第一章6 『観取の告白』
5話の続きです。
俺とひびきは展示物を一通り見終え、博物館を後にした。午後六時をまわり、辺りは少しずつ暗くなり始めている。
結局俺が英雄であると祭り上げられている根本的な原因は分からずじまいだった。博物館では、俺のやったこと、やっていないことが英雄伝のように誇張されて紹介されていた。そのせいで異様に俺の株が上がっていることは明らかだったが、なぜこんなことになっているのかは分からなかった。
「今日はありがとう、帝一くん。」
「こちらこそだ、俺も楽しかった。」
街灯が灯る夜道にはまだかなりの人がいた。家族連れや、恋人同士で手を繋いで歩いている人、遠くの方にはちらほらと路上ミュージシャンも見受けられる。
活気があって何だか嬉しい気持ちになる。500年前とは大違いだ。
「じゃあ、ボクこっちだから。」
高校付近の十字路まで来ると、ひびきは左に続く道の方を指差して言った。駅まで行かないということは、家がこの辺なのだろう。
「そうか、また明日な。」
俺は軽く手を振るとひびきと別れ、駅へと向かった。
(さて、ここから俺は一仕事しなければな。)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は朝来た道をたどって、彼方の家まで帰ってきた。玄関の扉の前まで来て、軽いため息をつく。というのも俺は、とあることを考えていたからだ。
躊躇いつつも、扉を開けた。
「ただいま」
向こうから、足音が聞こえ、彼方が顔を出す。
「あ、帝一くん、お帰り!遅かったね、先帰ってきてるかと思ってたよ」
「友人と道草しててな。すまなかった」
「え、友達ができたの!?あの、てっ..帝一くんが?」
(そんなに俺に友達ができるのがおかしいのか。まぁ、俺の性格からそう判断したのだろう。彼方は昔の俺も良く知ってるからな。)
「あ、それより、ごはん出来てるよ。とりあえず上がって」
「なぁ、島波彼方」
俺は玄関先で、彼女を引き留めた。
「ん、どうしたの? いきなりかしこまって」
「―――いや... もう『小鳥遊 真波』と呼んだ方がいいか」
「っ!...」
彼方の顔が一気にこわばる。
「い、いや、なに?小鳥遊って... 誰のこと言って」
「もう芝居は終わりだ、小鳥遊」
彼女の言葉を遮るように言い放つ。俺は純粋に500年前の真波に会いたかった。たとえ彼女を一時的に傷付けてしまう結果になったとしても―――
しばらくの沈黙...
俺も小鳥遊も、何も発しない。
うつむいている彼女の目には涙が浮かんでいた。
「―――いつから... いつから気づいてたの...」
いつもの楓からは想像できない、暗くて重い声だ。
「一目見た時には気づいていた」
「―――確信はあったの...」
「勿論だ。幼馴染を忘れることなんてない」
「...」
あれから長い年月が流れた。
真波はたった一人で足掻いて、足掻いて。
俺を助けるために必死になって。
彼女の家の壁には隠し扉があり、中には大量のノートが保管してされていた。
すべて日記だった。
500年の間欠かさず、毎日の記録が手書きで綴ってあった。
『今日もうまくいかなかった。けど、明日にはきっと必ず...』
『何度やっても駄目だった。どうすればいいの... 教えてよ。いっくん... 教えてよ...』
『もう全ての配列を試した... どうすればいい... いつになったら... いつになったら... いつに...』
半分病みかけたその日記は俺が目覚めた日の前日に終わっていた。
「...」
真波は俯いて黙ったままだった。
俺も口を開かなかった―――
こういう時俺が言葉をかけるべきなのだろう。
ただ、俺は真波自身に『今の俺』と『偽りの彼女』の関係に結論を出してほしかったのだ。
重く鉛のような時間がどれほど続いただろうか。
沈黙を破ったのは真波の方だった。
「―――さよなら。」
そう彼女は言い残すと、駆け足で俺の横を通り過ぎ、真っ暗になった夜道へと消えていった―――




