友達
普通だった。
俺の家族。生活。
どこにでも居る家族だったと思う。
父ちゃんも母ちゃんも好きだったし、
仲も良かったよ。
旅行の記憶は無いけどさ。
動物園とか行ったりしたんだ。
車の中では、しりとりしたりして。
父ちゃんは、運転してたからさ。
しりとりには入ってなかったけどさ。
俺はいつも、楽しかったんだよ。
毎年、誕生日には父ちゃんと母ちゃんが
プレゼント用意してくれたりしてさ。
ホントは違うものが良かったって思った時もあったよ。
周りの皆が、ゲームで遊んでたりするしさ。
俺もゲーム欲しいって言ったときあったんだよ。
そしたら母ちゃんが約束してくれたんだ。
次の誕生日にって。
手伝いも増やすし、宿題も忘れたらダメだって
言われたけど。
俺は嬉しくて、嬉しくて、跳び跳ねて喜んだ。
だからちゃんと、宿題もしたし。
手伝いもした。
貰うはずだったんだ。
9才の誕生日に。ゲーム機。
約束してたんだ。
なのにさ。
うまくいかねーよ。
楽しかったんだよ。
俺だって。
幸せだって思ってた。
別に、ゲーム機貰えなかったから
誕生日が嫌いになったって訳じゃないんだ。
ただ、子供だった俺には受け止めるのが難しくて
全部が真っ黒になったんだよ。
それまでは誕生日、楽しみだって思ってた。
9才の誕生日まではね。
「おーい!ヒロ。上がっていーぞ。」
「あ。はい!お疲れ様でした。」
今日は、嫌なことばっかり考えちまう。
ふーと、ちょっと大きめに息を吐いた。
別に仕事に疲れた訳じゃない。
今日は、そんなに忙しくなかったし。
でも、あれだ。
気持ちが疲れてんだ。
思い出したくもねー事ばっかり、思い出すし。
考えたくもねーことばっかり考える。
呪いだよな。
呪いは続いてんだよ。切ったつもりでも
根っこは抜けない。
親子は、どーやったって他人にはなれねーし。
どーやったって付いて回るんだよ。
バックヤードに入って、うつむいて着替えていると
「ヒーロっ」
「わっ!びっくりした。」
「お前、今日は変だぞ。何か暗い。
んー。いつも、別に明るくないか」
と、ちょっと失礼な事をいって笑うのは、
この店の店長。
坊主頭の斎藤さん。一回りも年上だ。
体は大きい。縦にも横にも。
少しだけ、熊っぽいと思う。
この人は、面倒見がよくて
そして、良く笑う。
俺が、この店に入ったとき。
顔が死んでるぞって良く言われた。
今は大分良くなったんだと。
斎藤さんは、そう良く言ってくれる。
最近、ちゃんと笑えるようになったなって。
俺は、この人の言葉に少しずつ少しずつ
色んな事を修正してもらってるんだ。
俺にとっては、兄貴みたいだし。
親みたいだし。
先生だ。
「ヒロ!じゃじゃーん」
と小さめな箱を、差し出してきた。
「えっと、これは?」
「なんだよヒロ!お前は、今日で28だろ?
まさか、ケーキもなしとか言うなよ?
勿論、今日は可愛い彼女と一緒だろ?」
「いや、一人ですよ。
彼女とか、居ないの知ってるじゃないっすか。」
「知ってるよ!だから、せめてこれ!
俺の最新作だよ。来週からデザートに加えようと思ってさ
食べてみてよ!んでさ、感想ちょうだい。」
にっと笑う。
優しい顔だ。
「ありがとうございます。頂きます。」
覚えててくれた人が居た。
こんな些細なことが、
俺が生きていてもいーんだって思う糧になっていく。
そんな気がした。
「ふっふーん」
まだ何か企んでる顔してる斎藤さんは、
紙袋も差し出してきた。
「なんすか?」
「ケーキだけと思っただろ?
これも、持ってけ!力作のミートパイ!
家帰ったって。飯、一人なんだろ?
せめてよ、作ってやりたくてさ。
それ持って、さっさと帰れ!お疲れな!
あれ?明日休みだよな?」
「はい。休みです。」
紙袋も受け取って、ちょっと中身を見る。
使い捨ての銀皿に乗った大きめなミートパイ。
「また。明後日ヨロシクな!」
肩をポンと叩かれた。
なんだか、腹の奥でズクズク重くなってた鉛みたいなのが
軽くなったような気がした。
だからだろうな、
俺は、きっと泣きそうな顔だったと思う。
それでも、きちんと伝えたくて、顔を隠さずに
ちゃんと目を見て言ったんだ。
「斎藤さん。本当にありがとうございます。
本当に、マヂで嬉しいです。お疲れ様でした。」
斎藤さんも、そんな俺を見て少しの目を赤くした。
斎藤さんは、結婚してる。
奥さんは保育士やってるらしい。
「元々、うちの店の上連だったんたぞ。」
って3回くらい聞いたと思う。
すぐ、忘れるんだ。斎藤さんは。
同じ話を何回もする時がある。
そんな、斎藤さんでも
覚えててくれたから。
俺は嬉しくて跳び跳ねて喜びたい気持ちだったんだ。
裏口から出て、家に向かう。
今日は、いや。今年の誕生日はちょっと良い誕生日だ。
と思いながら、何時もより軽い足で歩いた。
いつもの道を歩いていく。
滑り台が見えた。
ふっと、その下で動く人が見えた。
何か探してる感じ。髪の毛が長くて良く顔が見えないけど。
見覚えのある大きさで、太陽か?そんな風に思って
目が離せなかった。
その子は、公園の端。滑り台より奥にある
花壇の奥に生えていた草をブチッと取って。
そのまま口に入れた。
え?
入れた様に見えた。そう、はっきり見た訳じゃないけど。
フリーズする。
目は離せない。
自分の心臓の音がはっきりと聞こえた。
何だろう。驚きと言うか、少しの恐怖と言うか。
この感情は、どうやって表現したらいーのか。
大切なものが壊れていくときの焦りにも似たような。
そんな感じがした。
そのまま、その子がこっちを向いた。
口がモゴモゴしてた。
太陽だった。
太陽だったんだよ。
「ヒロ。」
俺に向かって、呟く声が
あまりに小さくて。返事が出来ないで居ると。
そのまま、太陽は座り込んだ。
座り込んで、口から噛んだ後の草を出したんだ。
声をかけて良いのか、わからなかった。
近寄って良いのか。
太陽なのにさ、知らない子供にも見えた。
太陽は、口から出した草に砂を被せて
俺を見た。
砂をかける手は止めずに
「草は美味しくないね」
と言って笑ってんだ。
多分、泣いてたとおもう。
太陽の目から涙が出たのが見えた。
俺は、太陽の前にしゃがんだ。荷物をおいて。
一緒に草の上に砂かけて、
更にその上に、山を作りはじめながら思った。
気の利いたことなんて俺には言えないんだよ。
太陽の事、なんも知らないしさ。
適当なことなんて、言えないじゃん。
嘘だよ。
適当なことならいくらでも言えるよ。
俺も、今までしんどい時にさ。助けて欲しいときに、
適当な事言ってくるやつ居たしさ。
そういう言葉って、俺は嫌いなんだよ。
言われた方は、虚しいだけなんだよ。
俺は虚しかった。
信頼してたやつからの、適当な言葉は特に
忘れらない。
未だにね。根に持つとかじゃないんだよ。
結局、俺ってそんなもんなんだって
思い知らされたんだよな。
太陽は、考え込んだ俺を
山を作り続ける俺を見て言ったんだ。
「ママが帰ってこなくて。食べ物もなくて。
外に出たらダメって言われたけどね。水飲みたくて。」
俺は、山作るのをやめて太陽を見た。
良く見ると、風呂入ってないんだろうなって感じの頭だ。
腕も、足も細い。
服もこないだと同じだ。そして、裸足にビーサン。
さっき、治まったはずだったのに。
腹の奥がズクズク重くなってたのを感じた。
きっとこいつも、ズクズク重くなって仕方ないんだろうな。
俺は、斎藤さんに貰った荷物を太陽に見せた。
「太陽、これ見ろ!
俺さ、今日誕生日なんだよ。ケーキもあんだぞ。」
「そうなの?」
太陽は、袋のなかを覗き込んだ。
「前も言っただろ?俺さ一人で食うのは苦手なんだよ。
また、一緒に食べようぜ!」
俺はにっと笑って見せた。
斎藤さんみたいに出来てるかな?とか、思いながらね。
太陽は、そんな俺を見て目に涙を貯めた。
目に涙を貯めたまま、俺に言ったんだ。
「ヒロ。僕と誕生日同じなんだね」
そう言った太陽の目から涙が溢れた。
溢れた涙を見た時。
胸が締め付けられるように苦しくなった。
息が出来なくなったんだ。
気がついたら、俺は太陽を抱き締めてた。
汗臭くて埃っぽい匂い。
風呂入れよ。
見た目で小さいのは分かってたけどさ
お前細すぎるよ。
こんなに小さいのに。
抱えきれないほどの、試練を与えられた太陽。
お前が何をしたんだよ。
なんも悪いことしてねーだろ。
救ってやりてーな。
俺に何がしてやれんだろ。
抱き締められた太陽は、泣いていた。
泣いてるんだけどさ。
でもさ、声を殺してんだよ。
太陽。
大きな声で泣いてくれよ。
その声が聞こえれば、俺はいつでもお前のそばに行けるよ。
声を殺してるお前を腕の中で感じてるのが
辛くて、辛くて。何も出来ないで自分が嫌で。
俺も涙が出てたんだ。
二人して、声を殺して静かに泣いてた。
涙が落ち着いた頃。
太陽が言ったんだ。
「食べたい」って。
俺も、「腹減ったー」とか言って。
二人でベンチに座って斎藤さんに貰ったミートパイを広げた。
太陽は、また初めて見たって言って。
目をキラキラさせた。
スプーンもフォークもないからさ、
手で千切りながら食べるかなって思って、思い出した。
手、砂だらけだ。
二人で手を見せ合って、笑いながら
公園の水道で洗った。
たったこれだけの事だけど、二人でめちゃくちゃ笑ったんだ。
ひとしきり笑ったあと、ミートパイを一口食べた太陽は
飛びっきりの笑顔で
「美味しいね!凄く美味しい」
と言ったんだ。
大人の俺が見ても大きかったミートパイが3分の1になった。
結構食べたんだよ。
俺は、そんなに腹減ってなくて。
だってさ、何か胸がいっぱいでさ。
入んなかったんだよ。
最初に千切った1つをやっとの事で食べきったくらい。
だから、太陽がほとんど食べたんだ。
げっそりしてた頬が、気持ちふっくらしたように見えた。
「あ!ケーキもあるんだった。食う?
二人とも誕生日だしな!お祝いだな。」
「うん!ケーキは5歳の誕生日で食べたんだよ!甘いよね!」
嬉しそうな太陽を見てると、俺まで笑顔になる。
ケーキの小箱を開けると。
太陽から
「わぁ」
と声が漏れた。
俺が見ても、すげぇと思うような。
小さなホールのショートケーキ。
イチゴが沢山乗っていて、斎藤さんの愛を感じた。
ケーキを見ている太陽を見てたら、とっさにスマホ出してた。
ハッピーバースデーの音楽をつける。
音がなり始めると、太陽が反応した。
「あ!ハッピーバースデーの歌だ!」
俺も歌ったし、太陽も歌った。
二人のバースデー。
二人だけのバースデー。
歌が終わると、太陽がまだかまだかとこっちを見てる。
待てされてる犬みたいだ。
千切れんばかりに尻尾振ってる様に見えた。
俺はプッと笑って言ったんだ。
「俺は、甘いの苦手なんだよ。太陽食べな」
太陽は、俺を見て勢い良く言った。
「え?良いの?」
小さなホールケーキも太陽が持つと大きく見える。
勿論。手で食べ始めた。
顔中クリームだらけにして。
思わず写真を撮った。
その写真を二人で見て笑う。
今度は、クリームだらけの太陽と俺とケーキが写るように
くっついて写真を撮った。
まだ、ケーキを食べてる太陽に話しかけた。
「明日さ、俺休みだからさ。
また、一緒に飯食べようぜ。」
太陽は、俺を見て笑顔でうなずいた。
口ん中パンパンで喋れないんだよ。
ゆっくり食えよ。逃げないよ。
と、思ってまたプッと笑って。
時計読めんだよなーと思って。
「12:00わかる?昼の12:00だぞ?」
太陽は、また頷く。
「また、公園で待ち合わせな!」
俺達は約束した。
残したミートパイは、太陽に持たせた。
そうして、太陽が6才になった日。
俺達は飯を食う友達になったんだ。