第一章9 『勝負の行方』
どうして私はあの時逃げ出してしまったのだろうか。もちろん、帝一君に私の正体を見破られた時のことだ。
素直に謝って、そのあとどこかに消え去ればよかったではないか。
あの時彼を見捨てた私が、正体を知られてなお彼のそばにいることなんてできない。彼も私がいないほうが幸せだ。
私は500年という間、遺伝子改造を行って生きながらえてきた。すべては彼を生き返らせるため。だから、もう目的は達した。
どこか遠くのところにいこう――― そして長かった私の人生も終わりだ。
その前に一目だけ見ておきたいところがあった。
あの日帝一君と過ごした場所だ。彼がいなくなってから幾たびもこの場所に来た。私は変わったけれどこの場所は変わらなかった。
そしてなぜか彼もここに来た。付けられてはいなかったはずだ。
彼は唐突に模擬戦をやろうと言ってきた。何を言っているんだと思った。ただ、私の中にもまた帝一君と戦ってみたいという気持ちがあった。
これが最後だ―――
―――私は勝つ。
帝一君は先ほどから私の攻撃を受け流しているだけだ。反撃をしようとしてくる気配はない。
しかし彼の剣裁きはさすがといったところ。私が改良した銃から放たれる弾丸はマッハ10を軽く超える。常人なら一瞬で体が穴だらけになってしまうような攻撃をいともたやすくかわし切っている。
勿論私には分かっている、この攻撃が彼に1ミリたりとも当たらないということを。それは私が彼の強さを認め、信頼しているからだ。
(信頼...か―――)
私はそんなことを思いながらも戦闘を続ける。
「帝一君、そろそろ負けを認めようよ」
帝一君が私の能力の発動に気づいてからしばらくが経った。この能力さえ使ってしまえば、彼は絶対に私には勝てない。
私の上下左右360度、すべての方向の周囲2メートルにバリアを張った。この空間の中には魔法も物理攻撃も何も通用しない。
私は帝一君が消耗するのを待つだけだ。
「帝一君は相変わらずしつこ―――
「―――俺の勝ちだ、真波」
帝一君は私の言葉を遮るとそう言い放った。
(そんなわけ――― え?)
私には分からなかった。なぜ彼の剣が私の首に押し当てられているのか―――
「いやなんで―――」
「―――やはり昔から変わってないな、真波」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ど、どういうこと?」
「お前の動き、その言葉。500年たっても何も変わっていない」
「そ、そうじゃなくて、なんで私の能力が通じてないの?!」
「簡単な話だ、俺は最初からお前のバリアの中にいたんだ。お前がさきっまで見ていたのは俺が作り出した幻影。それをお前の脳に投射して、中にいる俺は光を屈折させてお前からは見えないようにしてずっと気配を消していた」
「くっ...」
(最初から中にいた?!私が能力の発動にかかった時間は開始の合図から約0.3秒。その間に背後に回られたっていうの?もしかして開始前から彼は私の背後にいた?いや帝一君はそんなことをする人じゃない。だけど、ありえない、そんなこと―――)
彼の常人離れした魔法と身体能力がそれを可能にしたのだ。そして私の頭の中のニューロンを操作して幻覚を見せるという高度で繊細な技術―――私のような凡人には、到底たどり着かないような境地。
私は今どんな顔をしているのだろう。自然と涙が溢れてくる。
悔しさかもしれない、当たり前だ。私は強くなったつもりだった。
それがこんなにもあっけなく―――
―――いや違う、この感情は悔しさじゃない。
(私――― 嬉しいんだ―――)
帝一君が戻ってきてくれてただただ嬉しいんだ。
彼は押し当てていた剣を消滅させると、私を強く抱きしめた。
(ああ、この温もりだ。知っていたはずなのに―――)
「ごめんね、ごめんね」と何度何度も言った。そのたびに彼は「ああ」と言ってくれる。柔らかくて優しい声。
「私、いっくんを見捨てて、それで―――!」
「いいんだ、お前が無事で良かった」
「私がいっくんの隣にいる資格なんて―――!」
「なにをいってるんだ、俺は真波に感謝してる。それに俺とお前はこれまでも、これからもずっと相棒でいるんだ」
私はそんないっくんの言葉に弱かった。今までに流したこともないような大粒の涙が頬をつたった。
「この場所と同じだ。真波も少しも変わってない。変わったのは時代だけだ。俺たちの関係ははずっと変わりはしない」
やっと、本当の意味で帝一君、いや『いっくん』が戻ってきてくれた気がした。いつだって私を守ってくれた、私のそばにいてくれた。
おかえり、私の中の最強の英雄―――




