第一章 『雨の日Ⅰ ~首都総攻撃戦~』
過去回想編です。
2224年 冬―――――――
一月半ば、季節にしては温かく、ぽつぽつと雨の降る日だった。
俺は最前線の基地にいた。
ここから西に数百キロ行けば、西欧連合の首都『ゲルマニア』に到達する距離だ。
軍部は首都陥落に乗り出していたのだ――――
テントの隙間から顔を出し、どんよりした灰色の空を見る。雨は小ぶりだがまだ止みそうにない。
「いよいよだね。」
小鳥遊だった。
特別部隊参謀を担う彼女は、臨機応変に的確な指示を出すことで敵軍にまで名が知れ渡っていた。そのことについて当の本人は全く知らないでいるらしい。
桃色の長い髪、整った顔、普段の小鳥遊と変わりないが、軍服と制帽を身に着け、朗らかな印象からは乖離している。その表情に笑みはなかった。
俺は「ああ」と答えると、テントの奥の席に腰かけている蒼井に目を向けた。先ほどから他の部隊と連絡を取ろうと、長い間パソコンと向かい合っているのだ。
「蒼井、どうだ?」
「いや、駄目ですね。 どの部隊も応答なしです。」
「攻撃開始予定まであと5分だが...」
俺はちらと腕時計を見る。
小鳥遊も心配そうに外を眺めていた。
(―――――おかしい。)
普段ならこういう時、一時間ほど前からお互いに連絡を取り合っている。
本国からの連絡もない。
敵に情報網を破壊された可能性を疑ったが、東亜軍のデータベースにそれと言った工作の跡はなかった。
だとすると―――――――
そんなことを考えていると、不意に甲高い電子音が耳を突いた。
「あ、皇さん! 通信入りました。」
俺の読みは杞憂だったか。
「え、あのっ、作戦... 中止だそうです。」
「今になって...!?」
小鳥遊は驚きを隠しきれていなかった。俺も意表を突かれた。何せ東亜軍の悲願であった首都陥落まであと一歩、上層部がここで手を引くとは思いもよらなかったからだ。
大きな問題でもあったのだろう。




