第一章14 『赤き夕暮れ』
(さて、帰るか)
授業が終わり、放課後の時間になった。ここでいつもなら真波がずかずかと教室に入ってきて、そのまま家へと帰るという流れだが、今日に限っては用事があるらしく、一人で帰ることになりそうだった。
席を立ち、玄関へと向かおうと思ったその時、隣の席の少女が俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「...ねえ、一緒に帰らない?」
声の主は有栖川四葉。半分ほど空いた窓から吹き抜ける風が、彼女の白く短く切りそろえた髪に触れる。
「そうだな、一緒に帰ろう」
あれから、ヒビキと彼方を含めた四人で集まって昼食をとったりしたことは何度かあったが、彼女と二人きりでというのは入学式以来であった。
しかし、初めて会った頃は片言しか話さなかった四葉は次第に俺に心を開いてきてくれている。前までだったら自分から一緒に帰るなどという提案はしなかっただろう。そこは素直にうれしいところだが――
「家はどのあたりなんだ?入学式の時大学の近くで会ったから、その近くか?」
「うん、そう。多分帝一くんの家と結構近いと思う...」
「――そうか、今度大学の近くで四人で集まって、どこかに遊びにでも行くってもいいかもな」
そんなたわいもない会話が続く。
「...そ、そういえば、学校の近くの博物館の特別展示ってもう見に行った?」
「ああ、それならこの間、ヒビキと見に行ったな。面白かったぞ。」
「...そっか、私まだいけてなかったから一緒にどうかなぁって思たんだけど...」
「なら、これから行くか?」
「え、いいの?」
「ああ、いいぞ。まだ見てない展示とかもあるかもしれないしな」
そう言って、俺たちは博物館のあるほうへと歩を進めた。しかしこの辺りは人が多い。新東京の中心部、大企業や官庁があるということもあり、平日にもかかわらず多くの人でごった返している。
俺たちは人込みをかき分けながらゆっくりと進んでいった。四葉はどうやら人込みが苦手なようで下を向いてうなだれている。
「やはり大勢の人の心の声が聞こえるのは辛いか?」
「...そ、そうだね、頭痛くなってきちゃう...」
彼女の能力は自分の意思にかかわらず発動してしまうきらいがある。少々厄介な能力のようだ。
「そこ、気をつけろ」
「...え?」
人込みで隠れていた段差に気づかずに四葉がつまずいた。
「まったく、気をつけろと言ったじゃないか」
俺は彼女を受け止めると、そのまま胸元へと引き寄せた。
「...あ、ありがとう...って、ちょっと?!」
「危ないだろ、手、握ってろ」
「...うん...」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日は楽しかった。ありがとう」
「...そ、それはこっちのセリフ...だよ。ありがとう」
そんなやり取りをして帝一くんと私は大学のそばで別れた。
いろいろあって博物館でのことはほとんど覚えていない。
(こ、こんなの初めてだよ...)
帝一くんは出会ったときに能力を知られてしまい、いつもみたいに嫌がられると思った。今まで出会った人はみんなそうだった。けど、彼は違った。もしかしたら私はその時――― いや、もっと前から―――
はあ、とため息をつき、ふと空を見上げた。赤く染まった夕焼けが私の頬を照らしている。
帝一くんは気づいていただろうか。私の頬の紅潮が夕焼けのせいではないことを。




