二日目 遠慮すんな
何だ?何か冷たい?
手を動かして、確かめる。
「ん? 濡れてる?」
まだ寝ぼけてはいるけど、起きながら呟くと。
視界の下の方にうずくまる、小さな影が見えた。
何だ?
何か、あ。
そうか、太陽だ。
「太陽か。おはよう」
俺がそう言うと、太陽はビクッとした。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
太陽はうずくまって謝っていた。
状況がうまく呑み込めなくて、とりあえず
あくびをして、頭を掻いた。
そいや、冷たくなってたよな?と思い出して
布団を確認する。
やっぱり濡れてる。
あ、おねしょ?
そりゃ、そういうのもあるよな。
子供だし。
あ、
俺の布団。死んだわ。
ベットは大丈夫なのかな?
やべ。
どースッかな。
色々考えなから、また頭を掻いていたら
太陽が言った。
「ごめんなさい。何時まで外に居たら良い?」
固まる俺。
いやいやいやいや。
まてまてまてまて。
落ち着け俺。寝起きなのに、頭フル回転させた。
「いや、太陽。とりあえず布団干そうぜ
んで、シーツ洗濯だ!手伝え!な?」
太陽の顔を覗き込んだ。
「外に出なくていいの?」
「勿論だよ!今日も店に行って遊ぶんだぞ?
準備しようぜ!
俺もおねしょしたことあるし。
あれだ、誰にも言うなよ?」
そう言った俺を見ている
太陽の目がキラキラしていた。
「え?ヒロもおねしょしたことあるの?
恥ずかしいよね!」
二人で笑った。
太陽はズボンもパンツも濡れてる。
そりゃそうだよな。ガッツリ漏らしてんだし。
とりあえず。
「太陽、シャワーだ。パンツとズボン変えようぜ」
ついでに俺もシャワーだ。
太陽は、多分。
そんなに手のかかる子供じゃない。
自分の事は自分でやるし
解らないことも、ちゃんと手伝おうとする。
それに、無駄に喋らない。
生活も静かだ。
それは。俺もそうだから、
気を抜くとずっと無言になっちゃうから
めちゃくちゃ気をつけてる。
斎藤さんの奥さんも言ってたな。
太陽は凄く、大人の顔を見てるって。
確かになぁ。
見てるかも。
でも、あいつ。
顔見せないことも多いじゃん?
下向いてることが多いって言うかさ。
「あ。太陽。着替えがないじゃん。」
着替えを出すのに太陽のリュックを開けてみたら
空っぽだった。
あの女。
何が着替え入ってるだよ。
くそ。
「どーすっかな。」
「ヒロ。ごめんなさい。
僕がおねしょしちゃったから」
太陽が風呂場からリビングを覗いて俺を見てる。
申し訳なさそうな顔だ。
あれ?
下を向いてない。
謝りながらも、俺をちゃんと見てる。
こんなこと、初めてだ。
無性に嬉しかった。
何でか、嬉しかった。
俺は、また無意識だったんだ。
太陽と居ると、結構多いよ。
勝手に、足が風呂場に向かって
気がついたら、太陽の事抱き締めてた。
太陽は、びっくりしてた。
「ヒロ?ヒロ?どうしたの?」
って慌ててる。
それがちょっと面白くて。
ぷっと吹き出した。
「太陽!めちゃくちゃ格好いい服買おうぜ!」
俺の頭には斎藤さんの笑顔があった。
太陽から体を離して顔を近づけて
斎藤さんの笑顔を真似してにっと笑った。
太陽もキラキラした目で俺を見て
「いいの?僕お金ないよ?」
と言った。
「太陽。初めてあったときも、それ言ってたな。
んなこと、子供が気にすんな!
とりあえず、シャワーだ!飯だ!」
キャーと太陽はキラキラした笑顔。
二人でちょっと長めのシャワーをしてから
シーツを洗濯機に入れて
布団を干した。
空を見て思う。
ナイス太陽!
いや、こっちの太陽じゃなくてね。
空の方。天気よくて助かった。
こっちの太陽には、とりあえず俺のシャツを着せた。
下は、勿論スッポンポンだよ。
仕方ないだろ。
朝飯作りながら考えた。
これじゃ、太陽連れていけないよな。
どーすっかな。
留守番できるのかな。
でも、サイズとか。俺わかんねーな。
考えてるうちに、簡単な朝食の完成。
トーストと目玉焼き。
あとオニオンスープね
俺、得意なの。オニオンスープ。
んで、俺の飯食ってる太陽もこのスープが大好きなんだよね。
朝食を机に並べてたら、太陽が言う。
「わー!スープだ!美味しいやつ!」
この時の太陽の顔が、俺のテンションをあげるんだ。
「俺のスープうまいだろ?
いっぱいあるからな?おかわりしろよ?」
「うん!おかわりするよ!
美味しいよ!絶対!いただきます!」
はふはふ言いながら食べ始めた太陽を見て
俺も、コーヒーを少しずつ飲み始めた。
スマホ取ってLINEを開く。斎藤さん。
俺、頼りすぎだよな。でも、仕方ない。
斎藤さんの奥さんに聞きたい。
子供の服のサイズ。
斎藤さんにLINEを打ってから。
俺も朝食を食べ始めた。
太陽は、美味しいね美味しいね
と言ってスープを二回おかわりしたんだ。
LINEの着信音が鳴った。
そして、そのあとすぐに
インターホンが鳴った。
俺達は、食器の片付けをしていたんだ。
「誰か来たね。」
太陽がそわそわする。
「誰だろな。」
俺も結構そわそわした。
まさか、あの女じゃないよな?
インターホンで返事をする。
ちょっと、声が小さかったかもしれない。
「はい。」
「あ、ヒロ君?私。斎藤です。」
「え?斎藤さん?。。の奥さんですか?」
「そうそう!太陽君の服。ちょっとお古だけど、
持ってきたの!合わせてみて!」
「マジっすか?ありがとうございます!」
びびる。斎藤さんは仕事が早い。
インターホンを切って、玄関を開ける。
斎藤さんの奥さんが、紙袋一杯に
子供用の服を持ってきてくれた。
斎藤さんの奥さんは、俺を見て小さな声で
「大丈夫?慣れてないから疲れてない?」
と聞いてくれた。
返事をするより早く
俺の後ろから、太陽が顔を出した。
「あ!さえこちゃんだ!おはよう!」
今の、太陽には聞かれてないみたいだ。
セーフ。
斎藤さんの奥さんが手のひらを太陽に出すと
太陽は、その手にタッチした。
そのまま手を握って、ぶらぶらして話した。
「おはよう!太陽君。今日も沢山遊ぼう!」
二人でニコニコしている。
親子やん。端から見るとそのものですね。
それよりも。
さえこさんって言うんだ。
俺より、仲良くなってんじゃん。
太陽のやつ。
スゲーな。まじで。
ま、今はそんなこと気にしないで
服のお礼しなきや。こんなに早く答えてくれて
ありがたい。まじで。感謝。
「こんなに沢山イーんですか?」
斎藤さんの奥さんは切なげに紙袋の中の服を見た。
「うん。もう、使ってないからね。
使って貰えると嬉しい。」
なんか、訳あり。かな?
突っ込まない方が良さそうだな。
そう思って、話を変えた。
「そうっすか。助かります。
今、太陽。着るものなくて。
俺のシャツのした。スッポンポンなんで」
太陽は、恥ずかしそうにしながらも、
斎藤さんの奥さんの手を離さないでいた。
ふふふと斎藤さんの奥さんは笑っていた。
「あ!そうだ。ヒロ君、そろそろ出勤でしょ?
太陽君と先に店にいってるから、太陽君に服着せてみて!」
斎藤さんの奥さんは、俺に紙袋を渡してくれた。
「あ、すんません。じゃあ、
太陽、これ着てみな。」
と、紙袋の中のパンツとズボンとシャツを取って渡す。
太陽は新しい服にめちゃくちゃ喜んだ。
サイズもちょうど?かな?
とりあえず、これで外に行ける。
太陽を斎藤さんの奥さんにお願いして、
俺は残りの片付けを済まして
止まっていた洗濯機からシーツを取り出した。
ベットは、何とかセーフ。
マジで、マットレスまでいってたらヤバかった。
対処法、聞いとこ。
そんなことを考えながら着替えを済まして家を出た。
いつもの時間に店に着いた。
太陽と斎藤さんの奥さんは店の外の掃除。
斎藤さんは、もう仕込みにはいってたから
俺もちゃちゃっと着替えて、仕込みにはいった。
俺は、斎藤さんにお礼を言たかった。
「斎藤さん、おはようございます。」
「おう。今日も宜しく!」
「あの、今朝ありがとうございました。
太陽の服。沢山。めちゃくちゃ喜んでたし
俺も助かりました。」
「いや。使って貰えると嬉しいよ!」
「あ。はい。斎藤さんってお子さんいたんすね。
知らなかったです。」
チラッと斎藤さんを見たけど。
視線をすぐ手元に戻した。
なんだろ。変なことは聞いてないはずだよな?
妙な緊張感。
「子供な。
いや。
うん。
居たんだよ。
でもさ。ダメだったんだ。
あー、何て言うか。なかなか出来なくてな。
不妊治療ってやつ?してたんだけど、何回か流産
しちゃってさ。
あいつ、しんどかったと思うよ。
んでさ。やっと、やっと予定日なってさ
産まれたーと思ったら
死産だったんだ。
もう、二人してぼろぼろ。
服はさ、産まれる前から楽しみでさ。
大きくなったらこんな服とかって揃えてたからさ
新品なんだぜ?捨てらんなくてな。
まぁ、役に立って良かったよ!」
そう言った斎藤さんに、いつもの笑顔はなかった。
声は、いつも通りの明るい声だったんだよ。
斎藤さん。
斎藤さんも、辛かったんすね。
「あーやめだ。ヒロ。この話、さえこにはすんなよ?
あいつ、大好きだった保育士の仕事も手に付かなくなってな。
今は、あれだ。羽やすめってやつ?
だから、太陽の事がさ。
良いリハビリになってんだよ。
あの服も、やっと手放せた。
ヒロが言ってたみたいに。
俺らもそうなのかもしんないよ。
俺と、さえこもきっと太陽に救われてんだわ。
前向けって背中押して貰ってる気ぃするよ。
だから、色々遠慮すんなよ。」
斎藤さんは、そう言って手を休めて
奥さんと太陽の様子を見にいったんだ。
俺はまた何も言えなかった。
不甲斐ない自分が嫌になる。
それから、仕事に追われて太陽の事は
奥さんに任せきりで。
また、1日が終ってしまった。
休憩室に戻ると太陽の寝顔があった。
寝顔を見て、ふーとちょっと大きめの息を吐く。
バックヤードで着替えを済まして、
寝ている太陽の隣に座って、スマホを取り出した。
しばらくして、ノックと同時に斎藤さんが入ってきた。
「ヒロお疲れ」
口の前で指を一本立てながら言った。
小さめの声。太陽が寝ているからだ。
俺も真似して小さな声で答えた。
「お疲れ様です。」
斎藤さんの後ろから奥さんも入ってきた。
「ヒロ君。お疲れ様。」
斎藤さんが、奥さんに言う。
「さえこ、声でかいよ。」
やっぱり小さめの声。
「大丈夫よ。寝落ちしたんだし。
体の割に気が小さいんだから。」
ね?ヒロ君?
って口パクしながら、奥さんは俺を見た。
そんな二人のやり取りがちょっと面白かった。
「奥さんお疲れさまです。
今日も太陽の事ありがとうございました。
任せっきりですみません。」
太陽を見ながら、頭を下げた。
「そんなこと気にしないで。私も楽しいんだから。」
奥さんは、笑ってくれた。
「凄くいい子よ。ワガママいわないし。
イイコ過ぎて、心配になるくらい。だから、疲れないの。」
奥さんも太陽を見ていった。
「ヒロ君。昨日の話だけど。考えた?」
昨日の話?
何だろう。
「えっと。」
「警察に連れていくか、養子にするかって話。」
あ。
やべ。何も調べなかったわ。
「やっぱり、この状況はどう考えても
異常だよね。警察に相談した方が良いんじゃないかな?
太陽君の人生って言うか。
命に関わると思うよ。」
え。命か。
んー。
警察か。
「俺が、親になるとかって
考えたこともなくて。
俺なんかには無理なんじゃないかなって。
それに、太陽はママと離れたいとは
思ってないんじゃないかな?って思います。」
俺は、太陽の事を一番に考えたつもりだった。
本当に、そうだったんだよ。
斎藤さんも斎藤さんの奥さんもそれ以上は
なにも言わないでいた。
太陽が自分の人生を決めるには、
まだあまりにも小さくて。
家族でも親族でもない俺達には
どうすることも出来ない現実に
ただただ、太陽の顔を見ていることしか出来なかったんだ。