第一章10 『日常の訪れ』
9話の続きです。
「いっくんっ、ご飯食べよっ!」
昼休み、教室に勢いよく飛び込んできたのは島波彼方。
彼女とはクラスが違うが、登下校と昼は大抵一緒に過ごしている。
返事をして、いつもの食堂へと向かう。
例の一件から早くも五日が経っていた。あれ以来俺は彼女と昔のようにうまくやっている。
「そういえば、彼方。明後日は試験らしいな」
「もう、二人でいるときは真波って言ってっていったじゃん」
「すまない、そうだったな」
「分かればいいのだよ、分かれば」
真波はふふっと笑った。
「そう、試験ね。いっくん間違っても本気出したらダメだからね」
「わかってるさ」
こんな日常があったと思い出す。真波と過ごしたあの日々が戻ってきた気がした。
「ところで、後ろの子たち知ってる?この間からずっと付けられてるみたいだけど」
俺は最近とある人物たちに付きまとわれている。
入学式の時に出会った有栖川四葉と、一緒に美術館に行った黛響である。
二人とは入学以来それぞれたまに話をしたり、共にご飯を食べたりと温厚な関係を築いている。しかし、何か気にかかることでもあるのか、俺が真波と一緒にいると何かと後ろをつけてくるのだ。
加えて、二人には接点があるのかと思いきや、当人たちはお互いのことに気づいていない。
「ああ、俺の友達だ」
「―――ッ?!」
真波が拍子抜けいたかのように驚く。その顔はまるでこの世の異形を見たと言わんばかりに引き攣っている。
「イ、イックン...ホントニ...トモダチイタンダ!?」
「なんで片言なんだ。友達くらいいるさ」
「でも、あんなにコソコソ付け狙って、命でも狙われてるんじゃないかな~」
真波はニヤニヤと笑って俺の事と煽った。
例の二人は柱をぎこちなく移動しながら、俺たちとの距離を詰める。
そしてぶつかった。
「あぎゃっ!!」
「ひえぇっ!!」
尻もちをつく二人。
「「いたた...」」
そこへ真波が詰め寄った。
「ねえ、二人も一緒にご飯たべない?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そのまま俺たちは四人で昼食を食べることになった。
食堂は昼には大勢の生徒が詰めかけ、席を探すのには少し手間取った。ちょうど窓際の席が空いたところに真波が滑りこみ、席を確保した。
トレーを机に置き、皆が揃う。
「で、なんで二人は帝一君を付け回ってたのかな?」
二人の方がビクッと跳ね、縮こまる。
「「だ、だって!」」
二人の声が重なった。
気まずい沈黙ののち口を開いたのはヒビキだった。
「最近、島波さんとよく一緒にいるところを見かけるから、ど、どういう関係なのかなぁ、と思ったんだよ」
となりで、四葉がうんうんと頷く。どうやら二人とも真波のことが気になるらしい。
「どういう関係...といわれてもな、ただの昔からの友達なんだが」
「そうだよ、私たちはね、相棒なんだよ!」
あの一件以来、真波は相棒という言葉をよく使う。よっぽどお気に召したらしい。
「あ、相棒?恋人とかではなくて?」
「え、――― ぜ、全然そういうんじゃ...ないよ?!」
真波は手を大げさに横に振りながら、そそくさと返答した。
そんな様子を横目に俺は、ヒビキについていろいろと考えていた。
会ったときから気が付いていたがヒビキは男ではない。
格好こそ綺麗に短く切りそろえた髪と、男子用の制服を身にまとっているが、魔力反応からすぐにわかってしまう。
まあ、気づいているのは俺だけではないのだが―――
「そ、そんなことより、ヒビキちゃんはさ、なんで男の子の格好してるの?」
そう聞いたのは小鳥遊。先ほどの話題から話をそらすためなのか、いきなり話の矛先をヒビキへと向けた。しかし、いくら何でもストレートすぎる。
「ふぇ?! な、な、な、なんでそれを!」
教室で俺に声をかけてきたかっこいいヒビキはどこへやら。一瞬で女の子の顔になってしまっっている。キリっとした瞳はいつの間にか丸くて可愛らしいものになり、頬が真っ赤になった顔はいささか美少女を彷彿とさせる。
「分かるよぉー、だって女の子の匂いしたもん。しかもこんなかわいい顔なんだからぁ」
彼方はニヤニヤとしながらヒビキに詰め寄り、顔を近づけた。
「そ、そんなぁ―――」
へなへなとヒビキが机に突っ伏す。
「上手くできたと思ったんだけどなぁ...」
どうやら、何か事情があるらしい。これ以上深堀するなと真波に目で合図する。
「ご、ごめんね、ただちょっと気になったから。誰にも言わないし、これ以上話も聞かないからさ、ね?」
「そうだな、このことはここだけの秘密だ、四葉もいいな?」
「...うん」
今後決まって昼食はこの四人で食べることになったのだった。




