくてはいけないことがある。
・1つ目――― 学校では苗字は『皇』ではなく『島波』と名乗るようにすること。
・2つ目――― 他人に『空間支配』の能力を見せないこと。
2つとも俺が、魔法使い『戦場の皇帝』だと知られないようにするためだ。500年前に死んだはずの人間が生きていたら大騒ぎになってしまう。
2つ目は... バレなければ使ってもいいだろう。
しかし、彼女が俺を生き返らせるために使った蘇生魔法は技術が進歩したこの時代においても、発明されていないとされている代物である。それを世に公表すれば、彼方は『天才』として称賛され、俺は正体を隠す必要がなくなる。
彼女がそうしないのは、『名声』を嫌ってか、それとも他の理由なのか、まだわからなかった。
「家を出て左にまっすぐ行くと、『東亜大学前』という駅があるから、16番線に乗って『首都前広場』で降りて直進。そうすれば高校につく。」
というなんともざっくりな説明が彼方から言われたことだった。
とりあえず言われた通り、まっすぐ歩いていく。
左右には高層ビルが立ち並ぶ大通りである。
大学に居候している間にも散歩がてら外に出たことは何回かあるが、500年前とは何もかもが違っている。
第一、今いる場所『東亜連合国』の首都『新東京』は当時、何もない焼け野原。
人々は地下100メートルにあるシェルターで僅かな食糧と水だけで生き、『自由』なんてものは存在しなかった。
だが、今ではこの地は人々の活気が溢れ、笑い声が絶えない―――
新東京は現在人口が4億人に迫ろうとしている大都市であり、その莫大な人口からなる豊富な労働力と、発達した魔法科学によって経済活動も活発である。街中を人を乗せたドローンが行きかい、夜中にはネオンライトが街中を恍惚と照らす様はまさに未来というにふさわしい。何より戦争のない時代―――
俺にとってはこの平和はなかなか新鮮なものだった。
と、周りを見渡すと俺の隣を並行して歩いている、あどけなさそうな表情の可愛らしい少女がいた。
俺と同じ東亜高校のロゴが入った白色の制服に身を包んでいる。
彼女もまた物珍しそうに左右のビルを眺めているようだった。
もしかしたら俺と同じことを考えているのではないかと思って、少女に話しかけた。
「平和―― だな。」
普通の学生が唐突にこんなことを言ったら、まず遠ざけられるいったところだが、少女はちらとこちらに顔を向けた。
肩まで伸びた白色の髪が印象的で、どこか遥か遠くを眺めているような雰囲気だ。
そしてなぜか俺はこの少女に前に会っていたかのような感触を覚えた。
「...平和はいいね...」
少女は表情を変えず淡々と言った。
口下手なのかそれとも俺が言ったことが突拍子だったのか、そのあとは俯いて何も言わなかった。
「これから入学式か?」
「...うん...」
「同じだな、帝一、ああ、島波 帝一だ。 よろしく頼む。」
俺は彼方との約束通り『皇』とは名乗らなかった。
「...四葉... 有栖川 四葉...」
「...よろしく...」
(ああ、なるほど)
名前を聞いて俺は合点がいった気がした。
前に会ったような感覚になったのは気のせいではなかったと―――――
そして、俺が彼女に名を名乗ったときに、一瞬少しだけこわばった彼女の表情を、俺は見逃さなかった―――