第一章1 『皇帝の復活』
「ねぇ、帝一...くん。 起きて。」
遠くから人の声がする。
「いつまでも起きないと―― キスしちゃうかもよ?...」
まだ意識がはっきりしないが、すぐに体を起こした。広い部屋の中にベッドがぽつんと置かれていて、今までそこに寝ていたようだ。傍らには中学生くらいの短い桃髪の少女が立っている。
「おはよう、帝一くん。私とのキスはそんなに嫌だった?」
その少女は頬を膨らませながら、少々起こり気味に顔を近づけてきた。整った顔にまんまるとした目の可愛らしい子だ。
「別に俺は嫌ではないぞ。したいならするか?」
俺、「皇 帝一」は冷静に答えた。
「じょ、冗談冗談!! 流石にキスはしないよ――」
少女は顔を真っ赤にして恥じらいながらそっぽを向いてしまう。この感じ、前にもこんなことがあったような気がするとふと思ったが、今はそんなことよりも――
「ところで、俺を助けてくれたのか?」
「うん、そういうこと――かな。」
若干の含みを持たせそう答える彼女は何処か寂しげだった。今のところこの少女が誰なのかは分からない。加えて、俺に敵対する人物かもしれないというのは否定できない。しかし俺は自然とこの少女に若干の親近感を覚えていた。
「そうか、ありがとう。」
「どういたしまして、かな。 体に異変とかはない?」
少女は少しばかり困惑しているように見えた。
桃色の髪を指で弄びながら、俺のことを心配そうに見つめている。
「ああ、見ての通り大丈夫だ。それより、君は何者なんだ、なぜ俺を助けた?」
「んー、、、そんなことよりさ! ね、おなか減ったでしょ?何か食べない?」
はぐらかされてしまったが、まあいいだろう。
そして俺の目の前に用意されたのは――
あふれんばかりのコンビニ弁当だった。
「こういう時は手作りの料理が出てくるってものじゃないか?」
「もぉ!失礼だな、帝一君は!」
そう言うと、その少女は一気に顔を俺に近づけてきた。ぷくーと頬を膨らませ俺をジーと見つめてきている。
「まあ、元気ならよかったよ。ほら、好きなだけ食べて!」
「そうだな、いただくよ、ありがとう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、色々なことを詳しく聞かせてもらった。
彼女の名前は『島波 彼方』。東亜国立大学の院生であり、『遺伝子編集蘇生』専攻、俺のこともその技術で蘇生してくれたようだ。中学生くらいに見えたため大学生だということはかなり意外だった。
話を聞く限りでは、俺が死んでから500年という長い歳月が経っていた。途方もない時間が流れていたことに少々驚いたが、しかし、500年後の世界で第二の人生を始めるのも悪くない。
俺を生き返らせてくれたことに礼を言うと、彼女は謙遜かそれとも別の感情なのか首を振って、「お礼なんて――君が生きていてくれる、私はそれだけでいいんだよ。」と言うのだった。俺は彼女のあることに気がついたが、ことが進展するのはもう少し後になるだろう。
俺たちが今いるのは東亜連合の首都、新東京にある彼方の自宅、都心からは外れているため戸建ての一軒家である。かなりの広さがあり、とりあえず俺はここに居候させてもらうことになった。
世界の動向としては、俺が死んでから三日後、2225年の夏、両国の和解により東西領土分割戦争は停戦状態となり、東経45度線を国境として落ち着いたそうだ。その均衡は現在まで保たれているという。
と、そんなような話をしながら二人で冷めた、でもどこか暖かい弁当を食べたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねぇ、高校に行ってみない?君、戦ってばっかりでろくに学校とか行ったことないでしょ?」
食事が終わりに差し掛かったころ、島波 彼方は唐突に言い出した。
―――――『東亜国立高等学校』―――――
そこは魔法師を育成する機関で、高校といえど東亜一の学力と実力を持つ者たちが集まる所らしい。
俺に高校に行けというのだ。
「いや、別に今更学校になんて行かなくていいだろ。この先ずっとこの家に居候するわけにはいかないから何か仕事にでもつくさ。」
「だめだめ!ずっと居候でいいの! ね、私も一緒に通うからさ、大学と掛け持ちで。 私と一緒に青春しようよ、ね?」
(大学生が高校生になれるのかは疑問だが―――今までの人生、いや生き返る前の俺の人生ではひたすら戦闘に明け暮れていた。せっかくの機会、普通に高校生活を送るのもいいかもしれないと少しだけ思ってしまう)
「島波はそれでいいのか?まあ、、俺はいいが、というか大学と掛け持ちって―――」
「ほんとに!? よし、そうと決まれば!」
彼女は俺の言葉を途中で遮ると、手をこぶしにしてガッツポーズをとり、奥の部屋から何やら大量の本を担ぎ出してきた。小さな体に対してこの量の本は何とも比重がおかしいが、そこがまたあどけない。
机にドサッと置かれたのは大量の教科書だった。魔法科学、生物学、数学などなど
「なるほど、これとやれと。というか、何もこの国一番の高校じゃなくてもよくないか?」
「いやいや、せっかくだからね、一番を狙おうよ、ね!」
「まあ、べつにいいが―― 試験日はいつなんだ?」
願書さえまだ出していない。精々二か月、少なく見積もっても一か月といったところだろう。
「驚かずに聞いてね! なんとですね、明日、明日なんですよ!」
そう言って彼女は、口を三角にしてジトっとした目でこちらを見つめてきた。どうやら顔芸がお得意のようだ...
話を聞くと俺が生き返る前に手続きをしてしまっていたらしい。
それにしても明日――いくら何でも無茶である。
今はちょうど昼過ぎ――
彼方は講義があるといって大学へ行ってしまいこの家には俺一人である。
取り敢えず彼方が持ってきた本の中から、過去問を引っ張り出す。俺の生きた時代から500年後の勉学にも多少興味はあった。勉強なんて久しぶりだ。できるかどうかはさておき、問題と向き合っているうちに自然とやる気が出てきた。
(やるだけやってみるか)
過去の出題傾向から出る問題と出ない問題を分けて進めていけばそれほど時間はかからないだろう。
試験当日、俺は試験会場へと足を進めた。一通り教科書を読み、重要なところはすべて覚えたはずだ。会場には沢山の受験生が闊歩しており、皆単語帳や教科書を手にしている。彼方は推薦ですでに合格しているとのことで、一緒には来なかった。
俺たちは受験番号の書かれた教室へと入り、試験開始を待つ。
しばらくすると試験用紙が配られ、開始のチャイムが鳴った。一斉にペンを持ちカリカリと手を動かす受験生たちを傍目に、さっそく俺も問題にとりかかった。試験科目は数学、言語、魔法科学、世界史、東亜史、生物学、物理学、化学の8科目。その8科目を合計480分で解くという方式である。休憩はなし、8時間の間ひたすら問題と向き合うのである。
出題問題は予想していたものとほぼ同じ、堅調にこなしていけば何ら問題はなかった。




