第一章 『冬の日Ⅱ』
結局私は軍の依頼を受けることにした。ただし、村の警備の強化に加えて、この場所で研究を実施するという条件付きで。
(妹たちを残して私だけ内地には行けない)
一か月もたたずして、大きな研究施設が村のそばに建設されて、たくさんの兵士や研究者が常駐するようになった。
そして研究の日々が続いた。何をしたのかは正直覚えていない、大量の管を体中に取り付けられていた気がするし、たくさんの電極から流れてくる電流はとても痛かった気がする。
人間には、つらい記憶を忘却する機能が兼ね備えられている。それが私を守っていたのかもしれない。それ以上のことはもはや覚えていないけれど、妹たちを守るためならば、自分はどうなってもよかった。
日に日に目元から光が失われていく。家に帰ってから見る妹たちの顔が、私の唯一の生きがいだった。
戦争さえなければ、戦争さえなければ。幾度もそんなことを思った。
東亜が、そして西欧が憎かった。
そんな日々を過ごし、いつしか研究所の中にある、培養液で満たされた無数の試験管は、私たちでいっぱいになっていた。
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ある雪の降る夜、私はガサゴソという物音で目が覚めた。何やら外が騒がしい。
カーテンを開け様子をうかがうと、たくさんの軍事車両がどこかへと向かっていくようだった。
嫌な予感がした。
私はぼさぼさの髪を整えることもなく急いで外へと飛び出した。遠くに西欧軍の車列が見える。
研究所に入るとそこはもぬけの空だった。たくさんいた私たちも、膨大な資料も設備もすべてがなくなっていた。加えて、村を警備していた精鋭たちもその姿はなかった。
近くにいた兵士の近くに駆け寄り、激しく問いただした。
「ねえ!どういうこと、研究はまだ終わってないんじゃないの?」
「お嬢ちゃんさ、下っ端の俺に言われてもなあ。俺にもなにがなんだか。」
「はあ?レーデル大佐はどこへ行ったのよ!」
私はここの責任者の名を挙げる。研究所とこの村の警備は彼女が統括していた。
「だ・か・ら!知らねえって!」
男はため込んでいたものを吐き出すように唸った。
「ここに残って村の警備を継続しろ、俺が言われたのはそれだけだ。レーなんとかもその取り巻きももうここにはいねえ。お上の考えてることはよくわかんねぇよ、まったく」
村に残った兵士たちは決して職業軍人ではないことは容易に分かった。そして気づいてしまう。自分たち村人とこの兵士たちは見殺しにされたのだと。この男が憤っているのは彼もそのことに薄々気づいているからなのだ。
東亜軍の攻勢を察知、勝てないと踏んで秘密裏に撤退。軍がやりそうなことだ。
(クローンの試作が完成したから私はもう用済みってわけか)
「あなたはいいの?私たちこのまま死ぬのよ!」
「いいさ、別に。俺には何もない、この先生きたってきっと――」
「あんたねえ!――」
彼の胸ぐらにつかみかかろうとした時だった。
音もなく彼らはやってきた。私の後ずさりする音だけが聞えた。村の周りを警戒していた兵士たちはみな倒れている。
気づけば、隣に立っていたはずの男も地を這い、気を失っていた。
そして漆黒の軍服を纏った少年は私に向かって静かに言った。
「我々は東亜連合国軍だ。話を聞かせてもらおうか」




