四日目 それでもママ
昨日の太陽のSOSは、斎藤さんも斎藤さんの奥さんも
重く受け止めていた。。
昨日は、そのままちょっと早いけど上がらせてもらって
太陽と二人でゆっくり過ごしたんだ。
今は、まだ外は暗い。
朝とは言えない。
何となく、目が覚めて。
色々頭の中を駆けめぐっている。
斎藤さんの奥さんに言われたんだ。
「児童相談所に連絡しよ?ヒロ君。
虐待されてるかもしれない子供を通報するのは
国民の義務だよ。匿名だって良いんだから。」
って。
今日は休みだから、俺もちゃんと
見ないと。考えないと。
俺が太陽に何ができるのか。
助けてやりたいよ。
本当に。助けてやりたい。
このまま警察に連れていくのか?
電話かな?
訳あって預かっている子供が…って?
俺も怪しくね?
いや、だめだ。そんなこと、今は良いよ。
うん。変なこと考えるなよ。
でもさ。
そしたら、太陽はどうなるんだよ。
親に、あの女に連絡が行って。
また、同じ毎日なのか?
それとも、親と離されて
施設に引き取られるのか?
虐待だって太陽がさ、ママが怖いって
そう言ってるだけで、証拠はないよな。
俺みたいな第三者が言ったこと信じて貰えるのか?
でも、義務だって。
もし、俺がなにもしないで
太陽に何かあったら。
それは、俺の責任にもなるってことだ。
また、そんな風に考えてさ。
俺は、ズルいよな。
最低だよ。本当に。
そんな考え方しか出来ない自分に心底腹立つ。
太陽の為になんかしたいと思ってんだろ?
自分の為じゃねーかよ。
でも、俺ってそんなもんなんだろうな。
そんな出来た人間じゃねーよ。
しかたねーよ。
とりあえず、太陽が起きたら。
朝飯のパンをコンビニに買いに行こ。
それで、ゆっくり食べて
太陽と話して。そして、通報しよう。
うん。決めた。
それが良い。
それ以外の事は、とにかく後から考えよう。
うん。そうしよう。
とにかく今は太陽の事だけを考えないと。
俺は、太陽の顔を見ながら
そう心に決めて、目を閉じた。
勿論、太陽を起こさないようにね。
仰向けにコロンと寝っ転がってさ。
まだ、朝には早いんだ。
もう少し寝よう。
「…ロ ヒロ …ロってば …あはは」
何か、うっすら聞こえる。
幸せな笑い声だ。
「まだ、寝るのかな? …ヒロー
もう、10:00だよ。休みの日は寝坊なんだね。」
ふっと目を開けた。
目の前に太陽の笑顔がある。
「あ!ヒロ起きたね!
おはよう!お腹空いたね!」
俺、寝すぎたんだな。
ふっ とにやけた。
太陽が、笑ってる。
それだけで、涙が出そうになった。
これからどうするのかを、
俺は、解ってるから。
腹括ったから。
次は太陽の番だ。
納得させなきゃ。
しっかり話をしなくちゃ。
よし。
「おはよう太陽。
腹減ったなー。パン買いに行こうぜ!」
腕を上に伸ばして体をぐんと伸ばして
まだ寝ている体を起こしながら太陽に言った。
太陽はベットに手を付いたまま
足だけ跳ねながら。
「うん!行く!パン食べたいね!
ヒロのスープも食べたいな!」
と言った。
そして、俺達は軽く身支度を整えてから
コンビニに向かった。
いつもの道を、手を繋いで歩いていたら
「ねぇヒロ!プリンも食べたいな!」
俺を見上げて言う太陽。
「良いよ!俺は、ヨーグルトにしよ。」
太陽を見下ろして言う俺。
こんなやり取りが自然と出来るようになるまで
仲良くなれたんだな。としみじみ思う。
始め、太陽と公園で待ち合わせするようになった時は
何を食べたいか聞いても、何も答えなかったよな?
少ししてから解ったよ。
お前は料理の名前を知らなかったんだよな。
ハンバーグを初めて作ってやった時。
太陽、お前は食べながらよだれ垂らしてたよな。
あれは、ウケた。
それから、俺がメニューに困って
何が食べたいか聞くと必ず「ハンバーグ」
って小さな声で言ってたっけね。
後さ、自分の気持ちをなかなか話さなかったよな。
ピーマンの肉詰め作ったときさ。
ピーマン嫌いなのにさ、言わなかったよな。
いつもより食べるのに時間が掛かってたから
どうしたのか聞いてもさ。
全然話さなくてさ。
あれには困ったよ。
言ったら怒られると思ったんだろうな。
そんなだったお前が、
普通にプリン食べたいって言ってくれてさ。
俺はそれだけで、何か嬉しかったりするんだよな。
コンビニ近くの、いつも待ち合わせしてた公園が見えてきた。
無意識に公園に目が行った。
色々思い出してたからだよな。
こっちを見ている女がいた。
勿論、今日天気も良いしさ
子連れの母親も何人か居るんだけどさ。
そうじゃなくて、一人でポツンとベンチに
座っていた。
何となく見覚えがあったその女から俺は目が離せなかった。
ずっと見てたからか、女もこっちを見たんだ。
俺を見て、視線が下がって太陽を見た。
俺の心臓の音が少しずつ大きくなるのを感じた。
女は、太陽にを視界に捕らえたまま
立ち上がって、こっちに向かって歩いてきた。
どんどん大きくなる鼓動。
背中に汗をかくのを感じた。
さーと体温が下がっていく感じ。
思わず太陽の手を握る手に力が入った。
太陽は、俺を見上げた。
「ヒロ?」
俺を見た太陽は、俺が何か見ていることに
気がついてしまったんだ。
太陽は俺の視線の先を追ってしまった。
その時にハッとした。
不味い。逃げるか?
いや、そんなことしたら駄目だろ?
太陽はどうするんだ?
怖いって言ってただろ?
背中を汗が流れる。
一瞬の間に頭にたくさんの文字が走った。
でも、俺が何か太陽に言うよりも早く、
太陽はママに気がついて俺の手から
離れていってしまったんだ。
「あ」
と漏れた声が、太陽の
「ママだー!」の声にかき消された。
太陽はママの元に走っていってしまった。
俺は何とも言えない気持ちになったんだ。
太陽を取られてしまうとかさ、
これで良いのかもしれないとかさ。
やっぱりママが好きなんだよなとか、
俺はやっぱり、誰かから必要とされるような
人間じゃないんだよなとか。
頭がぐちゃぐちゃだったよ。
太陽。
俺は、お前を救ってやることが出来ていたのかな?
俺は、お前に何度も教えて貰ったよ。
生きていくためにはさ。
食べるだろ。飯をさ。
それって、何を食べるか。
だけじゃないんだな?
俺は、お前と食べるようになって
初めて誰と食べるかも重要だって知ったよ。
一人で食うもんだって生きてきた俺にとって
お前との時間が、凄く幸せなものだったから。