第一章15 『西欧の密偵』
「はい、『皇帝』はおそらく復活したものとみられます。500年の時を超えて。」
暗がりの部屋。明かりは通信のためのPCのみ。その光が声の主の顔をちらちらと照らしている。暗号通信のための大掛かりな設備は時々甲高い音を立て、電波妨害をブロックしている。
「この間、対象の戦闘を見ることができました。そこでの動作などから確実だと思われます。しかし――― ま、まだ疑念が残るので個人名は差し控えということで」
「いや、もしただの民間人だとしたら面倒なことになります。今はまだ様子見するべきかと。私のほうで判断します。はい、もちろんです、対象が『皇帝』だとわかり次第―― 抹殺します」
「はい、ではまた」
そう言ったのち、接続を切る。
(最近妨害が多い。場所までの特定はされていないけど、ここもそろそろ危ないかな)
そんなことを思いながら、シャワールームへと向かう。
それにしても―――
「...私何やってるんだろうなぁ...」
生まれてこの方、まともな生き方というのをしてこなかった。
育ったのは塀の中、私と同じような顔つきをした子たちと一緒に過ごし、訓練を受けてきた。すべては東亜に勝利するため。
世間の人たちはこの時代のことを平和の500年というが、私には到底そんな風には思えなかった。人々の目の見えないところで戦争は続いた。
その渦中にいたのは私たち諜報員。私たちの中の何人もが死に、東亜の人たちも大勢死んだ。
「こんな血なまぐさいところから早く抜け出したいな...」
そう一人でつぶやく。
正直、国なんてどうだっていい。幼いころから国のためだと叩き込まれてきたが、そんなことはまやかしだ。
普通の子のようになりたい。
普通に生まれて、普通に生き、普通に死ぬ。そんな生活がただただ羨ましい。
(この年なんだし、れ、恋愛...とかも一度くらいはしたい...かな...)
そんなことを思っても意味のないことを彼女は分かっている。
かなわぬ夢は虚しいだけだ。そう心に言い聞かせた。
東亜国立高校というロゴの入った制服を脱ぎ、洗濯機に放り投げる。スカートを脱ぐと優美でしなやかな太ももがあらわになった。
決して弛んでいるわけではない。これまでの訓練で培われた力強い筋肉があるにもかかわらず、女性らしいすらっと伸びた艶やかな脚部がそこにはあった。
靴下を脱いでひんやりと冷たい浴室へと入る。
鏡には白髪の美しい少女が映っていた。首元までで切りそろえた髪をそっと撫で、もう一方の手で鏡の中の自分に触れた。
「私って...かわいい...のかな...」
先ほどの、恋愛をしてみたいというほのかな願望が再び芽生えてしまう。
「スタイルは――― 胸とかあんまりないしなあ...」
彼にも胸があまりないと言われてしまった。
(女の子にそんなこと...ひどいよ... でも――)
そう言って、自分の体をぐるりと一瞥して、首から胸、胸からその下へとゆっくと指でなぞっていく。それはやがて、おなかから両足の付け根、大切な部分へと伸びていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガラッと、浴室の扉が勢いよく開き、息を切らして火照った少女が飛び出してきた。バスタオルを手に取り、顔をうずめる。濡れた髪からぽたぽたと垂れる水を気にすることなくただ立ち尽くしていた。
「...なんで、よりによってキミなのさ―― 皇帝」




