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光 ~道しるべ~  作者: カガミモチ
6/11

一日目

開店より三時間も前の店にいる。

太陽と俺と斎藤さんと、斎藤さんの奥さんの四人。


昨日、電話で俺の話を真剣に聞いてくれた斎藤さんは

俺と太陽に早くに店に来るように言ってくれた。


店に着いたら、奥さんもいて

太陽の相手をしてくれた。


最初は太陽も、知らない大人に囲まれて

緊張してたけど。

何て言うか、すげーんだ。

斎藤さんの奥さんは元保育士さんだから。

子供の扱いがめちゃくちゃ上手い。


あ、今は休職中なんだって。


それに、斎藤さんは。

俺には頼れる人間が一人もいないことを知っているから

ほんとに親身になってくれた。


俺と斎藤さんは客席の1つに向かい合って座って、

斎藤さんの奥さんは太陽と店の前の掃除をしている。


ここから見ても、太陽は笑ってる。

掃除してるだけなのに。

さすがです。

なんでか、俺も勉強になるなーなんて思いながら見ちゃう。


「ヒロってさ。スゲーのな。」

斎藤さんが俺を見て言った。


「え?どこがですか?」

俺は、斎藤さんの思いがけない言葉に

そう答えた。


「もし、俺が公園で子供を見たとしてもさ。

ヒロみたいに声かけてやることが出来たかわかんない。」

斎藤さんは、そう言った。


確かに。

俺も最初は何でそんなことしたのか解らなかった。

でも、少しずつ太陽と過ごす時間が増えたことで

解ったことがあるんだ。


「斎藤さん、俺。」


「うん。」


「俺もなんです。俺も、親に愛されなかったんですよ。」


「うん。」


「はっきりと解ったのは、9才の時の誕生日の日で。」


「うん。」


「その日、俺。父ちゃんと母ちゃんにゲーム機欲しいって


頼んでたんです。一週間くらい前からずっと楽しみにしてて


手伝いもめちゃくちゃしたし、宿題とかも頑張って


誕生日めちゃくちゃ楽しみにしてたんです。」


俺は、ポツリポツリ話し始めた。

最後まで話せるのか自信がなかったけど。


斎藤さんには、話せる気がしたんだ。


「うん。」


「でも、その日学校から帰っても。誰もいなくて。


いつもは、ただいまって言うと母ちゃんにお帰りって


言われるんですけど。その日は無くて。」



「うん。」


「夜、10時まで俺一人で。」


「うん。」



「10時過ぎたとき母ちゃんが帰ってきて、俺。


玄関まで急いで行ったら。母ちゃんの後ろに知らない


男が居て。俺、腹減ってたし。


誕生日のプレゼント欲しくて、母ちゃんに


今日、俺誕生日だよ?って言ったんです。」


「うん。」


斎藤さんは相槌するだけ。

何でだろな。それが凄く心地よかった。

だから、話せたんだ。


「後ろの男が笑ってて、母ちゃんは見たこと

無い目で俺を見てて。それで言われたんです。



あんたのせいで、私の人生が狂ったんだって

ずっとずっと我慢したけど、もう限界だって。」


解んないけど息苦しい。酸素が足りない。


俺は、知らないうちに泣いてたみたいだ。

涙が落ちて、泣いてることに気がついた。


段々、早口にもなってさ。

止められない。何だこの感じ。

身体中全部が心臓になったみたいに脈打ってさ。


鮮明に思い出した。あの時の母ちゃんの顔。


母ちゃんの目。


母ちゃんの言葉。


「あんたのこと、これ以上私が面倒見る筋合い無いから

私の前に顔出さないで。気分が悪くなる。

そう言って、母ちゃんは男と部屋に入っていって。

俺は何がなんだか解んなかった。」


手が震えた。


もう、思い出になってると思ってたのに。

どうでも良くなってると思ってたのに。


体が震えるほど泣けてきたんだ。


「その日から父ちゃんは、帰ってこなくて。


その男が、いつも家にいるようになったんです。


母ちゃんは、俺のこと見てくれないし。話しかけても


答えてくれなくて。困りましたね。

集金とか、そう言うのはめちゃくちゃ困った。」


ははっと乾いた笑いが出た。

泣いてるけど、笑えた。情けなくて、どうしようもない。


腹の奥がズクズク重くなる。

苦しくなった。


そんな俺の気持ちが、解るわけもないのに

斎藤さんが背中をさすってくれた。


「無理して笑うなよ。ヒロは何も悪くないだろう。

勝手に振り回しやがってさ。ふざけんなよな?

狂わされてんのはヒロの方じゃねーか」


斎藤さんの言葉で、俺の腹の奥のズクズクしたものが

体に染み込むような気がした。

俺は、斎藤さんの服の裾をぎゅっと掴んでた。

掴まってないと、染み込んできたものが

消火できないような気がしたんだ。


「飯食えなくて。作ってくれないし、何もなくて。


家にも居れなくて、夜以外家にいると男に殴られるから。」


俺の震える手に、斎藤さんの震える手が重なる。


「俺、誰にも言えなくて。学校でめちゃくちゃ給食食って、


腹減らないようにしたり、自分で少しずつ料理覚えたりして。


バイト初めてからは、早く家出れるように金貯めて、


俺に出来るのは自分の飯作ることくらいだったから


学費貯めながら料理人になる為に必死で生きて。」


鼻水啜って、俺も真似して斎藤さんの震える背中を擦った。


「成人するまでは自分で家借りれなかったから、

友達の家に泊めて貰ったり。公園で寝たりしてたんです。


やっと、自分だけの力で家出れたとき。

俺、辛かったって気持ちとか何もなくて。

俺なんか誰にも必要とされないんだなって

本当になんか、空っぽだったんです。」



「公園にいた太陽が俺に見えて。

あの時の俺と同じだなって思えて。


俺、太陽を笑顔にしたいなって。


いや。ちがうな。そうじゃなくて、多分。

俺は、きっと

あの時の俺を笑顔にしたいんです。

太陽に何かしてやることで、

俺自身が救われてく気がしてた感じです。」


斎藤さんは、俺を抱き締めてくれた。

斎藤さんも鼻を啜ってる感じ。


俺のために泣いてくれる。

優しいよ。斎藤さん。

もう、俺何しゃべってんのか解んないくらい

ぐしゃぐしゃで。

鼻水もたれて。情けないけど。

だめだ。もう、止まんないな。



「太陽と一緒に居ると、俺もあの時辛かったんだって事

ちゃんと思い出せる気がするんです。


俺、何も悪いことしてないじゃんて。そう思えて。

ずっと、自分がダメだから

母ちゃんがこっち見てくれないって思ってたけど


そうじゃなくて、

ちゃんと、母ちゃんを責めることが出来るから。」


「やっぱり本当は、太陽に救われてるの。俺なんですよね。」


しっくりきた。

整理が出来たんだよ。俺の中で。


鼻水啜ったり、嗚咽もして

めちゃくちゃ泣きながらだったから

雑音も酷かったけど。

こんなにちゃんと自分の気持ちを人に話したのは

初めてで、何て言うか整理は出来たけど、

俺の中が凄いことになってた。


感情の波が引かなくて。

涙も鼻水も止まんなくて。

身体の中にでかい竜巻が有るようで。

今なら、何でも喋れる気がした。


「ヒロ。ぐぅぅ。」


斎藤さんも、鼻水垂らして泣いてくれた。

からだが揺れてる。それを見てると自然と笑顔が出た。

喋れないみたいだし、俺のことも離さない。


斎藤さん、ありがとうございます。

本当に。


「俺、斎藤さんのおかけで

本当に少しずつ変われてたんです。


誕生日とか。スゲー嫌いだったんですけど。

ケーキとかめちゃくちゃ嬉しくて。


誕生日も悪くないって思えたし。

だから、俺。斎藤さんみたいになりたいんです。」


斎藤さんは声にならない感じで、下向いたまま

ぐぅぅとか、うぅぅとか言ってる。


ちょっと、ウケるよ。

悪いけどね。


「ヒロ。家の嫁、毎日連れてくるからな。

安心して仕事に来いよ。太陽と一緒にな。」


やっと喋りだした斎藤さんは、そう言ってくれた。

俺は、外で斎藤さんの奥さんと笑ってる太陽を見ながら


「ありがとうございます。斎藤さん。」

と言ったんだ。



なぁ、太陽。

俺は、自分の気持ちと少し向き合えた気がする。

しんどくなる時も有ると思うけど、

誕生日。カレンダーを黒く塗りつぶさなくても

大丈夫になったとおもうよ。


ありがとな。太陽。


お前は何を思って、何を感じているんだろうな。



一日目は、俺と斎藤さんは目を赤くしながら働いた。

太陽は斎藤さんの奥さんが、

公園で沢山遊んでくれてんだ。


昼飯は店で食べて、今度は休憩室で絵を描いたり

トランプしたり、とにかく付きっきりで面倒見てくれたんだ。


太陽は、ずっと楽しそうにしてた。

だから、俺が帰れる頃には太陽

寝ちゃってたんだ。


疲れたんだろうな。

緊張もしてたかな。


太陽の寝顔を見て、俺の顔も自然と緩む。

一日目が終わったと、ホッとした。


着替えが終わる頃、休憩室の扉がノックされた。


入ってきたのは、斎藤さんの奥さんだ。

「ヒロ君、お疲れ様。」


「お疲れ様でした。あの、太陽の事。

ありがとうございました。」


「全然!私も楽しかったし。久々に子供と遊べて

楽しかったから。気にしないで!明日からも任せてね。」


「本当にすみません。助かります。」


「んでね。ヒロ君。

太陽君は、ネグレクト受けてるんだと思うよ。

虐待されてる。やっぱり細すぎるし、6才にしては小さい。


それにね、絵を描いて貰ったんだけどね。

太陽君はお母さんの絵を描いてくれたの。


でも、顔がないんだよ。

顔が描けないんだって。

思い出せないって言ってた。


きっと、叩かれたりとか

そういうのもあったかもしれないよ。


このまま、一週間後に

親のもとに返すのは、私は反対。危ないと思う。」


斎藤さんの奥さんは真剣な表情だった。


解ってる。俺も解ってるんだよ。

でもさ、でも。


「太陽は。ママの事大好きって言ってませんでした?」


俺の質問に斎藤さんの奥さんは、頭をかいた。

俺だって、あの女は嫌いだし

また、太陽がびくびくしながら生きてくと思うと

腹が立つ。めちゃくちゃ腹立つよ。


それでも、太陽の気持ちはさ

ママじゃん。

ママ大好きじゃん。


「あいつが、ママより俺を選んでくれれば


それで、俺が受け入れれば。


俺があいつの家族になってやれるんてしょうか?」


「ヒロ君。それは、難しいね。

親の所に帰すのが危ないって言うことは、このまま

警察に連れていって保護して貰うって事になるよね。


そしたら、多分。太陽君は施設に入ることになると思う。」



施設。

そうか、あいつとは一緒に居てやれないのか。


斎藤さんの奥さんはスマホを取り出して、いじりはじめた。


施設に入るとしたら、

あいつは、やっぱりしんどいのかな。

しんどいよな。


「もし、ヒロ君が太陽君を引き取りたいなら

里親みたいなのになるしかないかな。

それか、養子かな?お母さんどんな人だった?


素直に手続きしてくれそうな人だったら良いんだけどね。」


俺が、里親か。

それか

養子にするのか、太陽を。


俺が親になるのか。


親か。



「なるほど、俺も調べてみます。

とりあえず、今日は太陽連れて帰ります。


明日もよろしくお願いします。

お疲れ様でした。」


考えるところまで頭が働かないから、

とりあえずそう言った。


斎藤さんの奥さんに手伝って貰って太陽を

おんぶした。すんげー軽い。


虐待。警察。施設。里親。養子。


帰り道、歩きながら

五つの熟語が頭のなかをぐるぐる回っていた。


とにかく、何とか一日目が終わった。

すんげー疲れた。


俺、今日は疲れちゃったんだ。

感情の爆発。これって結構カロリー消費するんだな。


ぐったりだよ。

だから、今日は考えたくなくて

早めに寝よう。そう思っていたんだ。


ごめんな。太陽。


俺がもっと早くに行動に出ていれば、

お前をあんな目に合わせないで

すんだかもしれないよな。


この時の俺には、1日1日過ごすのがやっとで

本当にやっとで。


少し先の事を考えることが

出来なかったんだ。











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