安心と不安
家に着くと、緊張した太陽の顔も
少し緩んだ。
俺も少し肩の力が抜けた。
俺んち、何もないんだよな。
テレビとベッドと冷蔵庫に、洗濯機。
そのくらい。後、Switch。
これは、欠かせないよな。
散らかるほど物がないから。がらんとしてる部屋。
太陽は、靴を丁寧に揃えて上がる。
ビーサンだけどね
部屋の中を見回して、キラキラした笑顔で俺を見て
「凄いね!ヒロ!広いね!」
と言ってから口を手で押さえた。
「ごめんなさい。イイコにしてなきゃ」
と言う太陽の顔は、下を向いたせいで見えなかった。
髪の毛なげーから。
そして、やっぱり埃っぽい臭いがするんだ。
まずは、風呂かな?
いつも、気になってたんだよ。
あー。失礼かもしんないけど、仕方ないよな。
「なー、太陽。最後に風呂入ったのいつ?」
太陽は、首をかしげた。
「んー。ママがシャワーした時にタオルくれるから
それで頭とか顔とか拭いてるよ」
拭くだけね。
なんか、もー慣れましたって感じです。
「了解。風呂入れてくるから、手を洗ってうがいしろ
タオルはこれな」
太陽が使うには少し大きめなタオルを渡してから
洗面所に案内して、案内ってほど広い家じゃねーけど。
「泡付けろよ。良く洗え、うがいもだぞ?」
と太陽が手にハンドソープを付けたのを確認してから、
俺は風呂の掃除をする。
風呂の掃除をしてたら洗面所から太陽の声。
「ヒロ、ごめんなさい。下濡らしちゃった。」
風呂場のドアは少しだけ、透けて見えるんだ。
小さな太陽が、肩を丸めてる影が見える。
「ごめんなさい。叩かないで。」
消えそうな、泣きそうな、そんな声。
ぎゅっと握られたように胸が苦しくなる。
叩いたりしねーよ?
普通、そんくらいで叩いたりしねーよ。
そう思った。
俺はまだ、泡だらけのスポンジ持って風呂場にいたから
解んなかったけどさ。
お前は今、どんな顔してんだろな。
だから、大袈裟に明るい声を出したんだ。
「なんだー?太陽。漏らしたのかー?」
「ち、違うよ?!おしっこじゃないよ?!
水が垂れちゃったんだよ。」
太陽は、さっきの倍以上大きな声で否定する。
慌てたような、驚いたような、そんな声。
それがおかしくて、俺は大きな声で笑ったんだ。
そしたら、太陽も緊張の糸が切れたみたいに
大きな声で笑ったんだ。
ドアに挟まれて、顔も見えないのに
二人で大笑いした。
肩を丸めてた小さな影が、
少しだけ大きくなったように感じた。
俺は風呂を洗う手を止めずに笑った。
そう、笑いすぎてさ
涙が少し出た。
笑いすぎたから。
風呂の泡を流して、お湯を張る。
手の泡を流して、風呂場を出た。
ドアを空けると太陽がタオルを持って下を向いてた。
「お、タオルサンキュー」
太陽からタオルを取って、手と足を拭いた。
太陽は、黙ってた。
さっきまで大笑いしてたのに、しょんぼりだ。
きっと、怒られると思ってるんだよな。
叩かれると思ってるのか?
ふーっとちょっと大きめに息を吐いてから。
太陽の前にしゃがみこんで言った。
「太陽、水が垂れたくらいで気にすんな!
垂らしたら拭けば良い。それだけだろ?」
俺は太陽の顔を覗き込んだ。
泣きそうな顔だ。
こんな些細なことにびくびくしながら生きてんのか。
太陽の顔を見てるはずなのに、
あの女の顔が思い浮かんだ。
黒い感情に支配されそうで
頭をふるふる振った。
ふっと短い息を吐いてから、言った。
「太陽、風呂入ろうぜ!
あ、一人で入りたいか?」
「お風呂、どーやるの?」
太陽は、恐る恐る俺を見る。
だから、俺は精一杯笑ったんだ。
斎藤さんの笑顔を思い出しながら。
「まずは、裸だ!」
俺はサクサク服を脱いだ。
太陽は、えーと言いながら笑ったんだ。
笑いながら、少し恥ずかしそうに脱ぎ始めた。
やっぱり、細いな。
そんなことは、今は良い。
まずは、太陽を笑顔にしたい。
俺は、太陽を救ってやりたい。
そんな気持ちでいたんだ。
洗い場の椅子に太陽を座らせる。
まずは、シャワーで太陽を洗った。
目をつむってろって言って頭からシャワーをかけてやる。
キャーと言いながらも笑ってる。
こんなの初めてと騒いだ。
キラキラした太陽は、そう言って笑う。
俺は、楽しかったけど。
切なくもあった。
太陽の髪の毛は、お湯がなかなか入っていかない位
ごわごわしていた。
足とか、いつもビーサンだからか
シャワーのお湯が茶色くなった。
太陽は目を閉じてたから見てないけど、
俺はそれを見せたくなかった。
だから、わざと長めにシャワーで遊んだんだ。
やっとシャンプーで洗い始めたけど、
一回じゃ綺麗にならなくて、二回目、三回目と
洗っては流してを繰り返した。
頭を洗いながら、
「髪切りたくないかー?
こんなに長いと邪魔だろ?」
って聞いてみた。
太陽は、少し考えてから
「自分で切ると、ゴミが散らばって怒られるから。」
太陽。お前が言うことに、いちいちビビったりは
しなくなったけどさ。
俺は、お前の普通を少しずつ俺の普通に近づけてやりたい。
そう思ってる。
まだ、小さいお前には難しい話かもしんないけとさ。
「太陽。あんまり子供は自分で髪の毛を切らないんだぞ」
と、言ってやる。
「え?そうなの?みんな短いのにね!」
「髪の毛切っていーか、太陽のママに聞いてみようかな?
俺が切ってやるよ。やったことないけど」
そんな話をしながら、次は体を洗い始める。
体も、ごしごし擦ったら痛いかと思って
手に泡を付けてくすぐってやった。
大事なところは自分でやらせたよ。
勿論。俺だって、気は使えるんだ。
足とか特に念入りに洗ったよ。
とにかくピカピカにしてやった。
ずっと笑ってんだ。
だから、俺も笑ってたよ。
湯船も気に入ったようで一時間近く風呂に時間をかけた。
たいして広くもないんだけどさ、
初めて温泉に来た子供みたいで。
湯疲れするんじゃないかって思うくらい入ってた。
笑ってたよ。笑ってたけどさ。
本当は切なくて、苦しかったよ。
それから、俺達は。
公園で食べるはずだった夕飯を俺の家で食べて、
歯磨きをして。
決して広くはない俺のベットで、
二人で一緒に寝たんだ。
太陽は、布団に入ると
「暖かいね。気持ちいいね!」
とまた、元気になった。
でも、そう言った後直ぐに寝たんだ。
あまりにも寝るのが早くて、
俺はプッと笑って、太陽の寝顔を、見ていた。
寝顔は、凄く幼くて、小さくて。
体も細くてさ。
でも、1つ安心できた。
体に痣みたいなものが1つも無かったから。
その、1つの安心も
直ぐに押し潰される程、不安の方が大きかったけど
これから太陽と過ごす一週間を想像しながら
俺はスマホを触っていた。
だってさ、子供と過ごすなんてしたこと無いしさ。
どーしたらいーのか解んないじゃん。
とりあえず、明日どーするか考えないと。
ヤバい。
明日は、俺仕事じゃんね。
とりあえず、斎藤さんに相談だ。
LINEを開いて、斎藤さんになんて書こうか考えた。
考えれば考えるほど
凄い、複雑な内容だよな。
LINEで伝えるのは、何か違うのかもしれない。
悩んだ末、斎藤さんに電話をした。
発信音が鳴る。
しばらくして、疲れた感じの声の斎藤さんに繋がった。
俺は、何て話そうか全然考えてなかったから、
初めはなんも言えなくて。
でも、斎藤さんはそんな俺の気持ちを解ってくれてるから
焦らせずにいてくれた。
ポツリポツリと話し始めた俺の話を
斎藤さんは、うなずきながら
最後まで聞いてくれたんだ。